第九話
仕事中、ズボンにしまっていたスマホが震えることはなかった。
「獅子堂のやつ、どうしてんだろうな……」
休憩中にいつもの休憩スペースでコーヒーを飲みながら、仕事用の携帯をためつ眺めつ。
社員の連絡先は、念のため自分のスマホに登録してある。よっぽどの緊急時に使用する用に聞きだしたものだから、自発的に連絡をすることはないけれど。
家にまだ居るのか、どこかに行ったのか。……彼氏のところに帰ったのか。
心配になるのは、きっと。
『窒息死したら、それはそれで』
なんて、昨日獅子堂が言ったことが頭の片隅に引っかかっているから、だろうな。
彼氏に不貞を働かれた、か。
残念ながら俺は28年間、彼女というものがほとんどできたことがない。高校の時にいちおう付き合っていた女の子はいたけれど、三か月で別れた。
なんで別れたんだっけ。確か、好きな音楽の違い、だっただろうか。バンドの解散理由じゃないんだぞ。
本当にそうだったのかは謎だし、ひょっとしたらそれは彼女なりの体のいいわけで、他に理由なんてなかったのかもしれない。
或いは、理由なんてなかったか。
顔を見合わせるたびに喧嘩をおっぱじめる、仮にも神様の前で契りを交わした男女もいるくらいだ。理由はいくらでもあるだろうし、俺は正直、そんなことはどうでもよかった。
だから獅子堂にも、彼氏のことについて詳しく聞くような真似はしなかった。
ただ。
沈黙するスマホを眺めながら、俺は思う。
今の獅子堂が、少しでも落ち着いてくれていればいいのだが、と。
だから。
「磯貝。締め業務任せた。ちょっと用事がある」
「ん……珍しいですね」
閉店後、磯貝に仕事を全て任せて(押し付けて)俺は数か月ぶりの定時退社をキメる。
心なしか速足で店舗を飛び出した俺の足は、家の近くにある大型のスーパーマーケットに向かっていた。
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