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40光年  作者: 遊歩人
第一章 ヤマト
17/28

017

ヴァリド族の中央都市セレファスは、族長の逝去により一時的な空白を迎えていた。

その統治を暫定的に担っているのは、四賢老の一人、エルド=シア。

彼は長年にわたり外交と星間関係の調整を担ってきた人物でもあり、現在はヴァリドの民の中心的役割として都市の安定を保っている。


一方、中立国家の集まりであるアルタル商盟。その中心を成しているのは、星間貿易の取り決めを司る九つの繁栄した星々――星間評議会。

その評議会所属の一星であるカリスト星の使者が、ヴァリドの星を訪れていた。


エルド=シアはセレファスの謁見の間にて、カリスト星からの使者を迎えた。


高天井から差し込む光が床の紋章を照らし、空間には静かな緊張が漂っている。シアの側近達は両手を水平にあげ歓迎の意を示している。

シアは玉座の前に立ち、ゆるやかに頭を下げた。


「ようこそ、ヴァリドの星へお越しいただきました」


使者は一歩前に進み、礼儀正しく頭を垂れる。

その衣には星間評議会の紋章が織り込まれていた。


「シア様。丁寧なご挨拶、誠にありがとうございます。

この度は、我がカリスト星の王より、あるお願いがあり参上いたしました」


シアは静かに頷き、声を落ち着かせて尋ねた。


「カリスト王からの頼み事ですか。何でございましょう?」


使者は一呼吸置き、言葉を継いだ。


「実はこの度、我がカリスト星の王女セリナ姫と、エリシュア星のアレイン王子との間で婚姻が結ばれることとなりました」


「ほほう、それはとてもおめでたいお話ですね。

星間評議会に所属するカリスト星とエリシュア星の姫様と王子様となると、それはそれは盛大なお祝いとなりましょう」


「はい。そこで、この度の婚姻にあたりまして――

アルタル商盟に所属する各国家へのお披露目のため、王女セリナ姫とアレイン王子は星々を巡られる予定です。

その旅路の途中、星間の中継地のひとつとして、ぜひヴァリドの星へ立ち寄らせていただきたく存じます。

また、その折に、報酬には糸目はつけません。

可能であればこの星最上級クラスのブラッドクリスタルを、婚姻の記念としてプレゼントいただけないかと、王より相談を受けて参りました」


使者の申し出を聞いたシアは、しばし沈黙し、思案の色を浮かべた。

謁見の間には静けさが広がる。


やがて、シアはゆるやかに口を開いた。


「我が星としても、大変光栄なことでございます。

姫君と王子殿下のご婚儀に際し、ヴァリドの名が祝福の一端を担えるのであれば、これほどの喜びはございません」


その声には誠意と敬意が込められていたが、続く言葉には慎重な響きがあった。


「しかしながら――我が星は現在、ノスリア帝国より侵略を受けている状況にございまする。

情勢は不安定であり、相手の動きも予測がつきませぬ。

お二方が危険な目に遭われることを、我々としては何より恐れております。


ブラッドクリスタルの贈呈につきましては、もちろん喜んでお渡しいたします。

ですが、滞在につきましては――避けられた方がよろしいのではないかと、我が星としては考えております」


シアの言葉は、礼節を保ちつつも、確かな憂慮を滲ませていた。


使者はシアの言葉に深く頷き、慎重に言葉を継いだ。


「その点につきましては、我が国王の方より、ノスリア帝国にも使者を通じて話を通してございます。

滞在中のいかなる攻撃も控えていただくよう、すでに約束を取り付けております」


シアは目線をわずかに動かし、使者の言葉に耳を傾ける。


「また、国王はこの機会を通じて――

もしヴァリドの星が望まれるのであれば、ノスリア帝国との紛争の仲介も進んで執り行う所存であると、仰せられております」


「それは本当でございましょうか?――もしそうであれば大変ありがたい申し出であります。

カリスト王のご厚意に、心より感謝申し上げます。

御力添えによって争いの火が鎮まるのであれば、これほど嬉しいことはございません。

我ら辺境の民にとっては、平穏こそ何よりの宝でございます」


使者は一歩前に進み、改めて問いかけた。


「それでは、この度の王よりの相談――お受けいただけますでしょうか?」


シアは少し間をあけた後、静かに頷き、玉座の前で言葉を返した。


「……承知いたしました。

星を挙げて、姫君と王子殿下をお迎えいたしましょう。

辺境の地ゆえ、華美なもてなしには及びませぬが、我らにできる限りの誠意をもってお迎えいたします。

どうかカリスト王へも、我らヴァリドの民より深き敬意と感謝の念をお伝えくだされ」


使者はその礼に感じ入り、深々と頭を垂れる。


「寛大なるご応諾、まことに恐れ入ります。

カリスト王も、シア様のお言葉を聞かれれば、きっとお喜びになられることでしょう。

さすれば――本日より数えて百五十日後、姫君と王子殿下がこちらへ立ち寄る予定となっております。

その折には、何卒よろしくお願い申し上げます。

また、和平の件につきましても、改めて正式な書簡をもってお伝えいたします」


シアは小さく頷き、穏やかに返した。


「わかりました。ありがたく拝承いたします。

どうか星々の加護が、貴殿の帰途を照らしますように。

カリスト王にも、我らの祈りが届かんことを――」


その言葉とともに、彼は右手をゆるやかに掲げ、古式の送礼の所作を示した。

従者たちが静かに動き、扉が音もなく開かれる。


使者は一礼し、ゆっくりと後ずさるようにして退出した。

