021
ヤマトが藤堂への報告を終えて戻ると、いよいよ出発の時が訪れた。
今回は実任務ということもあり、前回の訓練時のような重装備はなく、部隊の動きは軽快だった。
ユウイチを筆頭に、運動が苦手と思われるメンバーたちも特に遅れることなく隊列に加わり、
それぞれが黙々と歩を進めていた。緊張はあるものの、足取りは確かだった。
探索部隊は、現地キャンプ設営組よりも一足先に進行する。
キャンプ到達後はそのまま探索行動に移るため、隊列は前方へと伸びていった。
日が沈む前に危険地帯を抜け、町へ戻る必要がある。
そのため、隊員たちは無言のまま、足早に山道を進んでいく。
今回の目的地は、町の南側に広がる山岳地帯。
そこには、かつてヴァリド族が水中都市に追われる以前に暮らしていた古い集落の跡地が残されている。
その場所に現地キャンプを設営し、そこを起点として未踏エリアの探索が始まるのだ。
風は冷たく、空は静かだった。
それぞれの胸に不安と使命を抱えながら、探索部隊は静かに山へと踏み入っていった。
この星では、1日の長さが約28時間。自転軸に傾きがないため、昼と夜はそれぞれ14時間ずつ、均等に訪れる。
時間は「脈」と呼ばれる単位で進み、1脈は地球時間で約1時間45分。昼8脈、夜8脈、計16脈が1日を構成していた。
町を出発してから、およそ2脈をかけて探索部隊は現地キャンプ地点に到達した。
帰路にも同じく2脈を要するため、探索に割ける時間は残り4脈。
Aグループが今回探索するエリアは、そのうち片道1脈が既知のルートであり、
実質的に新規ルートの探索に使える時間は2脈ほどしかなかった。
現地キャンプに到着後、隊員たちはほんの短い小休憩を取った。
その後すぐに、ヴァリドの戦士に促される形で未踏エリアへ向けて出発する。
道中はすでに危険地帯に足を踏み入れている。
しかし、通過する既知のルートは過去に駆除が進んでおり、道を外れない限りは安全である。
そのため、探索エリア到着までは特に問題もなく、隊列は順調に進んだ。
そしてついに、未踏エリアの手前地点まで到着した――
ここからが、本当に危険な行動の始まりである。
「よし、これからが本番だな。みんな、大丈夫か?」
ヤマトが振り返って声をかけると、ユウイチとタクマが少し息を切らしながらも、「大丈夫」と応えた。
ヴァリドの戦士が、無言で伸縮式の旗のような器具を10本ほど手渡してきた。
「道を迷わないように」とだけ、短く言葉を添える。
ヤマトはそのうちの1本を手に取り、現在地に設置する。
最大まで伸ばすと高さは2.5m程度、旗の部分は光を反射する素材でできており、布ではなく、広げると1m四方のサイズで、形を保つ硬質の構造だった。見た目以上にとても軽量なのも優れている。
幸い、周囲には高い植物がほとんどなく、ある程度離れた場所からでも視認できそうだった。
「この旗を進行方向に立てながら進む。2脈以内に探索を終えて、ここまで戻らないといけない。
時間は……あまり余裕がないな」
ヤマトの声に、隊員たちは無言で頷いた。
ヤマトが周囲を確認して進むルートを決めようとしている時、レンがヤマトに声をかけた。
「ヤマトさん、僕……ヤマトさんと一緒に最前列を歩いてもいいですか?」
ヤマトは振り返り、レンの表情を見てから静かに頷いた。
「ああ、構わない。ただし、何かあった時に一人で先走ったりするなよ」
「はーい」
レンは軽く返事をし、ヤマトのすぐ横に立った。
そのやり取りを聞いていた最年長のセイジが、部隊の後方に目を向けながら言った。
「俺はじゃあ、最後尾を歩くかな。隊列が乱れそうな時は、後ろから声をかける」
ヤマトは振り返り、静かに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
その後、自然と隊列が整っていった。
リクはレンのすぐ後ろに位置を取り、その隣に最年少のリョウが並ぶ。
さらにその後ろにユウトとタツヤ、ユウイチとタクマが続き、最後尾にはセイジとサトルが並んだ。
ヤマトは隊列を確認しながら、全体に声をかける。
「部隊の左側の人は左側、右側の人は右側の斜面を確認しながら進んでくれ。
巣穴がないか、見落としのないように」
隊員たちはそれぞれ頷き、静かに進み始めた。
山の斜面には、一面に腰の高さほどの紫色の植物が広がっていた。
