025
三人は、グループCが立てた旗を目印に、湿地帯を慎重に進んでいった。
やがて、湿地を抜けた先に、少し開けた場所が現れた。
草が低く、地面は乾いていて、視界も広い。
その中央に、異質な影が静かに佇んでいた。
飛行物体――船長は20mくらいだろうか、極めて滑らかな涙滴形。船体には一切の突起がなく、波紋のような紋様が浮かぶ。金属というより「液体金属のような光沢」で光を反射していない。
周囲には何の気配もなく、ただ風だけが機体の縁を撫でていた。
ヤマトは手を上げて、二人に合図を送る。
三人は言葉を交わさず、慎重に距離を詰めていった。
少し手前の所でヤマトは再度手を上げて、リクとレンに待機の合図を送った。
二人は足を止め、身を低くして周囲の様子を伺う。
ヤマトはゆっくりと、船体へと歩み寄った。
地面の感触を確かめながら、音を立てないように慎重に進む。
間近まで近づいても、何の反応もない。
警告音も、動作音も、光の点滅すらなかった。
ヤマトはしばらく船体を観察した後、振り返って手を振った。
リクとレンが静かに立ち上がり、慎重にヤマトの元へと歩み寄る。
「……負傷者の言ってたように、船は無人っぽいな。ただ、入口がどこかも……よくわからん」
外殻は滑らかで、継ぎ目らしきものが見当たらない。
窓も扉も、明確な操作パネルもなく、まるで一枚岩のような構造だった。
三人は船体の外観をくまなく確認した。
しかし、やはり入口は見つからない。
リクが船体に近づく。
「……ちょっと、触ってみる」
リクは手を伸ばし、船体にそっと触れた。
その瞬間――
液体金属状の表面の波紋に揺らぎが走った。
水面に石を落としたように、触れた箇所から円形の模様が広がっていく。
そして、波紋はやがて形を変え、幾何学模様となって浮かび上がった。
明らかに何かの意味を持つ模様にみえる。
それは、紋章のようでもあった。
ヤマトが、リクにそのまま触れておいてくれと言い、腰のポケットから記録シートを取り出し、船体に浮かび上がった紋章を丹念に模写した。
幾何学的な曲線と交差する線の配置を、正確に写し取っていく。
模写を終えると、記録シートをポケットに入れ、二人に声をかけた。
「……触れることで反応があるってことは、どこか特定の場所に触れれば、入口が現れるかもしれんな」
そう言って、ヤマトは船体に近づき、慎重に、だが確実に船体全体の表面を手でなぞり始めた。
リクとレンは少し距離を取りながら、様子を見守る。
船体は依然として先程の模様を保っていた。
だが、船の後部と思しき位置にヤマトの手が触れた瞬間――
先ほど浮かび上がっていた紋章が、まるで水に溶けるように崩れた。
代わって、そこに小さな円形の模様が、淡く光を放ちながら浮かび上がる。
だが、それ以上の反応はなかった。
円形の模様が現れただけで、どこを押しても、なぞっても、船体は沈黙を保ち続けた。
ヤマトは円形の模様を見つめながら、低く呟いた。
「……何か、鍵となるものがいるのかもしれないな。
この円の中に、鍵が触れると……扉が開く仕組みとかかもしれん。
……その場合、ロボットが乗っていたことを考えると、生体認証って線よりは物理的な何かだと思う」
三人は、鍵となりそうな物がないか船体の周辺をくまなく探した。
草をかき分け、地面を踏みしめ、岩陰や船体の下部まで目を凝らしたが――
それらしき物は、どこにも見当たらなかった。
ヤマトが立ち上がり、船体を一瞥する。
「……やっぱり、あるとすればロボットたちが持ってるんだろうな」
リクが息を吐く。
「となると、結局……施設まで行かないとダメそうですね」
ヤマトは頷いた。
「今は、これ以上調べるのは無理だな。
とりあえず、この紋章に見覚えがないかを町に戻った時に、カラメアたちにでも聞いてみよう」
三人はこれ以上の調査を諦め、野営地へと戻った。
野営地に戻ると、他の隊員たちによって準備が着々と進められていた。
ヤマトは周囲を見渡しながら、ヴァリドの戦士から聞いた野営方法を思い出していた。
