008
川沿いの一画で三人は腰を下ろした。
リクが口を開く。
「ところでヤマトさん、俺たち、なぜこんな所にいるのか、まったく分かってないんですけど……
ヤマトさんは、何か知ってますか?」
ヤマトはしばらく黙っていた。
「……俺も、君たちと同じだよ。何でこんな所に居るのかよく分かってない。
ここが地球じゃないってことは、何となく分かっちゃいるけどね。」
リクとミオは静かに頷いた。
ヤマトは、少しだけ苦笑を浮かべた。
「俺は、元々神社の神職をしていたってことは覚えてる。
でも、その神社がどこにあったかとか……家族も確かいたはずなんだけど、顔や名前も何一つ思い出せない。
要するに……記憶喪失ってやつかな」
ミオが小さく息を呑んだ。
ヤマトは続けた。
「でも、生年月日とかははっきり分かる。
あと、神職になる前に修行していたことなんかも、ある程度覚えてる。
山の中で、ひとりで座ってた時間とか……
誰から習っていたかは思い出せないけど、古流剣術の稽古を受けていた事とか、作法や礼法を教わった事とか……断片的に、ぽつぽつ浮かぶんだよ」
ミオも頷きながら口を開く。
「……私も、大学に行ってたことは覚えてるんです。
海とか、イルカのこと、DNAのことを勉強してた気がします。
でも……人との繋がりとか、どこで暮らしていたかとか……そういうのは、何も思い出せなくて」
その声には、戸惑いと寂しさが混じっていた。
リクも頷いた。
「そう言えば、俺もだな。大学で工学を学んでたことは覚えてる。
確か、卒業したばかりだった……そこまでははっきりしてる。
でも、人とか場所とか……まるで空っぽだ」
ヤマトは、静かに言った。
「……俺が目覚めた時、頭のすぐ近くに宇宙人がいた。
灰色の肌で、無表情で、俺の頭に機械を当て何かを記録してるようだった。
もしかすると……人や場所に関する記憶は、奴らに意図的に消された可能性もあるな。
こんなに大勢が記憶喪失になっているのは明らかにおかしい」
ミオとリクは、言葉を失ったままヤマトを見つめた。
ミオが、少し震える声でぽつりと言う。
「……仮にそうだとして……何のためにそんなことをしたんだろう」
ヤマトは少し考えていたが、低く、ゆっくりと答えた。
「新しい情報を刷り込むため……とか?
あるいは、俺たちが持っていたそれらの記憶が、ただ単に奴らには必要が無いものだったとか。
何にせよ……俺たちは、何らかの“実験”をされていたような気がする。
それも、かなり長い時間をかけて」
リクが表情を曇らせて言う。
「……じゃあ、やっぱり……俺たちは“奴ら”に攫われて、この星に連れて来られたんですかね?」
その言葉は、誰もが心の奥で考えていたことだった。
ヤマトは静かに答えた。
「記憶がないから、確かなことは言えない。
でも……そうなのかもしれないな。
……ただ、分からないことを今いくら考えても、どうしょうもない。
ひとまず、生き延びることを優先すべきだろう。
そのうち、何か思い出すかもしれないしな」
その言葉は、重くもあり、どこか救いのようでもあった。二人もその言葉に強く同意した。
「よし……そうと決まれば、体力は大事だ。
交代までどのくらいあるか分からないが、仮眠しておこう」
そう言うと、ヤマトは迷いなくその場に横になった。
腕を枕代わりにして、目を閉じる。
ミオも横になって、空を見上げながらつぶやいた。
「……わたし外で寝るの、初めてかも。
星がいっぱい見える……あそこに見えてる星が、私たちの知ってる太陽かもしれないね」
リクは、ミオの視線を追いながら優しく答えた。
「……ああ、そうかもな」
三人はそれぞれの姿勢で、静かに目を閉じた。
川の音が流れ、風が草を揺らしていた。
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どれくらい眠ったのかは分からない。
だが、感覚からして、おそらく三時間ほどは経っただろうか。
「グループ3。第12脈から第13脈の見張りに入れ」
青灰色の民がグループを起こしにきた。
ヤマトが目を開け、上体を起こす。
リクもミオも、ゆっくりと体を起こし、互いに顔を見合わせた。
青灰色の民が説明する
「万が一、敵が襲来した場合は、預けている武器を使用して応戦せよ。
照準を除くと、対象に対する誘導ポイントが表示される。
側面のボタンを押した状態で、握りの強さを調整することで、出力が変化する。
握りが弱ければ低出力の牽制射、強ければ高出力の破壊射となる。撃ちだされるのは誘導式の電撃弾だ。
それでは各自、野営地全体を囲むよう配置につけ」
説明を受けたグループ3の約40人は、野営地の外縁を囲むように等間隔で配置についた。
各自が持ち場に立ち、夜の静けさの中で周囲の警戒にあたる。
