024
ヤマトは救出した負傷者を岩陰に座らせると、膝をついて顔を覗き込んだ。
「おい、大丈夫か?一体何があったんだ?」
負傷者は泥にまみれた顔をわずかに上げたが、目は焦点を定められずに宙を泳いでいた。
「おい、しっかりしろ」
ヤマトが声をかけ、負傷者の肩を支えながら呼吸を確認する。
「ユウイチ、すまん、水を持ってきてくれ」
「分かった。汲んでくる、ちょっと待ってて」
ユウイチは川へと駆け、水筒に水を満たした。
戻ってきたユウイチから水を受け取り、負傷者の唇にそっと当てる。
ごくりと音を立てて水を飲むと、わずかに呼吸が落ち着いた。
ヤマトとリクは彼を平らな岩の上に寝かせ、様子を見守った。
しばらくして、負傷者が震える声で口を開いた。
「お……おそらく、毒を注入された……
足が麻痺して動かない....」
その言葉に、隊員たちは息を呑んだ。
「みんなとも……離れ離れになってしまった……」
負傷者の目が潤み、声が途切れる。
「でも、おそらく……みんな、駄目だろう……」
そう言うと、彼は顔を覆い、嗚咽を漏らした。
その涙は、自身の足の麻痺だけでなく、仲間を失った喪失の色を帯びていた。
ヤマトは負傷者の傍に膝をつき、静かに問いかけた。
「気持ちは分かるが、まずは落ち着いてくれ。これまでの経緯を話してくれないか?」
負傷者は息を整え涙を拭いながら、少しずつ言葉を紡ぎ始めた。
「......昨日……巣穴を発見した後、キャンプに戻ろうとしてたんだ.....
だけど、その時、低い場所を飛ぶ……飛行物体を見つけた」
隊員たちは息を呑み、耳を傾ける。
「それは……山裾の方から現れて、沼地の方へと飛んで行った。
そして……沼地の少し先の方で、地表に下降していくのが見えた」
負傷者の声は震えていたが、記憶は鮮明だった。
「気になった俺たちは、後を追ってみた。
草陰に隠れながら、着陸した場所の近くまで行って……確認したんだ」
「そこでは……人のような形をしたロボットが、着陸している飛行物体から何体も出てきて……何かの作業をしていた」
ヤマトは眉をひそめた。
「すぐに報告しなければならないとみんな思った。でも……飛行物体の確認に、想定していたよりも時間を使ってしまっていて、気づいた時には日没までにキャンプに戻る事が難しくなっていたんだ.....
だから……急遽ここで野営をするしかなくなった......」
負傷者は、震える声で続けた。
「少人数で野営をするのは初めてだった。昨夜は……ドゥイラス襲撃の恐怖に怯えながら、みんなで固まって、交代で見張りをしていた」
隊員たちは静かに耳を傾けていた。
「すると……深夜に、突如、前に見たホログラムが俺たちの前に現れた。
どうやったのか分からない。音もなく、突然光と共に空間が歪み、姿が浮かび上がったんだ」
負傷者の目は虚空を見つめていた。
「碧眼の神を名乗るそれは……俺たちにこう告げた。
『この星に、機械の見た目をした盗人が来ている。
お前達は、奴らを即刻排除せねばならない』
……昼間見た、あのロボットたちのことを言ってるのだと、すぐに分かった。
ただ……碧眼の神の姿が消えたあと、グループの中でも意見が割れた。
神の言葉に従うべきだって言う奴と、一度戻って報告すべきだって言う奴と……。
結局、リーダーに判断を委ねることになった。
リーダーは……碧眼の神を信じてたから、『ロボットを発見しているのにこのまま見過ごして帰るわけにはいかない』って言って……。
それで、翌朝、昨日の場所に戻って、ロボット達を破壊してから帰るってことになったんだ……」
「朝になって俺たちは、昨日ロボットを見た場所まで戻った。
けれど、そこには、飛行物体は停まっていたけど、ロボット達の姿は見当たらなかった.....
よく見ると、地面に車輪の跡がいくつもあったんで、俺たちはその跡を辿ることにした。
車輪の跡は泥に深く刻まれてて、方向もはっきりしてた。
その跡をずっと辿っていくと、最終的に俺たちが昔囚われていた施設の少し手前に着いた....
その場所には、車輪の跡と合致するクアッドATVみたいな乗り物が何台も停まっていた.....