万が一、少人数で夜を越さねばならない場合の対処法――それには二つの手段があると教わっていた。
一つは、ある程度の深さの穴を掘り、その中で身を寄せ合って過ごす方法。
地熱と地形を利用し、外敵からの視認性を下げる原始的だが効果的な手段だ。
だが今回は、掘削用の道具を持ち合わせておらず、この方法は断念せざるを得なかった。
もう一つの方法は、焚き火を放射状に配置するというものだった。
光源となる大きな焚き火を野営地の中心から約15メートルの距離に、東西南北の四方に設置。
さらにその間を埋めるように、小さな焚き火を複数点在させ、内側にも何重にも小さな焚き火を配置する。
これは、ドゥイラスの習性を利用した防衛策だった。
ドゥイラスは熱を感知して獲物を追うが、熱源が一定以上に増えると、それを「群れ」と認識し、無闇な攻撃を避ける傾向を持つ。
これは、過去の経験から多数の相手を攻撃することが自身にとっても危険であることを学習しているためだ。
焚き火の熱を利用し、あたかも多数の生物がいるように錯覚させることで、襲撃を抑止する。
ただ、それでも襲って来る時は襲ってくる。万全ではないとも聞いていた。
ただ、その方法しか残されていなかった為、隊員たちはその教えに従い、黙々と火を起こしていた。
赤い太陽が沈み、夜の帳が降りる頃には、隊員達の周囲にはいくつもの焚き火が灯り、まるで見えない兵が輪を成して守っているかのような光景となっていた。
「……やれるだけのことはやった。
火を絶やすな。交代で見張りを立てて……あとは朝を待つだけだ」
ヤマトの言葉に、誰もが小さくうなずき、静かに腰を下ろした。
焚き火のぱちぱちという音だけが、夜の空気に溶けていく。
支給された灰色団子を取り出し、無言で口に運ぶ。
外は固く、中はやわらかい。淡い塩気が空腹にしみた。
リクが自分の分を少しちぎって、そっと負傷者のもとへ運ぶ。
それを見た仲間たちも次々に手を伸ばし、団子を分け与える。
負傷者は小さく頷き、かすれた声で礼を言った。
食事を終え、焚き火の炎が静かに揺れる中、ヤマトは立ち上がった。
周囲に目を配りながら、隊員たちに向けて声をかける。
「……みんな聞いてくれ。
着陸している宇宙船は結局、入口が見つからず中を調査する事は叶わなかった。
紋章のような模様が船体に浮かんだので、その模様をとりあえず書き写す事だけしか出来なかった。
それから、明日、無事に町に戻ったら、俺は今日の一連の件で、上には報告をしない事にしようと思っていることがある」
隊員たちは耳を傾ける。
「それが何かっていうと――藤堂の件だ。
藤堂が施設に複数いたって話。
俺は、負傷した彼にも話を合わせてもらいたいと思ってる」
そう言って、ヤマトは負傷者の方へ視線を向ける。
男は横たわったまま、真剣な表情でヤマトの言葉を聞いていた。
「彼の話では、グループAの皆は藤堂に撃たれたってことだ。
もし、町にいる藤堂も施設の藤堂達と関わりがあるなら――その事実を知っているはずだ。
だから、俺はまず“グループAが別の要因で消息を絶った”と報告する。
そうすれば、もし町の藤堂もグルならば、藤堂は後から彼を問い詰めるはずだ。
そして、俺たちがどこまで知っているのか……必ず訊いてくるはずだ」
負傷者は横たわったまま、静かに頷いた。
ヤマトはその様子を確認すると、言葉を続けた。
「……そうなると、申し訳ないが――
あなたには、何とかその尋問に耐えてほしい。
そして、俺たちに嘘を伝えたと、藤堂に言ってほしい。
じゃないと俺たち全員の身にも、危険が及ぶ可能性があるからだ」
焚き火の炎が、ヤマトの顔に揺れる影を落とす。
その声は静かだったが、言葉の一つ一つが重かった。
「そして、尋問があった時は……すぐに俺たちに伝えてほしい。
町の藤堂が危険な存在なのかどうか――それを、俺たちで共有しなければならない」
負傷者は再び頷いた。
その目には、理解と覚悟が宿っていた。
ヤマトは少し間を置き、さらに言った。
「逆に、いつまで経っても藤堂が何も言ってこなければ……
