028
中央施設を出たヤマトは、夕暮れの通路を抜け、まっすぐにタイチの居住区へと向かった。
扉の前に立ち、軽くノックする。
「タイチ、ちょっといいか?」
中からすぐに声が返る。
「ああ、ヤマトさん。報告、どうだった?」
ヤマトは静かな声で告げた。
「お前の名前を藤堂に聞かれた。
それと――お前やCの他の連中が施設の中に入ったか、ロボット達が施設に入ったかどうかもな」
タイチの表情がわずかに強張る。
ヤマトは続けた。
「とりあえず、俺はお前の名前は“知らない”ことにした。
そして、お前は施設には入っていない。
Cの他の連中とロボット達が施設の中に入ったかどうかも“分からない”と言っていたと藤堂には伝えた。
だから、もし奴から何か聞かれたら――そういうふうに答えてくれ」
タイチは短く頷いた。
「ああ、わかった」
ヤマトはしばらく黙ってから、低く呟いた。
「……ただ、あいつは俺にお前の名前を聞いてきた。
ってことは――
もしかすると、町の藤堂と施設の藤堂は繋がってはないのかもしれんな。
繋がってたら、いちいち名前なんか聞かなくても誰かは分かるだろうしな。
少なくともお前を撃った藤堂と、この町にいる藤堂は別人ってことだろうな」
「……でも、実際俺は施設で“藤堂”が沢山いるのを見たからな....
正直、本物の藤堂がどれを指すのかすら分からなくなっている。
どのみち、町の藤堂も――信用はもうできないな」
ヤマトも同意する。
「……確かに、そうだな。
とにかく、お互い気をつけておこう。何かあったら連絡をくれ、それまではお互いあまり接触もしない方が良いかもしれんな」
「ああ、分かった。本当に色々とありがとう」
タイチが昨日からの一連の出来事に対してヤマトにお礼を言った。
「ああ、じゃあな」
ヤマトはタイチの居住区を後にし、暗くなり始めた町の通りを抜けて自身の居住区へと戻った。
扉を開けながら、低く声をかける。
「おう、戻ったぞ」
その瞬間、奥の部屋から軽い足音が駆け寄ってきた。
カラメアだった。
目元は赤く、頬には涙の跡が残っている。
「ヤマト様っ!!」
叫ぶような声。
次の瞬間、彼女は目の前まで駆け寄ってきて、胸を軽く叩いた。
「何やってたんですか……!
昨日の夕方から……ずっと待ってたんですよ!
もう……バカっ! バカ、バカ、バカ!」
「お、おい、そんなに怒るなよ。こっちも色々と大変だったんだぞ」
ヤマトが手を軽く上げて落ち着くように言うと、カラメアは涙を拭いながらも、目を逸らさずに言い返した。
「私は最初から嫌な予感がしてたんです。
ヤマト様が危ない目に遭うんじゃないかって……行く前からずっと、胸がざわざわしてたんです」
「……そ、そうか。そんなに心配してもらってるとは思わなかった。すまんな」
カラメアは唇を噛み、声を震わせながら言った。
「……わたしを何だと思ってるんですか?」
ヤマトは少し困り顔で言う。
「わかった、わかったって。だからそんなに怒るなよ」
カラメアはぷいっと横を向き、
涙の名残を隠すように声を張った。
「……ご飯は食べるんですか?」
ヤマトは少し面食らったように眉を上げ、首を傾げる。
「え? そりゃ当たり前だろう?」
その返答に、カラメアは一瞬だけ黙り込み、
小さく息を吐いて、唇を尖らせた。
「……もう」
そう呟くと、彼女はくるりと背を向け、
部屋の奥へと足早に戻っていった。
その足音はどこか拗ねているように聞こえた。
ヤマトはその背中を見送りながら、居住区の椅子に腰を下ろす。
しばらくして、カラメアが出来た料理を持って戻ってきた。
湯気の立つ料理が並べられ、香ばしい匂いが部屋に広がる。
その手際は丁寧で、怒っていたはずの彼女の気持ちが、料理の温かさに滲んでいた。
ヤマトは素直に言った。
「……ありがとな」
カラメアは何も言わず、そっと料理を置くと、隣に腰を下ろした。
その横顔には、まだ少しだけ拗ねた色が残っていた。
ヤマトは箸を動かしながら、ふと笑みをこぼした。
「昨日から灰色団子しか食ってなかったからな……
こんなに美味しい料理が食べられるなんて、今、すげぇ幸せ感じてる。
本当、ありがとうな」
その言葉に、カラメアはまたぷいっと横を向いた。
頬がわずかに赤く染まっている。
ヤマトは苦笑しながら声をかける。
「おい、まだ怒ってんのか?」
カラメアはそっぽを向いたまま、短く答えた。
「いいえ、怒ってません」
しばらくの間、二人の間に静かな時間が流れる。
湯気の立つ料理の香りが、居住区の空気を柔らかく包んでいた。
やがて、ヤマトが少し声を落として言った。
「……心配かけて悪かったな。
そんなに心配してくれてたんだって、今知れて嬉しかったよ。
ありがとうな」
その言葉に、カラメアはゆっくりとヤマトの方を振り返る。