ミオ達三人も、それぞれの持ち場に立ち、手にした誘導式電撃兵器を確認しながら、黙々と監視を続けていた。
風はほぼなくなり、川の流れだけが一定のリズムで耳に届いていた。
監視を開始して、約40分ほどが経った頃だった。
ミオが振り返って後を見る。
「……ねぇ、あっち、何か騒いでない?」
リクも目を凝らして、野営地の反対側を見やった。
確かに、遠くで何やら騒いでいる気配がある。
だが、暗くてよく見えない。
距離もあり、何が起きているのかは判然としなかった。
ヤマトが言った。
「気にはなるが……今持ち場を離れるわけにはいかない」
リクは頷いた。
ミオも、少し不安げな表情を浮かべながら、武器を握り直した。
三人はそれぞれの方向を見据え、騒ぎの正体を確かめることができず、ただ黙って監視を続けた。
その後、見張りを開始してから2時間弱が経過した頃だった。
青灰色の民が静かに歩いてきて告げる。
「第12脈終了。グループ3から4へ交代」
ミオ達はそれぞれの持ち場から離れ、指定された休息区画へと戻り始めた。
結果的に、彼らの側では特に何も起こらなかった。
だが、見張り中に反対側で起こっていた騒ぎが気になっていた。
休息区画に戻る途中、ヤマトが反対側から歩いてくる男に声をかけた。
その男は少し疲れた様子だった。
「なあ、さっきそっちで騒いでたみたいだが、何があったんだ?」
男は足を止め、顔をしかめながら答えた。
「……ああ、あれな。集まった時にお前らと揉めてたやつ、いたろ?
あいつが突然、現地のやつに向かって電撃弾を撃ったんだよ」
ミオが息を呑み、リクが眉をひそめる。
男は続けた。
「でもな……現地のやつにはその攻撃は効かなかった。全く動じずに、逆に撃ち返されていた。
そいつ、痙攣して地面に倒れて……そのまま拘束されてた。
今も、向こうで縛られたままになっている。
何考えてたのか知らんけど...自業自得だな」
男は手を軽く広げて見せた。
事情を聞き終えると、ヤマトは軽く頭を下げた。
「教えてくれて助かった。ありがとう」
男は無言で頷き、休息区画の奥へと歩いていった。
ヤマトはしばらくその背中を見送ったあと、リクとミオの方に向き直る。
「……なるほどな。
青灰色の民自身には電撃の攻撃が効かないから、俺たちにこの武器を渡せたんだ」
リクが答える。
「つまり、俺たちがこの武器を持ってても、彼らにとっては脅威にならないってことか。」
「そういう事だな。まぁ、それが知れただけでも収穫だった。いつ敵対するかも分からないしな」
「……騒ぎが危険生物の襲来とかじゃなくて、ちょっとホッとした」
ミオのその声には、張り詰めていた緊張が少しだけ緩んだ気配があった。
リクも頷いた。
騒ぎの正体が人間の野蛮な行動だった事に複雑な気持ちは残りつつも、未知の生物との遭遇ではなかったことに、わずかな安堵が広がっていた。
「……じゃ、俺たちの役目は終わったし、朝までもう一眠りするか」
ヤマトが腰を下ろしながら言う。
ミオは空を見上げながらつぶやいた。
「結局、“1脈”って2時間くらいってことでいいのかな?
そうすると、あと残り5グループいるから……夜明けまで約10時間ぐらいはあるのかな」
その声には、少し疲れと戸惑いが混じっていた。
「夜が……長く感じるね」
リクは隣で頷いた。
「確かに。時間の感覚が、地球と違う気がする」
三人はそれぞれの姿勢で横になり、静かに目を閉じた。
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夜通しの見張りの甲斐あってか、野営地は敵の襲来もなく、静かに朝を迎えた。
空には淡い光が差し始め、三つの月のうち最後の一つが地平線に沈みかけていた。
三人はそれぞれ起き上がり、体を伸ばす。
地面で寝た事で、疲れが完全には抜け切っていなかったが、無事に朝を迎えられたことに安堵した。
青灰色の民が、食糧の配布を始める。
内容は昨晩と同じ、灰色の固形物だった。
全員に配り終えたあと、青灰色の民の一人が前に出て告げた。
「これより、町へ向けて出発する。準備を整え、我々の後をついて来るように」
ざわつきが広がる中、青灰色の民は続けた。
「それから昨晩、暴れた人物について。
我々は殺害行為を好まない。
また、貴方達を直接罰する事もできない。
よって、彼は拘束したまま、この場所に置いていく」
その言葉に、周囲は静まり返った。
ヤマトは食糧を手にしたまま、低くつぶやいた。
「……ただの偽善だな。
罰しないと言いながら、ここに置き去りにするんだから」
リクとミオも静かに頷いた。
彼らのやり方を理解した三人は、他の仲間たちと共に、青灰色の民が示す“町”へ向けてまた歩き出した。
町に辿り着いた先に何が待ち受けているのかは分からない。
だが、今はまず生き延びる事が最優先。その言葉を胸に三人は前へと進んでいった。




