第十二話
家に戻ってからの獅子堂との時間は、まるでそれが当たり前だったかのように過ぎた。
「先輩、包丁ってどこにあります?」
「お前の足下」
「足下ってどこですか……ってマジ!? 床下収納!?」
あまりに家が狭いが故の窮余の策だったのかはわからないが、何故かこの家には小さな床下収納がある。
キッチンの下の戸棚に普段はしまっていたのだが、折り悪く刃こぼれして捨てたままにしていたのだ。
獅子堂も、今朝の朝食のメニューは包丁を使わないものだったので、気づかなかったのだろう。
「すごいよな。からくり屋敷みたいで少しテンション上がるんだ」
「からくり屋敷かどうかはわかりませんが……なるほど。これは確かにテンション上がりますね」
床下収納に仕舞っていたのは予備の包丁。新品未開封のその封を解きながら、獅子堂は笑う。
それから、揚げ物用の鍋はどこだ、お米を研ぐから米の場所を教えてくれ……だの、狭いキッチンでどたばたし合うこと、一時間。
「……完成っ!!」
俺と獅子堂が座ったテーブルには、こんがり揚がった唐揚げと、お味噌汁。そしてぴかぴかの白米にお漬物が並んでいた。
お漬物はスーパーの惣菜だが、唐揚げと味噌汁はきちんと作ったものである。……主に獅子堂が。
「それじゃ店長。……ちょっと」
「ん?」
冷めないうちに、と箸に手を伸ばしていた俺の手を、向かい側の獅子堂がビシッ、と叩く。
「いただきます。ちゃんとしないと駄目ですよ?」
「……ああ」
一人で飯を食っていると、そんなこともずいぶん久しぶりのように思える。
獅子堂と手を合わせれば、声は不思議と、重なった。
「「いただきます!」」
食後。
コーヒー淹れてきますね、と言った獅子堂。もう今日だけでうちのキッチンの勝手を理解したのだろう。
手際よく電気ポットで湯を沸かし、コーヒーの粉末を溶かしている姿を部屋で眺めながら、ぼんやりと思う。
彼氏が不貞、か。
今日の彼女の家庭的なさまを見ていると……というか、ここ二ヶ月獅子堂と一緒に仕事をした感想から言えば、獅子堂がなにかいい加減なことをする人間だとは思えなかった。むしろ俺の中の獅子堂の印象はとても真面目で、誰かの気持ちを慮れる、そんな人間だと思っている。
例えば、こんなことがあった。
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