スパイ
私の名前は、佐々木ミツル。JK。建築科の2年。ご想像の通り、建築科の女子は少ない。父の職業を尊敬していた私は、迷う事なく建築科のある高校を選んだ。私は、男子などに興味は無い。佐伯くんに会うまでは。
佐伯くんの製図台に向かう真剣な横顔に私の心の分度器はぶれぶれである。ところが彼の直線定規の行く先は、私の方には向いていないようだ。
最近、彼には好きな人がいるという噂なのだ。
現在、製図の授業中。教室の前の方に佐伯くんはいる。私はスパイのように彼の動きも彼の声も見逃す事も聞き逃すこともできない。
彼に動きがあった。
彼が右隣の女子に声を掛けたのだ。
「葉山のひく線は綺麗だよな。羨ましいよ」
私はクラスの1番後ろの席から、その声を捕らえた。ぐぎぎ。私は歯噛みした。おのれ、葉山。私の方がもっとうまく線を引けるのに。
「杉下は作業が丁寧だよね。俺も見習わないとな」
佐伯くんは、左隣の杉下さんにも声を掛ける。私なら、もっと時間をかけて丁寧に仕上げる。
佐伯くんは、後ろの席の井上にも声を掛けた。振り返る時に私と一瞬目が合う。
「井上は読みやすい文字だよね。俺は建築に真剣な人を尊敬しているし、そういう人の側にいたいと思うよ」
あああああ。なんと言う事だ。本命は井上、井上だったか。私も常に読みやすいような文字に気をつけているのに。
私が、天を仰ぎ声を殺し嘆いているとぺちんと、私の隣に座っていた親友のユキコが私の頭をはたいた。
「あほう。佐伯くんはお前が好きなんだよ。クラス中に聞こえるようにお前の方が技術が上だよ。とアピールしとろうが。告白だよ。建築馬鹿め」
「え、そうなの?」
クラス中が私を見つめてニヤニヤしている。
私は真っ赤になって「デヘヘ」と笑った。