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40光年  作者: 遊歩人
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004

澪達のカプセルを積んだロケットは、打ち上げから3年半後、太陽系の外縁部——ヘリオポーズの手前付近を航行していた。

地球からトラピスト1eまでの到達には、およそ5万年を要する。

旅の始まりの数年間は、まだ地球の名残がかすかに残る領域を進んでいた。

旅立ちから3年半程経過した今、ロケットは太陽風がほとんど届かなくなる境界線を越えようとしている所だった。これを超えると星間空間となる。冷たく、静かな領域に突入しようとしていた。


打ち上げから約1500年程経った頃だった。

ロケットは、星間空間の中層域を航行していた。周囲には恒星も惑星もなく、ただ希薄な粒子と微弱な磁場が漂っているだけだった。

ロケットに搭載されているのは、澪や陸の記憶カプセルを含む、計1,024名分の個人データカプセル。

これらは冷却状態で安定していた。

航行はここまで至って順調だった。


その日、航行AIが微弱な質量反応を検出した。

直径約1.2mの小隕石が、ロケットの進行方向に対して斜め軌道で接近していた。


隕石は、ロケットの左舷側を約3.2kmの距離で掠めるように通過。

幸運にも衝突はなかった。


打ち上げから約14,000年。

ロケットは、恒星間加速のフェーズに入り安定し始めた頃だった。太陽系からは約1.9光年の距離を進み、星間空間の深層域に入っていた。

そこは、恒星の重力も光も届かない、銀河の静脈のような場所。冷たい粒子の海を静かに進み続けていた。


航行は安定している。

記憶カプセル群も冷却状態で正常。

航行AIは、定期点検と姿勢制御を淡々とこなしていた。


その日、遠方センサーが異常な光量変化を検出した。

約642光年先、オリオン座の赤色超巨星ベテルギウスが超新星爆発を起こしたのだ。


爆発の光は、星間空間を貫いて、ロケットのセンサーまで届いた。

航行AIは即座に放射線予測モードに移行。

爆発の位置と規模から、直接的な被害はないと判断されたが、数十年〜数百年後に到達する可能性のある高エネルギー粒子群に備え、外殻の磁場シールドを段階的に強化する処理が開始された。

宇宙は広く静かだが、時折こうして遠くの星の死を知らせてくる事もある。ロケットはその光を受け止めながら、何事もなかったかのように進み続けた。


ロケットが打ち上げられてから、約36,000年。

現在位置は、太陽系から約28.8光年。

目的地のトラピスト1eまで、残り約11.2光年。


この頃、太陽系の背後では、赤色矮星ロス248が最接近を迎えていた。

地球から約3光年の距離まで近づき、一時的に太陽系に最も近い恒星となるその星は

静かに、しかし確実に銀河の中を移動していた。


ロケットの航行AIは、ロス248の重力圏の外縁をかすめるように通過する軌道を予測し、

数十年前から微細な姿勢制御を続けていた。

この星は、放射線も磁場も弱く、記憶カプセルへの影響は無かった。


この遭遇は、宇宙の中でほんの一瞬の交差に過ぎなかった。ロケットは、何事もなかったかのように、静かに進み続けた。


打ち上げから約44,200年後。

ロケットは、太陽系から約35.4光年の地点を航行していた。

目的地のトラピスト1eまで、残り約4.6光年。


この領域は、銀河系内でも星間分子雲が点在する区画だった。

その日、航行AIは前方センサーに異常な粒子密度の上昇を検知した。しかし、回避軌道を取るにはタイミングが遅すぎた。

航行AIは即座に外殻磁場シールドを最大出力に切り替え、船体表面の冷却処理を強化した。


突入から数分後、無数の微粒子が船体に衝突し始めた。粒子は目に見えないほど小さかったが、外殻には細かな擦過痕と微細な凹みが次々と刻まれていった。


約11時間後、ロケットは分子雲の端部を抜けた。

外殻はかなり傷ついたが、船体の致命的な破損がなかった事は不幸中の幸いだった。


打ち上げから約50,000年。

ロケットは、ついに目的地の恒星系に到達した。

遠方センサーが、トラピスト1の赤い光を捉えたのは、約3.2光年手前。

そこから先は、旅の終わりに向かう静かな滑走だった。


恒星の周囲には、7つの惑星が規則正しく並んでいた。

そのうちのひとつ——トラピスト1e。

地球に似た大きさと密度を持ち、液体の水が存在する可能性があるとされた惑星。

ロケットは、その軌道に向けて最終アプローチを開始した。


航行AIは、着陸モードに移行。

外殻の磁場シールドは徐々に解除され、船体は、惑星の重力に引かれるように、静かに姿勢を変えていく。


惑星の地表が見えた。

紫色の樹林帯と、雲のような薄い大気層。

センサーが、水蒸気の存在と安定した気圧を検出。

AIは、着陸地点を選定。

標高差が少なく、地磁気が安定した平原を目標地点として設定した。


着陸まで残り3分。

船体は、数万年の旅路を経たとは思えないほど滑らかに減速し、惑星の引力に沿って、ゆっくりと降下していく。


そして、ついに。

ロケットは、音もなく惑星の地表に着地した。

砂塵が静かに舞い上がり、赤色の太陽の光が船体を柔らかく包み込んだ。


50,000年の旅路。

記憶を運び、星々を越え、この惑星にそっと降り立った瞬間だった。

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