013
リク、ヤマト、ユウイチが話していると、広場の一角から一人の男が前に出た。
見た目こそ若いが、落ち着いた物腰と、通る声。
その立ち振る舞いには、自然と人を引きつけるものがあった。
「新しく来られたみなさん――少しこちらに集まっていただけないでしょうか。
お話ししたいことがあります」
その声に、周囲の人々が食事の手を止め、視線を向ける。そして、その呼びかけに応じて、人々が徐々に彼の方へと集まり始めた。
三人もひとまずその流れに従って歩み寄る。
ざっと見渡す限り、先行者達も含めると四百人ほどはいるだろうか。
こうして見ると、思った以上に大きな一団だ。
男は一歩前に出て、皆に向かってはっきりと名乗った。
「私の名前は――藤堂義明です。よろしくお願いします」
その瞬間、ヤマトが眉を寄せた。
リクもユウイチも、何気なく顔を見合わせる。
「……苗字を名乗ったな」
ヤマトが小声で呟く。
ユウイチも、少し戸惑ったように頷いた。
「僕は……苗字を思い出せてないんですよね。
名前も本当の名前か分からないし...」
三人の間に、静かな違和感が広がる。
藤堂の名乗りは、何気ない一言のようでいて、記憶の空白をそっと突いてくるような響きを持っていた。
藤堂は人々の視線を受け止めながら、静かに語り始めた。
「皆さん、おそらく今は記憶が断片的に失われていて、大変混乱されていると思います。
私は、みなさんより約半年ほど前にヴァリド族に助けられて、ここにいます。
私も、当初はみなさんと同じように多くの記憶を失っていました。しかし今現在は思い出した事もそれなりにあります」
少し周囲がざわめいた。
「半年ほど経って、私が思い出したこと――そして、私たちが今おかれている状況について、少し話していきたいと思います」
一呼吸置いてから藤堂が喋り始めた。
「まず、私たちは“地球”という星の“日本”という国の住人です。このことは、流石に多くの人が覚えているのではと思います。
ただ、日本のどこに住んでたかについては忘れている人が大半ではないでしょうか。私は東京都に住んでいた事までは思い出しました」
「次に――この星についてですが、地球での呼び名は“トラピスト-1e”という星です。
地球からは、およそ40光年離れた星になります」
その言葉に、広場がざわめいた。
「40光年!?」「そんな距離、移動できるわけがないだろ」「流石にそれは嘘だろ……」
不安と疑念が混ざった声が、あちこちから漏れ始める。
藤堂は一歩前に出て、静かに言った。
「信じられないかもしれません。……ですが、これは紛れもない“事実”です」
その声は、ざわめきを静かに押し返すような力を持っていた。
藤堂は少し間を置いてから、言葉を継いだ。
「どうやってこの遠い星に辿り着いたのか――それは、ひとまず置いておきます。
重要なのは――“今、私たちはここにいる”という事実です。
……この星トラピスト-1eは、プレアデス連邦という共同体に属しています。
精神を尊び、宇宙の調和を目指す――その理念のもとに結ばれた連邦です。
私自身、この星で暮らし、彼らの教典に触れ、その思想を学びました。
私たちは、ただの避難者ではありません。
この星に辿り着いたことには、確かな意味がある。
それはすなわち、プレアデス連邦の理念を受け入れ、混沌の拡大を望むノスリア帝国とは異なる道を歩む、ということなのです。
プレアデス連邦は、精神性と秩序を重んじます。
それは時に厳しさとなりますが、同時に“導き”でもあるのです。
私たちがこの星で生きるなら――その理念に従い、互いを尊び、調和を目指す道を選ぶべきだと、私は思います。」
藤堂は人々の目を見ながら、静かに言葉を継ぐ。
「この星にも、神と呼ばれる存在がいます。
その姿を、皆すでに目にしたはずです。
彼らは私たちを見守り、そして試しています。
だからこそ、私たちは秩序を保つ集団として、
この地で果たすべき役割を全うしなければなりません。
私は、皆さんを導きたい。
プレアデス連邦の一員として、この星での生き方を共に築いていきたい。
それが、私の願いです」
藤堂の言葉が静かに広場に響き渡った。
秩序、精神性、導き――その語りは、混乱の中に一筋の道を示すようだった。
他の先行者たちが拍手を始める。
それは賛同の証であり、半年間この地で生きてきた者たちの選択でもあった。
その拍手に、周囲の新たに加わった人々が釣られるように手を叩き始める。
最初は戸惑いながら、次第にその音は広がっていった。
拍手が広場に広がる中、ヤマトは腕を組み、視線を藤堂から外した。
その横顔には、冷静な観察者の色が滲んでいた。
「……この藤堂って人物が、先行者たちのリーダー的存在なんだろうな」
ヤマトは低く呟いた。
リクが隣で頷く。
「そうですね。話し方も、雰囲気も……慣れてる感じがしました」
「でも、肝心なことは言わなかった。
トラピスト-1e――その名前を聞いた瞬間、水が存在する可能性がある惑星の名前だという事を俺は思い出した。しかもそれだけではなく、それ以上の何かも一瞬、思い出しそうになった」
リクも、ふと遠くを見るような目をした。
「俺もです。確かに……この星の名前を聞いたことがある気がしました。それも最近の事のように思えます。地球にいた頃の話ですが」
ヤマトは静かに続けた。