金糸の刺繍が施された衣の裾が光を反射し、扉の向こうへと消えていく。


やがて重厚な扉が静かに閉じると、謁見の間は再び静寂に包まれた。


エルド=シアはしばしその場に佇み、天井の光を見上げながら、低く呟いた。


「さて……三人にも、伝えねばなりませぬな」


その言葉に、近くに控えていた側近がすぐに歩み寄る。

シアはゆるやかに手を振り、落ち着いた声で命じた。


「カリスト星との今回の話、他の賢老方へ速やかに伝達を。

特に、星間評議会との関係強化と、和平の可能性については、詳細を漏らさぬように」


側近は深く頷き、すぐに動こうとしたが、シアはその背に向けて言葉を続けた。


「……我が星も、長きにわたる苦難から――ついに救われる時が来たのかもしれません。

此度の巫女様の出現が、やはり関係しているのかもしれません。

神の導きとしか思えぬほど、事が重なっております。……喜ばしい限りです」


その言葉に、側近たちは静かに頭を垂れた。

謁見の間には、星の未来を思う穏やかな祈りのような空気が満ちていた。


一方、エルヴァ=トゥーンの町では、藤堂の指示のもと、神聖ヴァルクス隊の活動が新たな体制で動き始めていた。

6日を1つのサイクルとし、4日に一度の地表訓練を軸に、残りの3日間は各班ごとに射撃訓練、身体強化、戦術座学、研究開発などを分担して行う。

残る2日は休息に充てられ、町全体がこのリズムに合わせて静かに活気を帯びていた。


そんな折、中央都市セレファスより先の伝令が到着する。

伝令は厳重な封印を施された文書を携えており、町の中央施設へと直行した。


賢老エルド=シアからの報告を受けた賢老ミルカ=ノイは、即座に藤堂と町の有力者たちに向け緊急の連絡を行った。


「これより緊急会議を行う。中央施設会議場へ集まっていただきたい」


その指示を受け、訓練を指揮中であった藤堂を筆頭に、神聖ヴァルクス隊のマコト、賢老ノイの側近や近衛兵隊長、そしてローブを纏った十名ほどの官民たちが、次々と中央施設の会議場へと足を運んだ。

官民達の顔ぶれには、町の防衛を担う者、技術開発に携わる者、宗教的儀礼を司る者などが含まれており、それぞれが緊急の報せに対してただならぬ気配を感じ取っていた。

面々は静かに席に着き、ノイの言葉を待っていた。


ノイは壇上に立ち、ゆるやかに視線を巡らせると、落ち着いた声で口を開いた。


「この度、中央都市セレファスより我が町エルヴァ=トゥーンへ伝令が届きました。

先日カリスト星より使者が参り、カリスト王女セリナ姫と、エリシュア星のアレイン王子が婚姻を結ぶ運びとなったことに関する話です」


場内に、わずかなざわめきが広がる。

星間評議会に属する二星の婚姻関係は、宇宙領域の勢力図を変える可能性もあり、単なる祝賀では済まない意味を持つ。


ノイは一拍置いて、言葉を続けた。


「王女と王子は婚姻のお披露目として星間巡礼の旅を行うそうですが、その旅路の中継地のひとつとして我がヴァリドの星にも立ち寄りたい旨を伝えて来たとの事です」


「そして、中央都市セレファスは、このカリスト星からの申し出を正式に受け入れ、姫君と王子殿下を我が星にておもてなしする決定を下しました」


その言葉に、会議場がどよめく


「また――この星で採れる最上級のブラッドクリスタルを、婚姻の記念として贈呈することも決定されております」


ミルカは一拍置き、最後の言葉を告げた。


「そして――それらの見返りとして、カリスト王がヴァリドとノスリア帝国との間に立ち、和平の仲介を行う意向を示されたそうです」


その瞬間、会議場は大きくざわめいた。

驚き、期待、疑念――様々な感情が交錯し、空気が一気に熱を帯びる。


ざわめきの中、藤堂は無言のまま唇を噛み締めた。


官民のひとりが立ち上がり、声を弾ませた。


「それは何とも願ってもない話ではありませんか。

我が星に、やっと……平和が訪れる話ではないですか!」


その言葉に、周囲の者たちも次々と頷き、表情を明るくしていく。

長きにわたる緊張と不安の中で、初めて差し込んだ希望の光に、誰もが心を動かされていた。


壇上のノイも、静かに微笑を浮かべながら言葉を継いだ。


「和平が正しく結ばれれば――我々の町も、地表に戻ることが出来るやもしれませんね」


その言葉に、会議場の空気はさらに柔らぎ、希望の色が濃くなっていく。


ノイは最後に、静かに天を仰ぎながら言った。


「これも――一重に、巫女様と神様の導きによるものかもしれません。

我らが忘れかけていた祈りが、ようやく届いたのかもしれませんね」


官民のひとりが、会議場のざわめきが少し落ち着いた頃を見計らい、静かに口を開いた。


「ブラッドクリスタルは……中央ではもう選定されているのでしょうか?

我々の町でより良い品を探す必要はありませんか?」


その問いに、場内の視線が再び壇上へと向けられる。


すると、藤堂が突如立ち上がった。


「そういうことであれば――ぜひ、我々神聖ヴァルクス隊にお任せください。

隊をあげて、高純度のブラッドクリスタルを採掘して参ります」


その言葉に、場内が一瞬静まり返る。

マコトは驚いた顔で藤堂を見つめた。


壇上のノイは、藤堂の言葉に深く頷き、柔らかな声で応じた。


「それは……とてもありがたいお話です。

ぜひ、お願い申し上げます。星の名に恥じぬ品を姫様へお届け出来るよう努力いたしましょう」


会議場には、再び静かな熱が満ちていた。

和平の兆しと、星の誇りをかけた贈り物――その準備が、今始まろうとしていた。

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