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第5章第4話:セラスへの相談

翌朝、エリザベートは早くから身支度を整えていた。


鏡の前で髪を結いながら、今日の計画を頭の中で確認する。


セラス・オルテンシアに会う。


宮廷魔法師として、心理作用魔法の専門知識を持つ彼に、協力を求める。


しかし、どう切り出すべきか。


「未来から戻ってきた」などと言えば、狂人扱いされるだろう。


かといって、曖昧な説明では、彼の協力は得られない。


エリザベートは、深く息を吸い込んだ。


慎重に、しかし確実に。


真実を伝えるのではなく、可能性を示唆する。


それが、最善の方法だろう。


「お嬢様、ご準備はよろしいですか」


マリアが、扉の向こうから声をかけてきた。


「ええ、今行きます」


エリザベートは、最後に鏡で自分の姿を確認した。


深い青のドレス。知的で落ち着いた印象を与える色合いだ。髪は簡素に結い上げ、装飾品は最小限に。


魔法師と話すには、このくらいが適切だろう。


部屋を出ると、マリアが待っていた。


「お嬢様、本当にお一人で大丈夫でしょうか」


「ええ。セラスは学者肌の人です。むしろ、二人で行けば警戒されるかもしれません」


エリザベートは、マリアの肩に手を置いた。


「あなたには、引き続き部屋の監視をお願いします。何か不審なものがあれば、すぐに知らせてください」


「承知いたしました」


マリアは、心配そうな表情を隠せないままだったが、深く一礼した。


エリザベートは、屋敷を出て馬車に乗り込んだ。




王宮へと向かう道中、エリザベートは昨日のメモを読み返していた。


心理作用魔法の三つの分類。


検知の兆候。


解除方法。


これらの知識を、どう使うか。


セラスは、前回ではリリアーナの側についてしまった。彼もまた、何らかの影響を受けていたのだろう。


しかし、今はまだ何も起きていない。


リリアーナが現れる前の、今。


この時期なら、彼は冷静に話を聞いてくれるはずだ。


馬車が王宮に到着した。


エリザベートは、魔法研究棟へと向かった。


王宮の東側にある、三階建ての石造りの建物。ここで、宮廷魔法師たちが日々研究を行っている。


入り口で、若い魔法師の見習いが立っていた。


「失礼いたします。セラス・オルテンシア様はいらっしゃいますか」


見習いは、エリザベートを見て慌てて一礼した。


「ヴァルハイム様。セラス様は三階の研究室におられます」


「ありがとうございます」


エリザベートは、階段を上り始めた。


魔法研究棟の内部は、図書館とはまた違った雰囲気があった。廊下には、様々な魔法の痕跡が残っている。壁に焼けた跡、床に凍りついた部分、空気中に漂う魔力の残滓。


研究の痕跡だ。


三階に到着すると、廊下の奥にセラスの研究室があった。


扉には、「セラス・オルテンシア 精神魔法研究室」と書かれたプレートが掛かっている。


エリザベートは、扉をノックした。


「どうぞ」


中から、低い男性の声が聞こえた。


扉を開けると、そこには本と資料に埋もれた部屋が広がっていた。


壁一面の書架には、無数の魔法書が詰まっている。机の上には、開きかけの本が何冊も積み重ねられ、羊皮紙に走り書きされたメモが散乱している。


そして、その机の前に座っているのが、セラス・オルテンシアだった。


三十代前半の男性。深い青の瞳と、整った顔立ち。しかし、その表情には学者特有の厳しさがあった。長い黒髪を後ろで一つに束ね、魔法師のローブを着ている。


セラスは、エリザベートを見ると、わずかに眉をひそめた。


「ヴァルハイム令嬢。珍しいですね。何かご用でしょうか」


その口調は、礼儀正しいが冷たかった。


エリザベートは、前回の記憶を思い出した。


セラスは、知識への強い渇望を持つ男だ。そして、その知識を独占しようとする傾向がある。


前回、彼は自分を「知的レベルが低い」と見下していた。


今回は、その印象を変えなければならない。


「セラス様、お忙しいところ失礼いたします」エリザベートは優雅に一礼した。「精神魔法について、ご相談したいことがございまして」


セラスの目が、わずかに見開かれた。


「精神魔法?あなたが?」


その驚きには、明らかな侮蔑が混じっている。


しかし、エリザベートは動じなかった。


「ええ。昨日、王宮図書館で『精神魔法概論』を読みました。とても興味深い内容でしたが、いくつか理解できない点がありまして」


エリザベートは、メモを取り出した。


「特に、心理作用魔法の検知方法について、もう少し詳しくお聞きしたいのです」


