第十話
俺の家の近所に、飲み屋はたくさんあるがスーパーマーケットは一件しかない。
大手資本の超大型スーパー。昔は商店街があって、個人の商店が軒を連ねていたと聞くが、このスーパーの進出により軒並み駆逐されたという。よくある話だ。
磯谷に仕事を放り投げて急いで駆け込んだのは、スーパーの営業時間の兼ね合いもある。
午後八時三十分。蛍の光が鳴り響く店内に飛び込めば、まだそれなりに食料品は残っていそうだった。
「……さて、何を作るか」
今日の朝、獅子堂は飯を作ってくれた。
そのお返しに、晩飯は俺が作ろうと思ったわけ。
ただ誤算、というか、俺が馬鹿だったのは、獅子堂の好みくらい聞いておけばよかったなということと、そもそも獅子堂は家にまだいるのだろうかということ。
結局スマホは眺めるだけ眺めて、連絡する勇気が出なかったのである。
まあ、余ったら余った、だ。
精肉コーナーに足を進める。まあ、肉が嫌いな奴はいないよな。
「えっと……。なんにしようかな」
ステーキ。唐揚げ。シンプルに焼肉。その中なら好きなのは唐揚げだ。
結局自分の腹の虫次第じゃないか、なんて自分で苦笑しつつ、鶏もも肉に手を伸ばした時だった。
「……あれえ?」
「?」
聞き知った声がそばで聞こえて、思わず俺は後ろを振り返る。
そこには、食料品かごを抱えた獅子堂が立っていた。
「獅子堂。どうしてここに」
「どうしてもこうしても。店長に晩ご飯作ってあげようと思ってスーパーに来てみたんです。一宿一飯の恩義、というやつですね」
「一飯を作ったのはお前だろう……あっ」
獅子堂は俺の手から鶏もも肉をすっ、と奪い取っていく。
「店長がこれを手に取ったということは、唐揚げですかね? いいですよ、作ります」
「なんで分かったんだ」
「んー。お昼によく『唐揚げマン』を食べているから?」
唐揚げマンはコンビニで売っている揚げ鶏の惣菜のことである。よく見てるな、こいつ。
「……いいのか」
「だから恩義ですって。家だけ借りてぐーたらしてるわけにも行かないですし。それに……あ、まあそれは後でいいか」
「?」
そんなことを言った獅子堂の服は、見慣れない黒のTシャツとジーパンを履いている。
「服、買ったのか?」
「あ、はい。よく気づきましたね。昼間に散歩がてら、少し」
「そうか」
散歩に行くくらいには元気があったことにホッとする。
「いや、合鍵置いて行ってくれて助かりましたよ。おかげで買い物もできます。店長こそ、こんな時間に退勤してるなんて珍しいですね。私、店長がまだ帰ってこないものと思ってスーパーに来たんですが」
「ああ。磯谷に任せてきた」
「なるほど。で、その心は?」
「心?」
悪戯っぽく、獅子堂は俺に顔を近づけて笑う。
「店長。もしかして私にご飯、作ってくれようとしてました?」
「……行くぞ。店が終わる」
「あっ、ちょっと!」
獅子堂の持っていた買い物籠を奪い取って、追いかけてくる獅子堂に「他に買うものはないのか」なんて訊ねる。
彼女に顔を見せないようにしたのは、まあ……この赤面を見られたくなかったから、ということにしておこうか。
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