町の藤堂は、施設の藤堂たちとは無関係なのかもしれない。
まずは、そこを見極めたい」
ヤマトは焚き火の輪の中で、全員の顔を見渡した。
その目は真剣で、言葉を選びながら静かに告げる。
「だから……みんなにも、話を合わせてもらいたい。
今回、グループCは――偶然ロボットたちを見つけた。
そこに碧眼の神が現れて、ロボットたちを排除するように言われた。
彼らは、施設の近くまでロボットを追った。
だが、施設の前で逆に見つかって反撃に遭った。
彼は何とか逃げてきたが、その途中で他のメンバーとはぐれてしまった。
逃げる際、彼は足を撃たれて負傷した――そういう風に聞いたと。
施設の中の藤堂に関する話は一切出さない。
俺たちの身を守るためにも、みんなももし誰かに聞かれたらそういう風に言ってもらいたい」
その場にいる全員が、ゆっくりと頷いた。
「よろしく頼む。
どちらにせよ、まずは今晩を何とか無事に乗り越えなければならない。
――朝までの残り6脈を、3脈ずつ二班に分けて交代で見張りをしよう」
ヤマトは手早く班分けを指示し、見張りの配置を決めていった。
焚き火と焚き火の間を縫うように、見張りの動線が組まれていった。
それぞれが緊張の面持ちで待機する。
仮眠組も緊張の為か、なかなか寝つけなかった。
夜更け過ぎ――
ドゥン……
ドゥゥン……
ドゥン……
静寂を、突如として破る重低音――
山の方角から、地を叩くような足音が響き渡る。
その異様な地響きに、野営地の全員が即座に反応した。
「何だ!?」
リクが焚き火越しに身を起こし、ヤマトもすでに立ち上がっていた。
ユウイチは負傷者の傍に駆け寄り、身を守る姿勢を取る。
足音はどんどん近づいてくる。
地面が震え、焚き火の炎が揺れる。
山の方角の闇から、巨大な影が現れた。
焚き火の光がその姿を照らす。
それは――一頭のヴァイラスだった。
「ヴァイラスだ!追われてるぞ!」
セイジの叫びが夜の静寂を裂いた。
隊員たちは即座に反応し、焚き火の輪の内側で固まる
ヤマトが鋭く指示を飛ばす。
「ドゥイラスの群れが来るぞ!
全員、電撃銃を構えておけ!」
焚き火の炎が揺れ、野営地の周囲に緊張が走る。
ヴァイラスが、焚き火の火を避けるようにして野営地の横を通り抜けていく。
傷を負っているのか、足取りにわずかな乱れがあった。
そして、その後を追うように――
ドゥイラスの群れが現れた。
複数のドゥイラスが、山裾の闇から姿を現し、野営地の前で足を止める。
その甲殻は夜に溶け込むような色合いだった。複眼が焚き火の光を反射し、青白く光る。
焚き火の炎が揺れ、野営地の周囲に張り詰めた空気が漂う。
「一、二、三.....四、五.....六....」
レンがその数を数えている。
「見えてるだけで七匹。見えてないのもいるかも。
少なくとも十匹くらいは、いそうかな」
焚き火の光輪の外で、闇がざわめいた。
砂を蹴る音、地面を叩く複数の脚――。
ドゥイラスの群れが散開し始める。無秩序に見えて、そこには確かな意図があった。
黒灰色の甲殻が、炎の明滅に合わせてちらつく。
野営地を囲んでいく――狩りの輪を、静かに完成させるように。
タツヤが銃を握りしめながら、声を震わせて言った。
「ど、どうする?……撃っていいの?」
「まだだ。奴らもこっちの動きを測ってる……」
ヤマトの声は低く、張りつめていた。
火の輪の外を、六本脚の影が駆け抜ける。
その一体が突然、甲殻を鳴らしながら方向を変えた。
次の瞬間――
「来るぞッ!」
土煙が激しく舞い、黒灰の影が火の壁を跳び越えた。
レンの電撃弾が閃光を走らせる。
一体が痙攣しながら転がるが、すぐに別の二体が左右から跳び上がって向かってくる。
「リク、右だッ!」
「はい!」
二人はほぼ同時に、ボルトエッジを握り込んだ。
――シュッ。
低く鋭い音とともに、青白い刃が空気を裂くように伸びた。
夜の闇が一瞬、昼のように照らし返される。
プラズマの刃先が唸り、熱で周囲の空気が歪んだ。
ヤマトが先に踏み込む。
斜めに薙いだ軌跡が、ドゥイラスの前脚を一瞬で焼き切る。