セラスは、メモを受け取り、目を通し始めた。


その表情が、徐々に変わっていく。


驚きから、興味へ。


「これは...かなり詳細なメモですね」セラスが呟いた。「『精神魔法概論』だけでなく、『心理作用と魔力の関連性』も読まれたようだ」


「ええ。両方とも、とても示唆に富んだ内容でした」


セラスは、エリザベートを改めて見た。


その目には、まだ疑念が残っているが、少なくとも侮蔑は薄れている。


「失礼ですが」セラスが口を開いた。「なぜ、精神魔法に興味を持たれたのですか?貴族の令嬢が、このような専門的な分野に関心を持つとは珍しい」


エリザベートは、準備していた答えを口にした。


「領地の統治に関心があるからです」


「領地の統治?」


「ええ」エリザベートは答えた。「人々を導くには、彼らの心を理解する必要があります。そして、もし誰かが不当な手段で人々の心を操作しようとしたら、それを見抜けなければなりません」


セラスは、しばらく沈黙していたが、やがて承認するように頷いた。


「なるほど。確かに、統治者としては重要な視点ですね」


彼は、椅子から立ち上がり、書架の前に向かった。


「心理作用魔法の検知方法、ですね。具体的には、どの部分が理解できなかったのですか」


エリザベートは、慎重に言葉を選んだ。


「本には、『兆候により間接的に推測することは可能』と書かれていました。しかし、その兆候は、通常の心理状態とどう区別するのでしょうか」


セラスは、一冊の本を書架から取り出した。


「良い質問です」彼は、本を開きながら言った。「確かに、単独の兆候だけでは判断できません。重要なのは、複数の兆候が同時に現れることです」


セラスは、本のページを指差した。


「例えば、ある人物が急激に行動を変えたとします。それだけでは、単なる心変わりかもしれません」


「しかし」セラスは続けた。「その変化が、本人の価値観と矛盾し、かつ特定の人物への執着を伴い、さらに本人がその理由を説明できない。この三つが揃えば、魔法的な影響を疑うべきです」


エリザベートは、真剣に聞き入った。


「では、もし複数の人物が同時に、同じような変化を示したら?」


セラスの目が、鋭くなった。


「それは、極めて危険な兆候です」


彼は、机に戻り、羊皮紙に何かを書き始めた。


「複数の人物が同時に影響を受けるということは、術者が相当な力を持っているということです。そして、おそらく計画的に行動している」


「そのような術者を、どうやって見つけるのでしょうか」


セラスは、書いていた手を止めた。


「難しい質問ですね」彼は、探るような目でエリザベートを見た。「術者は、当然自分の正体を隠そうとします。しかし、一つだけ確実な方法があります」


「それは?」


「魔法陣による検知です」


セラスは、羊皮紙に複雑な図形を描き始めた。


「特殊な魔法陣を使えば、対象者の精神に残る魔力の痕跡を可視化できます。ただし、これには高度な魔法知識と、相当な魔力が必要です」


エリザベートは、その図形を注意深く見つめた。


複雑に入り組んだ円と線。魔法文字が、図形の周囲に配置されている。


「この魔法陣を作れるのは?」


「王国では、私を含めて数人しかいません」セラスは、少し誇らしげに言った。「精神魔法の専門家だけです」


エリザベートの心臓が、激しく鼓動した。


これだ。


この魔法陣があれば、リリアーナの魔法を検知できる。


しかし、どうやってセラスに協力を求めるか。


「セラス様」エリザベートは、慎重に言葉を選んだ。「もし、将来的にこの魔法陣が必要になった場合、ご協力いただけますでしょうか」


セラスは、エリザベートを真っ直ぐに見た。


その目には、探るような光があった。


「将来的に、とは?」


「もし、王国で心理作用魔法が不正に使われる事態が起きた場合です」


「それは...具体的な懸念があるのですか?」


エリザベートは、一瞬迷った。


しかし、真実を話すわけにはいかない。


「いいえ、具体的なものではありません」エリザベートは答えた。「ただ、可能性として、備えておきたいのです」


セラスは、しばらく黙って考えていた。


やがて、彼は同意するように頷いた。


「分かりました。もし、そのような事態が起きたら、協力しましょう」


しかし、彼は続けた。


「ただし、条件があります」


「条件、ですか?」


「私の研究に、協力していただきたい」セラスの目が、輝いた。「あなたは、思っていたよりも知的な方のようだ。精神魔法への理解も深い。ならば、私が今進めている『精神魔法の体系化』の研究にも、意見をいただけませんか」


