019
ヤマトの居住区に最初に姿を見せたのは、ユウイチだった。
扉の前で軽く息を整え、遠慮がちに声をかける。
「お邪魔します」
ヤマトはテーブルの周りで食器を並べていたところだった。
「おう、おつかれさん。まだみんな集まってきてないな。……ユウイチんとこのメイドは結局来なかったんだな?」
ユウイチは少し困ったように笑った。
「うん、ちょっと誘いづらくて……結局、誘えなかったよ」
ヤマトは眉をひそめる。
「なんで? そんなに怖い感じなのか?」
「いやいや、怖いとかじゃないんだけど……」
ユウイチは視線を落としながら言葉を探すように続けた。
「何というか、お互い、ちょっと恥ずかしがりでさ。普段からあんまり喋らないんだよね。
今日も『ちょっと出かけてくるね』って言うのが精一杯だった」
ヤマトは苦笑しながら言う。
「そうなんだ。でもさすがにそれは気の遣いすぎじゃないか?」
ユウイチは小さく笑って、頷いた。
「……まぁ、自分でもそう思う」
「今度来るときは勇気を出して、誘ってあげるんだな」
ヤマトとユウイチが話していると、扉が軽くノックされ、続いて声が響いた。
「すいません、おじゃましまーす」
扉が開き、レンとそのメイドが姿を現した。
ヤマトは手に持った食器をテーブルに置き、顔を上げる。
「おお、リクが言ってた……えーと……」
レンは軽く頭を下げた。
「あ、レンです。リクからお二人のことは前から聞いてます。会って話すのは今日が初めてです。よろしくお願いします。
あと、この子は僕の世話をしてくれているララミャです」
ララミャもレンの隣で丁寧に頭を下げた。
「レン様のお世話をしているララミャです。よろしくお願いします」
ヤマトは笑みを浮かべて頷いた。
「おう、俺はヤマト。よろしくな」
ユウイチも軽く手を挙げて応じる。
「僕はユウイチです。よろしくね」
ララミャは部屋の様子を一通り見渡すと、柔らかく微笑んで言った。
「私はとりあえず、お手伝いの方をしますね」
そう言って、静かにキッチンの方へと歩いていく。
すると、奥から驚いたような声が上がった。
「……あれ、ララミャ!?」
キッチンの奥にいたカラメアが、手にしていた調味料を一瞬止めて、目を丸くしていた。
ララミャも驚いたように立ち止まり、すぐに笑顔を浮かべる。
「わぁ、カラメアちゃん! 久しぶり!」
その様子を見ていたヤマトが呟いた。
「どうやら知り合いだったみたいだな」
「カラメアは姉もここに来るって言ってたから……リクのとこのメイドがそうなんだろうな。
星が違っても世間は狭いもんだな」
キッチンの奥では、再会を喜ぶ二人の声が軽やかに響いていた。
少し間が空いて、居住区の扉が再び開いた。
「おじゃまします」
リクがそう言いながら、両腕に食糧の包みを抱えて入ってきた。
その後ろには、落ち着いた雰囲気のメイドが静かに続いていた。
「おう、いらっしゃい。待ってた。これでみんな揃ったな」
メイドは一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「お待たせしてすみませんでした。イルメアと申します。みなさまよろしくお願いします」
イルメアの挨拶を受けて、それぞれ自己紹介を済ます。
「それから、ヤマト様には、妹が普段お世話になっているようで……」
ヤマトは手を横に振った。
「いやいや、逆だよ。俺が世話されてる方。ほんとによくしてもらってる」
イルメアは微笑みながら言った。
「それならば良かったです。あの子、ちょっとお調子者なところがあるので……迷惑をかけてないか心配してました」
「いやいや、迷惑だなんて思ったことないから。
むしろ、褒めてやってくれよ。よくやってくれてるし、助かってるんだ」
奥のキッチンから、料理の香りとともにカラメアとララミャが姿を現した。
二人は手際よく皿を運びながら、テーブルへと向かってくる。
「姉様、ヤマト様との話、聞こえてましたよ。
ね、ヤマト様が言ってたでしょ。よくやってくれてるって」
カラメアはそう言いながら料理をテーブルに置き終えると、ふと思いだしたようにくるりと振り返る。
「あ、そうだった。私、カラメアと言います。よろしくお願いします」
