第十三話
獅子堂という女性に、俺は誠実な印象を持っている。
俺の預かる店はパソコンショップだ。パソコンショップは販売だけではない、修理業務を行うこともある。
獅子堂は特に新卒で、最初の一か月は一週間ごとに店舗の業務をローテーションで行うことになっていた。
その、二週目。
獅子堂が初めて、修理作業に入った日のこと。
「店長」
獅子堂が、事務所で作業をしていた俺に声を掛けてくる。修理の相談なのですが、と一言入れた彼女は、俺に続ける。
「HDDのデータ取り出しを行いたいというお客様がいらっしゃるのですが」
「データ復元か。行けると思うぞ。工場で復元作業を行うから、まずは預かりだな」
「了解です!」
明るく返事をしてみせた獅子堂。ぱたぱたと走って、店内で待つお客様の元へ向かう。
その横から、ちょうど手が空いたのだろう。磯谷が補佐に入る姿が見えた。
まあ、磯谷がいるなら大丈夫か。
そう考えた俺は、安心して事務所に戻る。
それから数日後のことだった。
「……ん?」
その日は磯谷が不在で、店頭の社員は俺と獅子堂だけだった。
俺はちょうど休憩中で、いつもの休憩スペースでコーヒーを一缶流し込んできたところ。
店に戻ってきてみれば、しきりに獅子堂がお辞儀をしている。
「どうした、獅子堂」
「あ……あなた、店長さん?」
獅子堂がお辞儀をしている相手は、物腰穏やかな女性だった。
顔の皺を拝見するに、相当年を重ねている雰囲気。すわクレームか、と思ったが、どうも様子がおかしい。
女性は年輪を重ねた表情に柔らかな笑みを浮かべると、困惑する俺に続ける。
「以前、データの復旧を頼んでいたのだけど」
「はい……」
その言葉で、獅子堂が数日前に対応していたことを思い出す。
「不備がありましたか」
「いえ! そんなことはまるでなく。今日受け取りに来させて頂いて、試しにということでハードディスクをパソコンに繋いでみたんですが。やはり復旧が難しいファイルがいくつかあったようで、消えている写真があったんです」
「……なるほど」
データ復旧サービスは、壊れたハードディスクなどからデータをサルベージするサービスのことだ。
だいたいのデータはサルベージできるが、どうしても帰ってこないデータがいくつかある。だいたい確率として、95%くらい……と言ったところか。
だが、それは案内の時に話しているはず。獅子堂に渡したマニュアルにも書いてあるし、磯谷もそばにいた。間違いはないはずだが……と思っていると、獅子堂は。
なぜか涙交じりに、俺に言ったのだ。
「……その、消えたデータの中に。旦那様との思いでのデータがあったそうで」
「……ああ」
「このお嬢さんは何も悪くないんです」女性が慌てたように割って入る。「必ずデータが戻ってくるなんて話はされてませんでしたし、消えてしまったのも運が悪かっただけなんです。だから……」
「でも! 亡くなってしまった旦那様とのデータなんですよね。店長、私、別の業者に依頼を……」
「獅子堂」
「なんですか!?」
「落ちつけ。ここで戻ってこなかったもんは、他のところでも戻ってこない可能性が高い。仕方ないが……」
「でも」
俺はその時、獅子堂がそこまで激情を露わにするのを初めて見た気がする。
なにが彼女をそうさせるのか。ただお客様に迷惑を掛けたから、そうしている。そんなわけでもないような気がする。
だから、俺は彼女の肩に手を置く。口を閉じた彼女に代わり頭を下げて、俺は言った。
「すみません。お騒がせしまして」
そんな型どおりの挨拶をした俺は、その後も獅子堂がしきりに女性に謝っている姿を見ていた。
結局忙しくなってしまって、その日はどうして彼女がそうしたのか分からなかったけれど……。
最後までお客様を見送る姿は、誠実そのものだったと、俺は思っている。
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