葉は広く、風に揺れるたびに淡く赤い光を反射する。
その合間には、黒く光るクリスタルの塊がところどころ析出しており、陽の光を受けて鈍く輝いていた。
ヤマトは足を止め、斜面の傾斜と地形をざっと確認する。
「とりあえず、急な斜面が出るまでは、この斜面をトラバースするか」
傾斜は緩やかで、足元も安定している。
滑落や落石の危険はほとんどなさそうだった。
隊列はそのまま、斜面を横切るように進み始める。
部隊はおよそ200メートル間隔で旗を立てながら、慎重に進んでいた。
未踏エリアの進行を開始してから約40分が経過した頃、リョウが左側斜面の岩陰に目を留めた。
「ヤマトさん。もしかして……あれ、ブラッドクリスタルじゃないですか?」
ヤマトは足を止め、リョウの指さす方向を見やる。
紫の植物の間に、ひときわ赤みを帯びた鉱石が、黒いクリスタルの群れの中に混じっていた。
「……確かに。あそこだけ他のより赤いな」
隊員たちもその鉱物を見ながら「あれは、そうかもしれないな……」と囁く
ヤマトは隊員に向けて声をかけた。
「とりあえず、今回は採掘はしない事になっている。そのまま進もう。
ブラッドクリスタルがあるってことは、巣穴も近くにあるかもしれない。気をつけて進んでくれ」
そう言うと、部隊はさらに先へと進んだ。
隊員の緊張度合いが上がる。
少し進むと、紫色の植物がまばらになって、地面には砕けたクリスタルの結晶が黒い砂利状となって広がる場所に出た。
植物が少ない分、地面の視認性は良くなったが、足元は滑りやすく、斜面の角度によっては滑落の危険も出てきた。
ヤマトは立ち止まり、地形と隊列の安全を確認しながら、この先の進行ルートをどうするか思案していた。
その時――
「あ、見つけた!」
突然、レンが叫び、即座に手にしていた電撃銃を構えて発射した。
電撃弾が閃光を放ち、約50メートル先の黒灰色の生物に直撃する。
確かに命中したように見えた。
だがその生物は、衝撃を受けた直後、ゆっくりと姿を消していった。
「おい、おい……いくらなんでも、いきなり発砲するなよ」
ヤマトは苦笑いしながらレンに声をかける。
レンは笑いながら答えた。
「でも、一応当たりましたよ」
ヤマトは目を凝らして、消えた生物の方向を見つめる。
「確かに当たったのは見えたが……まだ生きてるな。姿を隠した。おそらく、あれはドゥイラスだろう」
レンは銃を見下ろしながら言った。
「反動がどれくらいかわからなかったから、全開では握らなかったんですけど……思ったより反動はないですね。
次見つけたら、全開で撃ってみます」
ヤマトは再び苦笑しながら、レンの方へ振り返った。
「今はドゥイラス退治に来てるわけじゃないんだからな」
レンは銃をホルダーに直しながら、軽く笑って言った。
「分かってますってば。巣穴でしょ。でも、姿見かけたら退治しとかないと危ないですよね」
「……まぁな。でも、刺激しない方がいい場合もあるかもしれない。野生生物は」
そう言ってから、ヤマトはレンを見つめる。
「だけど、お前は銃の腕は確かに良さそうだ。いざという時は、よろしく頼む」
レンは笑顔で親指を立てた。
「はい、任せといてください」
そのやり取りを聞いていたリクが、少し呆れたように言った。
「お前、本当に思い切りが良いよな……」
「まぁ、基本、標的見つけたら即撃つ癖がついちゃってるからね。
リクとレンが話してる所で、ユウトがぽつりと口を開いた。
「……さっき撃ったやつ、逃げたっていうより……隠れたように見えましたよね。
あの辺にもしかしたら巣穴があるんじゃないですか?」
ヤマトが答える。
「……俺も、それを思っていた。
ちょっと近づけば、穴の有無が見えるかもしれない。ただ、この地面、滑りそうで危険だな。滑落の可能性がある」
沈黙が広がる。少し経ってセイジが声をかけた。
「かと言って、見た感じ迂回できそうな場所も見当たらないよな。
足元踏み固めながら、少しずつ進んで確認するしかないんじゃないか?」
ヤマトは頷きながら、斜面の先を見据える。
「……そうですね」
一拍置いて、部隊全体に向けて声を張った。
「とりあえず、少しずつ踏み跡を作りながら進んでいこう。
足元に注意して、無理はしないこと。
それと――もしまたドゥイラスを発見した場合は、すぐに『出たぞ!』と叫んでみんなに知らせてくれ。