そう言って、リクたちに向かって軽く頭を下げた。
イルメアは少し呆れたような顔をしてカラメアに言った。
「……挨拶が先でしょう、まったく」
ヤマトが笑いながら言う。
「まぁまぁ、そんなに堅苦しくなくても良いだろう。とりあえず、みんな集まったことだし――そろそろ始めようか」
そうして、ささやかながら食事会が始まった。
テーブルには温かい料理が並び、湯気と香りが空気を満たしていく。
箸が進み、笑い声が少しずつ広がっていく。
ヤマトは一口食べて、感心したように呟いた。
「……食材に何が使われてるかは、いまだに分かってないけど――本当に美味いな、これ」
カラメアがすかさず反応する。
「それ、イル姉様が作ったやつです。ね、美味しいでしょ?」
リクたちも頷きながら口を動かしている。
「うん、すごく美味しい」
ヤマトは湯気の向こうに視線をやりながら、冗談めかして言った。
「休み明けたら危ない任務が始まるからな。これが食べ納めになるかもしれないから、しっかり味わっておかないとな」
レンが箸を止めて、軽く胸を張る。
「大丈夫ですよ。ドゥイラスでしたっけ? 僕に全て任せてください」
その言葉に、ララミャが驚いたように顔を上げる。
「えっ、レン様……ドゥイラスと戦うんですか?」
カラメアも目を丸くしてヤマトに向き直る。
「ヤマト様も? あのヤバいやつと戦うんですか?」
ヤマトは苦笑する。
「あぁ。なんか――カリスト星の王女と、エリシュア星だっけか? そこの王子が結婚するらしくてな。
ヴァリドの星一番のブラッドクリスタルをプレゼントするんだと」
「休み明けからそれを採ってこいって話になってる。
カラメアたちを悪い奴らから守る守護者のはずだった俺たちが、ただのお宝ハンターに変わったってわけだ」
イルメアは静かに皆に向かって言った。
「くれぐれも気をつけてくださいね。
ここにいる私たちは、生まれてから一度も地表に出たことがありませんので、本物は見たことないのですが……
ヴァリド族の戦士たちは、何人もドゥイラスによって命を奪われていると聞いています。
私の親戚にも、ドゥイラスによって亡くなった者がおります」
「ドゥイラスは体温を感知するそうです。なので集団で固まっていると襲ってくることはあまりないようですが――
単独行動だと、場合によっては昼間でも襲われることがあるそうです。
採掘に行かれる際は、なるべく固まって動いてくださいね」
イルメアの静かな忠告にヤマトは頷いて言った。
「……ああ、有意義な情報ありがとう。くれぐれも気をつけるよ」
リクが隣でレンに向き直る。
「レン、今の聞いた? 一人で先走ったりしたら危ないってことだから」
レンは軽く笑って答えた。
「大丈夫だって。ちゃんと気をつけるし」
そのやり取りを聞いていたユウイチは、少し俯きながら呟いた。
「僕は……正直、怖いかな。出来れば防衛の方に回される事を祈ってる」
ヤマトは苦笑しながら言う。
「まぁ、それが普通の反応だ」
イルメアがふと口を開いた。
「そう言えば先ほど――カリスト星の王女様と、エリュシア星の王子様が結婚されると仰ってましたね。
それは……かなりすごいことですね」
その言葉に、リクが反応する。
「それって、そんなにすごいことなの?」
カラメアが少し身を乗り出して説明を始めた。
「うん、すごいことです。
私たちの星はプレアデス連邦に属してますけど、星間貿易とかはアルタル商盟っていう、たくさんの中立国家が集まった経済圏を中心に行われているんです。
そのアルタル商盟の中でも、特に栄えてる九つの星があって、今回そのうちの二つ――カリスト星とエリュシア星の王族同士が結婚するってことです」
カラメアは続ける。
「カリスト星は外交と学術が盛んで、エリュシア星は芸術と精神文明の星。
昔、授業でそういう風に習いました。どちらも宇宙全体に多大な影響力を与えるすごい星なのです」
一同は、カラメアの説明を聞きながら、星々の関係とこの王族の結婚がいかに大きな意味を持つかを理解していた。
その空気を、ヤマトの低い声がふと揺らした。
「でも、なんだろうな……貴族ってのは、血生臭いものをありがたがるんだな。
ブラッドクリスタルって、結局――血の混じった宝石だろ?