俺たちは、ロボット達はここで乗り物から降りて、あの施設の中に入っていったんだろうと思った。
そして、施設の中には……グレイもいるはずだとみんなが思った。
ロボットたちはもしかしたら奴らの仲間なのかもしれないとも考えた……
俺たちは慎重に……施設の方へ近づいて、中の様子を伺った。
俺たちが以前、救出された棟は……まだ破壊されたままで……
壁も床も、焦げ跡や裂け目が残ってて……グレイの姿も見えなかった。
この棟はあの時からそのまま放置されてるような雰囲気だった。
自分達が追っているロボットの姿も見えなかった。
……なので、その棟を出て、一つ奥の棟を探ることにした。
奥の棟を覗くとそこは……繭が整然と並んでいた。
……見ると、その合間に、破壊された昨日見たロボット達が多数、倒れていた。
腕がもげてるやつもいたし……頭部がないものもあった。
ただ、ここで何が起きたのか……すぐには分からなかった。
でも、よくよく見ると……グレイの死骸もいくつか転がっていた。
それを見てやっと、ここで奴らとの間で戦闘があった事を察した。
生き残ったロボットやグレイが居ないかを外から気づかれないよう観察していると……驚くことに……奥の方に藤堂さんの姿があった」
聞いていた隊員達の表情が一気に硬くなる。
「俺たちは……藤堂さんがそこにいたので、すぐに思った。
きっと俺たちより先に、碧眼の神の指示を受けて……ロボット達を破壊しに来たんだって。
状況からそうとしか……思えなかった」
「……リーダーが、藤堂さんの方に向かって……手を振りながら歩いていった。
俺たちも、その後をついて棟の中に入った。
中は静かで……繭が並んでるだけだった。
でも……少し進んだところで、藤堂さんが……突然、リーダーに向けて……銃のようなもので発砲したんだ。
リーダーは……何が起きたのかも分からないまま……目の前で崩れ落ちた。
そして、奥の方をよく見ると……なぜか藤堂さんが、何人もいた。
周囲の繭の中もよく見たら……藤堂さんばかりが入っていた。
何十体も……
みんな、パニックになった。叫びながら、出口に向かって走った。
でも……逃げる最中に、ほとんどみんな撃たれたと思う。
俺も……足を撃たれて……段々、足の感覚がなくなって……
でも、銃撃から逃れた仲間が……俺を抱えてくれて……何とか隠れながら、ここまで逃げてきた。
でも……俺を助けてくれたあいつは……最後、俺の……
俺のせいで……あんなことに……なってしまった……」
負傷者はそこまで話すと、再び嗚咽を漏らした。
肩が震え、泥にまみれた手が顔を覆う。
ヤマトを含め、周囲の隊員たちは言葉を失っていた。
誰もが青ざめた顔で、ただその場に立ち尽くしていた。
事態があまりに異常で、うまく飲み込めずにいた。
やがて、ヤマトがゆっくりと口を開いた。
「……分かった。詳しく話してくれて、ありがとう」
その声は静かだったが、どこか硬さが滲んでいた。
「藤堂が……味方なのか敵なのか、分からなくなったな。そもそも、何人も藤堂がいるってのが……」
そこまで言いかけて、ヤマトの表情が暗くなる。
言葉が喉に詰まり、目が伏せられる。
――みんなも、薄々思ってるかもしれない。
この負傷者の言うことが本当なら……施設で見た複数の藤堂は、クローン人間とかかも知れない。
繭に藤堂が大量にいたって話も……
あれが、ただの保管装置じゃないなら……。
あの繭は、クローンを作る装置だったのかもしれない。
そうなると……俺たちも……。
ヤマトは拳を握った。
しばらくの沈黙の中、ヤマトが立ち上がった。
その顔には迷いがあったが、同時に、決意の色も浮かんでいた。
「……ひとまず、彼をこのまま置いて、俺たちだけキャンプに戻るわけにはいかない。
それに、どちらにせよ……時間的に、もう日没までにキャンプに到達するのは無理そうだ。
なので、今日は……俺たちも、ここで野営する」
少し間を置いて、彼は続けた。
「それと……まだ日没までには時間がある。
沼地の先に着陸しているという飛行物体、それの調査をしてこようと思う。
全員で行く必要はない。俺と、リク、それにレンの三人でとりあえず見てくる。
他の者は、ここで野営の準備を頼む」
リクは無言で頷いた。
一方、レンは笑顔を見せた。
未知への好奇心が恐怖より勝っているようだった。
他の隊員たちも、ヤマトの判断に異論を唱えなかった。
それぞれが動き出し、野営地の光源確保のために火起こしの準備を始める。
湿地の枯れ草を集め、静かに作業を進めていく。
ヤマトはセイジの方へ歩み寄り、低く言った。
「俺がいない間、こちらを頼みます」
セイジは真剣な表情で頷いた。