そう言うと、部隊は慎重に足を運び始めた。
いつまたドゥイラスが現れるか分からないという緊張感と、時折、黒い砂利に足を取られそうになり、滑落への不安も重なり、精神的な疲労がじわじわと蓄積していく。
それでも、部隊は一歩ずつ着実に進み、なんとか斜面を30メートルほど進んだ。
すると約20メートル先の地面に、ぽっかりと開いた大きな穴が見えてきた。
直径はおよそ3メートル。
周囲の地面がわずかに沈み込んでおり、内部は暗く、奥行きは見えない。
ヤマトが声を上げた。
「見えたぞ。穴だ。これは巣穴で間違いないだろう。
……とりあえず、今日の目的は果たした。時間も1時間くらいは経ってるはずだ。このぐらいにして、引き返すぞ」
その言葉に、隊員たちは緊張を解くように小さく息を吐いた。
部隊は反転し、慎重に元来た道を引き返し始めた。
踏み跡を辿りながら、足元に注意を払って進む。
だが、引き返し始めてわずか10メートルほど進んだところで、突然、タクマの足元が崩れた。
「うわっ――!」
黒い砂利に足を取られ、タクマの身体が斜面を滑るように落ちていく。
砂利が音を立てて崩れ、タクマは約10メートルほど滑落した。
隊員たちは一斉に立ち止まり、斜面の下を見下ろす。
「タクマ! 大丈夫か!」
ヤマトの声が響く。
斜面の下で、タクマは体勢を崩しながらも、何とか鉱石に手をかけて止まっていた。
タクマが岩に手をかけたまま、顔を上げて答えた。
「ちょっと擦りむいたけど……大丈夫!」
「ロープを用意するから、ちょっと待ってろ」
ヤマトがそう言ってバッグからロープを取り出し、斜面下のタクマに向かって投げる。
タクマがしっかりと掴むのを確認すると、ヤマトは声を張った。
「ロープ、絶対離すなよ! みんな、引き上げるぞ!」
隊員たちが一斉にロープを握り、タクマの身体を引き上げ始めたその瞬間――
「くそ!出たぞ!」
レンの叫びが響き、彼は即座に電撃銃を構えて発射した。
閃光が走り、弾はタクマのすぐ脇を掠めて、後方に現れた黒灰色の生物に直撃する。
生物は、痙攣するように動きを止めたが、少し経つと後退りするように動いて見えなくなった。
「向こうからもう1匹来た!」
リクが叫び、銃を構えて発射する。
だが、弾はわずかに逸れ、生物の脇を通り過ぎた。
「任せろ!」
レンが再び銃を構え、即座に撃つ。
電撃弾が正確に生物の胴体を捉え、今度は完全に動きが止まった。
その間にも、隊員たちは必死にロープを引き、
タクマの身体がようやく斜面の縁まで引き上げられる。
息を切らしながらも、タクマは地面に膝をついた。
なんとか最悪の事態は――避けられた。
タクマは地面に膝をついたまま、肩で息をしながら顔を上げた。
目元は涙で潤み、声が震えていた。
「みんな……ありがとう。レン君とリク君も……ありがと……死ぬかと思った……」
ヤマトはタクマの肩に手を置き、短く言った。
「まだまだ危険が去ったわけじゃない。油断せずに、さっさと引き返すぞ」
その言葉に、隊員たちは再び気を引き締め、隊列を整え直した。
巣穴を発見する事はできたが、同時にドゥイラスも出現した――その事を考えると帰路もまた試練だった。
部隊は巣穴の位置が分からなくならないよう、設置した旗は全てその場に残し、慎重に帰路を辿った。
黒い砂利の斜面を越え、ブラッドクリスタルの側、紫色の植物が再び密度を増す地帯を抜け、やがて、無事に現地キャンプへと戻ってきた。
キャンプに到着すると、ヤマトは、巣穴の発見とドゥイラスの出現及び撃退の件をヴァリドの戦士とマコトそれぞれに報告した。マコトからはよくやったと言われ、町へと戻るように言われた。
その後、部隊は無事、町へと帰還した。
夕陽が建物の壁を赤く染める中、
それぞれが静かに、しかし確かな足取りで町の境界を越えていった。
ハードな一日ではあったが、初めての任務は無事何事もなく終わった。メンバーも町に着いた頃には、恐怖心も和らぎ、やり遂げた充実感に満ちていた。
結果的に、今回の探索で確認された巣穴は二つ。
一つはヤマトのグループが発見したもの、もう一つは別のグループが発見した。
神聖ヴァルクス隊は、今後もこの任務をしばらく継続していくこととなる。
ドゥイラスとの遭遇時には即応して駆除を行い、
巣穴の発見と位置の記録を地道に積み重ねていくのだった。