あまり趣味が良いとは言えねぇよな」
ヤマトの言葉に、カラメアが反応する。
「ヤマト様、駄目ですよ、そんなこと言っちゃ。
一応ブラッドクリスタルは、ヴァリド族の数少ない交易品なんですから」
「ああ、そうだったな。ヴァリド族にとっては大事な物だった。すまん」
リクが少し間をおいてから話しだす。
「それはそうと……俺は、ブラッドクリスタルとかよりもミオを早く何とかしたい」
その言葉に、レンが顔を上げる。
「ミオって……長老と話ししてた時に連れて行かれた、あの娘のこと?」
「そう。……自分でも、何故かは分からないけど――彼女のことが、最初に出会った時からすごく気になるんだ」
その声には、焦りとも不安ともつかない熱が混じっていた。
「焦っちゃいけないのも分かってる。
でも……早く助けてやりたい。あのまま放っておくのは、どうしても嫌なんだ」
イルメアが口を開いた。
「リク様……ミオ様って、もしかして――巫女様のことですか?」
「……そう、たぶんそうだと思う。
長老と話した時に連れて行かれた。
長老と碧眼の神が彼女の事を巫女と呼んでいた。
藤堂も巫女を守るのが隊の使命みたいな事を言ってる。
だけど、ミオ自身は、私は巫女じゃないって言ってて。連れて行かれる時も俺に助けを求めていた。
その時に俺の名前を呼んでいたのがずっと頭から離れない」
リクの沈黙に、イルメアが穏やかに言葉を添えた。
「そうなのですね……でも、それならば少し安心してください。
私の妹のルウメアが、巫女様の侍女としてお仕えしています」
その言葉に、リクが少しだけ顔を上げる。
「侍女なので、なかなか家に帰ってくることはできませんが――
この前一度戻ってきた時に、巫女様は今、ヴァリドの言葉を勉強されていて、私にもたくさん話をしてくださると聞きました。
とりあえず、お身体も大丈夫なようですし……何かあれば、妹が私に知らせてくれると思います」
「そうだったんだ……そんな事ならイルメアさんには、もっと早く相談しておけば良かった」
カラメアが付け加える。
「まぁ、ついでなんですが――ルウは私の双子の姉にもなります」
ヤマトが笑いながら言う。
「カラメアんとこは三姉妹だったんだな」
その言葉に、カラメアは笑顔で頷いた。
場が一瞬和らいだその後、イルメアは少しだけ表情を引き締めて、リクに向き直った。
「ただ――リク様」
その声は静かで、しかし芯のある響きを持っていた。
「私たちヴァリド族は、今……巫女様の導きの予言にすがって生きております。
ミオ様がもし本当に巫女様だった場合のことも、考えておいていただけると助かります」
リクはその言葉に、しばらく黙っていた。
目を伏せ、何かを噛み締めるように。
ユウイチも口を開いた。
「そうだね……ミオさんが今は自覚していなくても、もしかしたら巫女として目覚めるのかもしれない。
あの時、碧眼の神も、確かに彼女を“巫女”と呼んでいたしね」
レンも口を開いた。
「リクがそんなに悩んでいたとは知らなかったけど……
藤堂さんも言ってたよね。僕たちは巫女を守ることも使命だって。
だから――ひとまず、今はやることやってくしかないんじゃない?」
リクはその言葉に、少しだけ目を伏せてから頷いた。
「……ああ。そうだな」
最後に、ヤマトが静かに口を開いた。
「リクがそこまでミオのことが気になるのは……
もしかすると、記憶を失う前に二人には何か繋がりがあったのかもしれんな」