「分かった。気をつけて」
その言葉に、ヤマトは短く目を合わせると、リクとレンの方へ向き直った。
「……よし、行こう」
三人は、湿地の縁に向かって歩き出した。
足元にはぬかるんだ泥と、踏みしめるたびに揺れる草。グループCが通った踏み跡を頼りに進んでいく。
ある程度進んだ所で、ヤマトが突然立ち止まった。
「……お前ら、ちょっといいか」
「どうしました?」
リクがすぐに応じる。
レンも遅れて、不思議そうな顔をして頷いた。
ヤマトが険しい表情で言う。
「……お前らには、話しておこうと思ってな」
リクとレンが静かに頷く。
ヤマトは少し息を整えてから、静かに言った。
「さっきの……負傷者の話だが。
あれを聞いて……どう思った?」
リクは少し考えてから、口を開いた。
「俺は……あの話を、どこまで信じていいのか分かりません。でも、本当だとすると、碧眼の神も、藤堂さんも……俺たちの味方なのかがますます分からなくなりました。
元々、あまり信用していないから……余計にそう思う。
あと、グレイはヴァリド族にとっての侵略者なのは間違いないけど、俺たちにとってはもしかすると.....」
そこまで言いかけてリクは口をつぐんだ。
ヤマトは黙って頷いた。
レンが続いて喋りだす。
「僕は、神がロボットの事を“盗人”って呼んでたみたいだから、あの施設には何か凄いお宝があるんじゃないかなと思いました。
……盗もうとしていたものが何か気になります。
あと、藤堂さんが一杯居たって事も言ってたから、あの繭は実はクローンを作る装置なんじゃないかなと思いました……。
んで、もしかしたら僕たちもクローンかもなって」
リクとヤマトが、同時に驚いた表情を見せる。
リクは少し口元を緩め、呆れたように笑った。
「……俺も、それはちょっと思ってたけどさ。
そんな、あっさり言えることじゃないかなって……」
ヤマトも、険しい表情が崩れ笑みを浮かべる。
「“僕たちもクローンかもな”って、笑顔で言うとは思わなかったよ。
お前は……やっぱり凄いな」
レンが少し顔を赤くして言う。
「……まぁ、客観的に考えると、そうなのかなって。
でも、仮にそうだったとしても……今、僕は充実してるし、別にいいかなって。
なんか……異世界転生したみたいな感じで、これはこれで……アリかなって」
それを聞いて、ヤマトもリクも、少し肩の力を抜いたように笑った。
「……そういう考え方もあるんだな」
リクが呟く。
ヤマトも、わずかに口元を緩めながら話を続けた。
「俺も……負傷者の話を聞いて、お前たちが思ってるように、あの施設はクローン人間を製造してる施設なんじゃないかと思った。
だから、レンの言うように……俺たちもクローンなのかもしれない。
更に言うと、そのクローンを造ってるのは……グレイなんじゃないかとも思ってる。
あいつらが技術を持ってて、俺たちを創造した。
で……碧眼の神は、その造られたクローンを横取りして、自分の駒として使ってるのかもしれない」
二人は黙って聞いていた。
「碧眼の神が、どうやって俺たちやこの星の情報を得てるのかは分からない。
もしかすると……本当に“神”のような存在なのかもしれない。千里眼みたいな人智を超えた能力を持ってる……そんな可能性もゼロではない」
「それと……ロボットたちが盗もうとしてたものも確かに気になるな。
単純にクローン人間を盗みに来たのか……それとも、技術を盗みにきたのか、レンの言うようにお宝があるのか」
ヤマトは沼地の先を見つめたまま、静かに言った。
「……いずれにせよ、やっぱり……いつかはあの施設に行かなきゃならない。
行かないと、謎はずっと解けないだろう。俺たちが何者なのかも、何が起きてるのかも」
リクとレンは黙って頷いた。
「ただ……まだ時期尚早だと思う。
行くには、もっと情報と入念な準備が必要だ。
それと……今回の話を藤堂に知られるのはまずい。藤堂が敵か味方か……正直、今の段階じゃ全く分からない。
もし、俺たちグループAが、あの施設に藤堂の集団がいたってことを知ってると本人にバレたら……隊員の身に危険が及ぶかもしれない」
「だから……今日の負傷者から聞いた話は、グループA以外の人間には喋らないようにしよう。
野営地に戻ったら、他の隊員にも口外しないように伝えるつもりだ」
リクが頷き、レンも真剣な表情で応じた。
この場で共有された情報は、人々の命運を大きく左右するかもしれない。
三人はその事を胸に留めた。
「よし、じゃ行くか」
ヤマトがそう言った。ひとまず全てを胸に仕舞い、
今はただロボットが乗ってきた飛行物体を目指して、三人は再び歩きだしたのだった。