エリザベートは、驚いた。


前回では、セラスは自分を完全に見下していた。


しかし、今回は違う。


知識への関心を示したことで、彼の見方が変わったのだ。


「光栄です」


エリザベートは、心の中で安堵のため息をついた。


セラスの協力を得られた。これで、リリアーナが現れたときに、すぐに対応できる。


「喜んで協力させていただきます」


セラスは、満足そうに微笑んだ。


「では、定期的にここに来てください。精神魔法について、もっと深く学んでいただきます」セラスの声に熱が込もった。「そして、私の研究にも意見をいただきたい」


「承知いたしました」


エリザベートは立ち上がった。


「それでは、セラス様。本日はお時間をいただき、ありがとうございました」


「いえいえ」セラスは、珍しく柔らかい表情を見せた。「むしろ、こちらこそ感謝します。久しぶりに、知的な会話ができました」


エリザベートは、研究室を出た。


廊下を歩きながら、彼女は手のひらを見た。


光の印は見えないが、その温もりを感じる。


神の加護が、導いてくれている。


今日、重要な一歩を踏み出した。


セラスの協力を得られた。


次は、他の人物たちにも接触しなければならない。


ルクラード、バルドール、ロイド、アルベルト、ガルヴァン、マルセル。


前回では、全員がリリアーナの側についてしまった。


今回は、彼らが変わる前に、信頼関係を築かなければならない。


そして、リリアーナが現れたとき、すぐに真実を明らかにする。


エリザベートは、王宮の廊下を歩きながら、決意を新たにした。


時間は、刻一刻と過ぎていく。


半年後には、リリアーナが来る。


それまでに、すべての準備を整えなければならない。


馬車に乗り込むと、エリザベートは御者に告げた。


「屋敷に戻ってください」


「承知いたしました」


馬車が動き出す。


窓の外の景色を見ながら、エリザベートは今日の成果を振り返った。


セラスとの協力関係。


魔法陣の存在。


そして、心理作用魔法についての深い知識。


これらは、すべて武器になる。


リリアーナと戦うための、強力な武器に。


屋敷に戻ると、マリアが待っていた。


「お嬢様、お帰りなさいませ。いかがでしたか?」


「上手くいきました」エリザベートは微笑んだ。「セラスの協力を得られました」


「それは良かったです」


マリアは、安堵の表情を見せた。


「部屋の方は、異常ありませんでしたか?」


「はい。今のところ、不審なものは見つかっておりません」


「分かりました。引き続き、警戒をお願いします」


エリザベートは、自室に入った。


机に向かい、今日得た情報を整理する。


セラスの研究室で見た、魔法陣の図形。


それを、記憶を頼りに紙に描いていく。


完璧ではないが、大体の形は再現できた。


この魔法陣が、リリアーナの魔法を暴く鍵になる。


エリザベートは、紙を丁寧に折りたたみ、机の引き出しにしまった。


そして、窓の外を見た。


夕日が、空を赤く染めている。


一日が、また終わろうとしている。


しかし、エリザベートの戦いは、まだ始まったばかりだった。


次は、ルクラードに会わなければならない。


婚約者である彼との関係を、今のうちに改善しておく必要がある。


前回では、彼との関係が冷え切っていた。


しかし、今回は違う。


今回は、もっと積極的に関わっていく。


そして、リリアーナが現れる前に、強固な信頼関係を築く。


エリザベートは、手のひらを握りしめた。


神の加護を信じて、前に進む。


今度こそ、すべてを変えてみせる。


窓の外では、星が一つ、二つと輝き始めている。


美しい夜空。


しかし、その美しさの裏には、来るべき嵐が潜んでいる。


エリザベートは、手のひらを握りしめた。


明日も、また新しい一歩を。


真実への、長い道のりを。

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