第十五話
「まあ、そんなわけで。たまたまそんな光景を見てしまった私は家を飛び出して」
「商店街の路地で泣いてた、ってわけか……」
まあ、そんな経験をすればそうもなる、か。
「彼氏からの連絡は?」
「そりゃもう、ひっきりなしに」
獅子堂がスマホを見せてくれる。メッセージアプリの通知欄には、「由香、今どこにいる!?」だの「話がしたい」だののメッセージが並んでいた。
「勝手ですよねぇ、本当に」
「……それで、これからどうするつもりだ」
「うーん」
獅子堂の思案するような表情を見るに、彼氏の元に戻るつもりはなさそうに見える。
しばらく考えていた彼女だったが、ふいに俺の顔を見て言った。
「店長」
「ん?」
「この部屋、お布団敷けますよね」
それは昨日俺が実証した通りだ。獅子堂がベッドに寝てもなお、この部屋には布団を敷くだけの隙間くらいはある。
いや、しかしそれは……つまり?
くひひ、と笑う獅子堂は、話がいまいち飲み込めないままの俺に言った。
「店長。しばらく私を、この部屋に泊めてください!」
俺の部屋の間取りを今一度確認しておこう。
風呂、トイレ、廊下兼キッチン、小さな部屋、以上。
「いや……お前、それは。第一寝るくらいなら出来るが、二人で生活するには部屋の狭さが」
「着替えならお風呂場でやるんで」
「そういうことじゃなくてなぁ」
「じゃあどういう問題があるんすか。それを教えてください」
机越しの獅子堂がぐいっ、と顔を近づけてくる。
「……上司と部下が同じ部屋で同棲は、不味いだろ」
「社内恋愛とかもありますし、別にいいのでは?」
「恋愛って……別にお前、俺の事好きでもないくせに」
ん? 論点が若干ズレている気もするが。
そんな俺の気持ちを察したのか、あるいはそうでもないのか、獅子堂はくひひ、と笑って見せる。
「まあ、今のところ恋愛感情はありませんけど。それより店長、引っかかるところそこですか?」
「……ぬ」
「あはは。でもまあ、店長としても社員が一人、宿無しになるのはまずいと思うんですよね」
なんとなくうまいこと言いくるめられている気もするが。
「……ちなみに、俺がここから放り出したらお前、どうするつもりだ」
「その時は……そうですね」
獅子堂はふらりと立ちあがる。そして。
「あの日みたいに、男の人に声掛けられるまで待って、それで」
「駄目だ」
声が出るのが早かったか。或いは、俺が獅子堂の右手首を掴むのが早かったか。
獅子堂は掴まれた右手首を眺めて、言った。
「痛いっす」
「……すまん」
「でも、悪い気はしないです。ねえ、店長」
すすっ、と俺の横に座る。
「良ければ……おうちに、私を置いてくれませんか。お願いします」
その表情は、確かに笑ってはいたけれど。
声色から漂う微かな悲壮感に、俺は……ただ頷かざるを、得なかった。
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