ヤマトの言葉に、リクはゆっくりと頷いた。
「……確かに。目覚めた時、彼女は隣の繭で眠っていました。だから、何か関係があるのかもしれません」
「まぁ、ミオのことは……俺も気になっている。
でも、俺が思うに、まずは自分自身の記憶を取り戻すことの方が大事な気がする」
その言葉に、リクが目を向ける。
ヤマトは少し遠くを見るような目で続けた。
「俺は――その鍵は、最初に目覚めた施設にあるんじゃないかと、なんとなく思ってる。
あの場所には、まだ俺たちの知らない何かがある気がするんだ」
ヤマトはリクの肩に軽く手を置いて言った。
「とりあえず、ミオの状況はイルメアやカラメアからたまに聞けそうだし、俺たちは今できることを整理して、いろんなアプローチを検討していこう」
リクはその言葉に、静かに答えた。
「……そうですね。わかりました」
重くなっていた空気に、カラメアが突如ぽんと手を叩いた。
「そうだった!忘れるところだった!」
そう言って奥へと小走りに向かい、何かを取り出して戻ってくると、ヤマトに手渡した。
「ん? 何だこれ?」
ヤマトが受け取ったそれは、握り手のついた細身の筒状の器具だった。
カラメアは笑顔で答える。
「この前、ヤマト様が頼まれた“ビリビリ棒”、仲間の分もって言ってたやつです」
ヤマトは手元を見ながら眉を寄せる。
「……2本しかないが?」
「すみません。じっちゃまに頼んだけど、2本しか用意できませんでした。
近衛兵さん達はみんな持ってるみたいですが、町中にはほとんどないみたいです」
ヤマトは少し考えてから、静かに頷いた。
「そうか。いや、充分だ。ありがとう」
そう言って、おもむろに握り手のボタンを押す。
シュッ――という音とともに、青白い光が筒の先から伸びた。
「おお……なかなか良いな」
ヤマトは立ち上がり、広い場所へ移動して軽く振ってみる。
光の軌跡が空気を切り、微かな振動音が残る。
「これがあれば、だいぶ助かる」
ヤマトは青白い光を収めながら、手元のもう一本を見て言った。
「あと一本あるけど……誰か欲しい人いるか?」
その言葉に、リクがすぐに手を挙げた。
「もし良ければ、欲しいです。出来ればヤマトさんに稽古もつけてもらいたいです」
ヤマトは静かに頷いた。
「……そうか。いいぞ。使い方はちゃんと教える」
そのやり取りを見ていたレンが少し残念そうな顔をした。
「実は僕も欲しかったけど……まぁ、僕はそもそもガンナーだからね、リクに譲るよ」
リクはレンに向かって頭を下げた。
「ありがとう、レン」
ヤマトはリクにビリビリ棒を手渡しながら、軽く笑った。
「じゃあ、明日から時間をみて練習だな」
「あと……“ビリビリ棒”って名前はダサいからな。
俺はこいつを――“ボルトエッジ”と名付けることにするわ」
ヤマトはカラメアをちらりと見てそう言った。
その言葉に、レンが「それ、急にカッコよくなりましたね」と笑い、リクも「確かに、ビリビリ棒って言うのはちょっと恥ずかしい」と頷いた。
「なんだなんだ!“ビリビリ棒”は私が付けた名前じゃないですからね!
私がダサいみたいな言い方はしないでください!」
そう言って、カラメアはぷくっと頬を膨らませた。
「まぁまぁ、そんな膨れんなって」
「膨れてないです。料理を食べてるだけです!」
その言葉に皆が笑い、食卓には再び穏やかな空気が流れた。
夜の帳がゆっくりと降りていく。
それぞれの想いを胸に、仲間たちは次なる一歩へとまた踏み出した。