甲殻が溶け、火花と共に散った。
続けざまに、リクが前に出て反転する。
刃が青い弧を描き、跳びかかってきたもう一体の頭部を斜めに断ち割った。
熱を帯びた甲殻が裂け、焼けた金属のような匂いが漂う。
「クソッ、こっちも来た!」
サトルが叫び、電撃を浴びせる。
閃光が地表を走り、砂と火花が散った。
タツヤが背後をカバーし、リョウが冷静に狙撃する。
電撃の火線が夜を刻む。
だが、群れは止まらない。
次々と火の輪をかすめ、突進しては離脱する。
甲殻がぶつかり合い、耳障りな音が響く。
「おい、ユウイチ! 危ない!」
タクマが声を上げたが、すでに遅い。
ドゥイラスの一本の脚が、ユウイチの電撃銃を弾き飛ばした。
「ああ、しまった……!」
その瞬間、セイジが飛び込み、至近距離で発射。
閃光と衝撃で、怪物が痙攣して崩れ落ちた。
「リク、こっちは僕に任せて。ユウイチさんの援護を!」
リクは一瞬だけレンの顔を見て、すぐに頷いた。
「分かった」
左の闇から、セイジとユウイチ目掛けて別の個体が跳びかかってくる。
「――下がれッ!」
踏み込む音と同時に、青白い光が走った。
刃が一瞬、閃光の矢のように伸びる。
踏み込み――一閃。
プラズマの軌跡が闇を裂き、
ドゥイラスの胴を真二つに断ち切った。
断面が蒸気を上げ、焦げた臭いが漂う。
巨体は割れ、重い音を立てて崩れた。
レンとリョウが、それぞれの方向で照準を定める。
遠方の闇に潜むドゥイラスを、一体ずつ確実に撃っていく。他の隊員も近づく個体に向け電撃銃を放つ。
閃光が断続的に走り、転倒した影が散っていく。
それでも、射線をすり抜けて近寄ってくる個体がいる。
そうした個体は、ヤマトとリクが迎え撃った。
ボルトエッジが閃き、甲殻を裂く。
刃が唸りを残し、土煙の中で火花が散る。
隊は徐々に呼吸を合わせ、確実にドゥイラスの猛襲を跳ね返していった。
どのくらいの時間、戦っていたのだろうか。
実際には、それほど長くはなかったのかもしれない。
だが、体感としては――終わりの見えない夜だった。
焚き火の炎が静かに揺れ、野営地の空気に焦げた甲殻の匂いが漂う。
周囲には、ドゥイラスの遺体が散乱していた。
裂かれた甲殻、焼け焦げた管状器官。
十数体ほどは、確実に倒した。
それぞれが、隊員たちの連携と即応によって仕留められたものだ。
だが、まだ複数体――
焚き火の輪の外で、蠢いていた。
レンがその中の一体に銃口を向けた瞬間、
その個体はわずかに身を引き、方向を変えた。
そして、音も立てずに――
山の方へ向かって、静かに逃げ去っていく。
他の残存個体も、それに続くように姿を消していった。
もう敵わないと察したかのように。
焚き火の輪の中に、静けさが戻る。
奇跡的にも――犠牲者はゼロだった。
セイジが雄叫びを上げた。
「やったぞぉぉぉッ!」
その声に、ユウイチ、タクマ、ユウトらが思わず笑い合い、手を取り合って喜びを分かち合う。
戦いの緊張が解け、隊の輪に安堵の色が広がっていく。
レンはリョウとリクに向かって手を上げ、
軽く笑いながら、三人でハイタッチを交わした。
タツヤとサトルは、その場に座り込む。
肩で息をしながら、地面に手をつき、疲労と安堵を噛みしめていた。
負傷者は、そんな全員に向かって感謝の言葉を伝えていた。
ヤマトはまだ周囲を見渡していた。残った個体が本当にいないかを入念に確認していた。
そして、ヤマトが輪に戻りみんなに伝える。
「……みんな、よくやったな。退けたようだ。
流石に厳しいと思ったが……全員、無事で乗り越えられた。
本当に――良かった」
その言葉に、誰もが静かに頷いた。
「ただ、朝まではまだ時間がある。
壊れた焚き火を直そう。
薪の代わりにドゥイラスの遺体を燃やせば、朝までの分は持つだろう。
疲れているところ悪いが――一気にみんなでやるぞ」
その言葉に、隊員たちもすぐに動き出した。
こうしてヤマト達はグループA結成以来最大の危機を乗り越え、何とか次の日の朝を迎える事が出来たのだった。