瞳にはまた少し涙が浮かんでいた。
「……私だって、ヤマト様が無事で帰ってきてくれて――本当に嬉しかったんです」
その言葉は、静かに、しかし確かにヤマトの胸に届いた。
居住区の灯りが、二人の影を寄り添うように壁に映していた。
食事が終わりかけた頃、カラメアがふと思い出したように口を開いた。
「そういえばヤマト様、巫女様への伝言の件で――昨日の夕方、ルウの方からこちらに向けて交信があったんです」
ヤマトは箸を置き、カラメアに目を向ける。
「……そうか。ミオは何て言ってたんだ?」
カラメアは、ミオからの伝言をヤマトへと伝えた。
「ずっと閉じ込められているのは可哀想だが、ミオはミオなりに出来ることがないかを探してるんだな」
カラメアは頷きながら、静かに続けた。
「はい。巫女様は今、私たちヴァリドの言葉を学んでいるそうです。
巫女様の部屋には、ヴァリドの歴史書や予言書の写本がいっぱいあって――それを読もうとしているそうです」
ヤマトは少し考えるように言った。
「そうか……たしかに、文字がもし読めるようになれば、色々と分かることがあるかもしれんな」
「....そうだ、文字で思い出したが――カラメア、この紋章に見覚えあるか?」
ヤマトは、記録シートを取り出し、宇宙船の外殻に浮かび上がった例の紋章の写しをカラメアに見せた。
「えーと、.....確か、こっちの紋様は、アルタル商盟のマークですね。はい、間違いないです。
.....それで、ここの線が全部で....
一、ニ、三、四、五.....五本だから、えーと.....
えーと、エリュシア王国ですね。
これは、アルタル商盟のエリュシア王国識別紋章ですね」
「.....そうなのか、じゃあこの紋章がついた船はエリュシアの物と考えて良いのか?」
「はい、普通に考えればそうだと思います」
「ちなみにエリュシア王国って、今度、この星に来る予定の王子の星だよな?」
「そうですね。王子様の星です。......その紋章がどうかしたんですか?」
ヤマトは、少し悩んでからカラメアに言う。
「……お前には伝えとこう。実は、その紋章がついた船が、東の山の向こうに着陸してるんだ。
見たやつの話だと、中から人型のロボットが出てきて、俺たちが昔眠っていた施設に入ったらしい。
ただ、そのロボットたちは、施設の連中に全部破壊されたそうだが。
ついでに言うと、お前たちの神も、俺たちの仲間にそのロボットたちを破壊するよう命じていたらしい.....
この星で今、何が起こっているのかは正直分からんが……俺としてはあまり良い予感はしない。
今後、何が起こるか分からんから、お前たちも注意はしておけ。
ただ、この話は他のヴァリドの民には絶対に言うな。お前たち姉妹の間だけにしておけ」
カラメアは、少し目を伏せながら答えた。
「そうなんですか....
エリュシア王国の船がこの星に来たという話は、私は今までに聞いたことがありません。
国同士の交流も、これまで無かったはずです。
アルタル商盟に関する授業で、その名前を習ったことがあるくらいです。
そもそも私達の星は、今はノスリア帝国と戦争中ですから、商船自体が滅多に来ないのです。
それに、中央都市に向かうならまだしもノスリア帝国の施設に向かったなんて.....。
確かに変で、怖いですね……」
ヤマトは腕を組んで、短く息をついた。
「今まで来たことがないなら、なおさら気持ち悪いな。
お前たちも、何かあった時にすぐ逃げられるよう普段から準備はしておけよ」
カラメアは小さくうなずき、そして少しの間を置いて、恥ずかしそうに言った。
「……はい。分かりました。でも、もし本当に何かあった時は――
私は、ヤマト様に連れて行ってもらいます」
ヤマトは、そのカラメアの少し重たい言葉に対して、当たり前のような顔をして返した。
「そりゃまあ……お前には世話になってるし、お前に何かあれば俺は必ず助けに帰ってくる。
ただ、俺が遠くにいて、すぐに駆けつけられない時だってある。
だから、その時は、自分でどこか隠れる所へ逃げられるようにしておけ。――いいな?」
カラメアは、少しだけ頬を染めながら、静かにうなずいた。
ヤマトは立ち上がり、軽く伸びをしながら言った。
「よし、カラメア、ありがとな。今日はもう疲れたから俺は寝る。
明日もまた、よろしくな」
カラメアは少し名残惜しそうに、ヤマトの顔を見つめた。
そして、声を落として言った。
「……もう、今後はあまり無理しないでくださいね。
じゃ、私もお家へ帰ります。
また明日来ます。おやすみなさい……」
ヤマトは小さく頷き、扉の方へ向かう彼女の背を見送った。
居住区の灯りが静かに揺れ、夜の気配が部屋を包み込んでいく。
その静けさの中に、確かな絆を二人は感じていた。