「だから、藤堂の言ってることはおそらく本当なんだろう。
俺たちは、地球から約40光年離れた地に今いる。
ただ――彼の口ぶりでは、“どうやって”ここに来たかも知っていそうだった。
それなのに、敢えてその話は避けた」
リクは黙って聞いていた。
ユウイチも、ほんの少し考え込むような顔をした。
「その後は、長老と同じで……碧眼の神への賛辞のような話しかしなかった。
まるで、“語るべきこと”を避けて、信仰の話にすり替えたみたいに」
ヤマトは腕を組み直し、低く呟いた。
「それに彼だけ、色々思い出しているのも不思議だ。
……いまいち信用はおけない気がするな。
ただ――俺たちはここに残ると決めた以上、しばらくは藤堂についていくしかないだろう。
うまくいけば、他にも色々聞き出せるかもしれないしな」
リクは少し考えてから、静かに頷いた。
「ですね。今は情報が欲しいですし」
ユウイチは少し言い淀みながら口を開いた。
「僕は……結構、藤堂さんの言うことに普通に賛同できたんですよね。
秩序とか、精神性とか……そういう考え方、嫌いじゃないです」
ヤマトはユウイチの言葉に、少しだけ笑みを浮かべた。
「まぁ、思想は自由だからな。
どれが正解とかは、誰にも分からない。
今は、それぞれが信じるものを選ぶしかないだろう」
拍手の余韻が広場に残る中、藤堂は一歩前に出て、再び人々に語りかけた。
「もちろん――長老が言われていた通りに、皆さんには何も強要はしません」
その声は、先ほどよりも柔らかく、しかし確かな響きを持っていた。
「ですが、もし私の話に賛同いただけて、ここに残る決意をされた方々は――
一度、こちら側に集まっていただけませんか?」
藤堂は右手をゆっくりと掲げ、広場の一角を指し示した。
そこには、先行者たちがすでに静かに並び始めていた。
「町を去られる方々は、ここから離れていただいて大丈夫です。
それぞれの選択を、尊重します」
その言葉に、広場の空気が少しずつ動き始める。
人々は互いに顔を見合わせながら、ゆっくりと足を動かし始めた。
右手側へ向かう者。
その場に留まる者。
静かに背を向けて歩き出す者。
それぞれの選択が、静かに分かれていく。
だが、誰も声を荒げることはなかった。
藤堂の語り口が、選択の自由を守っていたからだ。
ヤマトはその様子を見つめながら、低く呟いた。
「……分かれ始めたな」
リクも頷いた。
「それぞれの道、ですね」
結果的に、広場に集まった人々の半数以上が右手側へと移動した。
残った者たちは、やがて静かにその場を離れていく。
藤堂はその様子を見届けると、再び人々の前に立ち、深々と頭を下げた。
「賛同いただき、ありがとうございます」
その声には、感謝と決意が込められていた。
「この地で――神より選ばれし我らが、宇宙の秩序に貢献できるよう、共に頑張っていきましょう」
その言葉に、再び拍手が起こる。
拍手の音が広場に広がり、ひとつの“集団”としての空気が形を持ち始める。
藤堂は拍手が落ち着くのを待ってから、先行者の中の一人を指差した。
「ありがとうございます。それでは、名簿の方に記録をしますので、彼に自分の名前を告げてください。記録が済んだ後は、また食事の方に戻られて大丈夫です」
各々が記録係に名前を伝え、再び食堂の方へと戻っていく。
先ほどまでの緊張が少しずつ解け、席に着いた者たちは器を手に取り、笑顔で食事を再開した。
藤堂は全員を見届けた後、ゆっくりと踵を返す。
そして誰にも声をかけず、ただ静かに奥の通路へと歩き出した。食堂の灯りの中から、藤堂はゆっくりと姿を消した。
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「ミルカ=ノイ賢老、戻りました」
長老はゆっくりと目を開け、穏やかな声で応じた。
「おお、藤堂殿。どうでしたか?」
藤堂は一歩進み、静かに報告を始める。
「そうですね。半数以上は残っていただいたので、約二百数十名ほどとなりました」
長老は頷き、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「おお、それは素晴らしい。
それだけ居れば――あの計画も、実行できるやもしれませんね」
「そうですね。……ところで、意外なことですが、彼らもここに残るようです。
出ていくかと思っていましたが」
長老の表情がわずかに曇る。
「ふむ、そうですか。
残っていただけるのはありがたいのですが――
あの者たちは、巫女様にとって悪い影響を与える気がしております」
藤堂は静かに頷いた。
「なので、出来るだけ常に最前線に配備してもらえると良いやもしれませんね」
「はい、分かりました。
それでは、そのように配備するようにします」
賢老ミルカ=ノイは、静かに藤堂へと向き直った。
その瞳には、深い慈しみと、揺るぎない信頼が宿っていた。
「藤堂殿――神の軍勢のリーダーとして軍勢を率い、どうか巫女様と我が民の盾となることを、よろしくお願い申し上げます」
その言葉は、静かで、だが重く響いた。
藤堂は右拳を胸に当てて深く頭を垂れた。
「我らは――造られしもの。
碧眼の神の名の元に、命をかけて巫女様と、あなたがたを護ります。
それが――我らに与えられし使命です」
その言葉は、誰に聞かれることもなく、
ただ静かに、神殿の奥に響いたのだった。




