第十四話
だから。
「話さないとわからないことってありますよね」
食後のコーヒーを飲みながらぽつりとそう呟いて見せた彼女に、俺は少し意外な思いがした。
「獅子堂は……仕事において、だが。お客様とよく話しているのを、俺は見るぞ」
「あはは。ありがとうございます。お客さんと話すのは好きなんですよね、私」
向かい合う獅子堂は、視線をやや斜め上に逸らして遠くを見る表情。
「でも、あんまり……大事な人と話すことが、苦手で」
「大事な人?」
「はい。……昨日、家族と仲が悪いってお話したの、覚えてます?」
「ああ。獅子堂は真面目な性格だから、少し意外な気がしたが」
「店長の私の評価高すぎません!? いやまあ、それだけ信用してくれてるのは嬉しいですけどね」
からからと笑って見せる獅子堂。しかしその顔は、また灰色の雲が差し掛かったように暗く曇って。
「……話したくなかったら」
「いえ。私が言い出したんじゃないですか、今日は私の話を聞いて欲しいって。でも……そうだな。両親の話をしていたら、少し長くなっちゃいますね。彼氏の話だけにしましょうか」
獅子堂はそう言うと、小さく息を入れて見せた。
「店長って、童貞です?」
「いきなりの火の玉ストレート!?」
「ああ、ごめんなさい。女性経験の有無で聞いちゃいました。そういえばさっき、高校の時にどうのこうの、って言ってましたね」
ちなみにその回答に答えを返すならYESである。捨てるきっかけを無くしたと言え。
「……お前は」
「セクハラですか?」
「嘘だろ!?」
「嘘ですよ。うん。私はね、経験あるんです。実はね」
その言葉を聞いた瞬間、なんだか部屋に湿っぽい空気が流れた気がする。
シンプルにそういう類の話、俺苦手なんだよな。
「……そうか」
「あはは。店長ちょっとがっかりした顔してて面白いですね。まあそれはともかく――その、最初を捧げた相手。それが、彼だったんです」
「不貞を働かれた、っていう」
「ですね。大学三回からの付き合いだったから、もう二年以上かな。最初は普通に付き合ってただけなんですけど、互いに一人暮らしだったこともあって、私が荷物を持って転がり込んだんです。それで……まあ、就職するまでは、上手く行ってたんですけど」
獅子堂が話すには、彼氏が会社に通い始めたころからずいぶん態度が変わったらしい。
「最初はどうしてかな……なんて思ってましたけど、明白でしたね。彼、会社で好きな人が出来たみたいなんです。年上の、胸が大きくて、すごいスレンダーで……妖艶な人」
「見たのか、その人のこと」
「はい。ベッドの上で彼氏とまぐわっている姿を、ですが」
あー……。
「すまん」
「いえいえ。でも、私もなんとなく気づいてたんです。彼の心がだんたんと離れていることに。その時にもし、私が『好きな人ができたのか』なんて聞けていれば、もっと円満な別れ方もあったんでしょうが……。聞けませんでしたね。怖くて」
「……そうか」
カップに残ったコーヒーをぐい、と飲み干す。
「お酒でも飲みます?」
「いや、素面でいい。感情が抑えられなくなりそうだ」
「あはは! 店長が怒ったところ、少し見てみたい気もしますけどね」
獅子堂はそういうが、先に話すべきは好きな人ができた彼氏の方だろう。なぜ獅子堂が相手の気持ちを慮らなきゃいけないのか、俺はそれに対して少し腹が立っていた。
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