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40光年  作者: 遊歩人
第一章 ヤマト

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012

一方その頃、会議場では――。


ミオが連れ去られた後、場には重苦しい沈黙が落ちていた。リクは拳を握りしめたまま、閉ざされた扉の向こうをただ睨みつけている。


長老は両手を広げ、天を仰ぐように語っている。


「その御姿は、光に包まれ、威厳に満ちていた。

我が目は確かに見た。

神は我らを見ておられる。

我らの声を聞いておられる。

そして、導こうとしておられる。

この瞬間を、我らは忘れてはならぬ」


やがて、神の降臨で昂ぶった感情をようやく鎮めた長老が、深く息を吐き、皆の前で静かに口を開いた。


「皆様、今日はお疲れでしょう。

食事を用意させてあります。どうか、少しでも体を休めていただきたい」


一拍置き、長老はさらに言葉を重ねる。


「それから――先ほども申しました通り、この町を離れたいと望む方々は、我らは無理にお引き止めいたしません。

お渡しした武器もそのままお持ちいただいて結構です。いくばくかの食糧も用意いたします」


ざわめきが広がる中、長老は片手をすっと掲げ、場を鎮めた。


「来た道を戻っていただくこともできます。

もしくは、この施設の裏手には、かつて族長が住まわれていたヴァリドの中央都市セレファス方向へ向けて掘り進めている連絡路もございます。

連絡路自体はまだ完全には開通しておりませんが、途中で地表に出れる箇所があります。

去りたい場合は、そのどちらかから抜けていただき、どこか新天地を目指していただければよいかと思います」


そして、長老は最後にこう付け加えた。


「地表までは――我が民が責任を持って、皆様をお送りいたします。その点はどうか、ご安心ください」


その言葉には、強制も期待もなかった。

ただ、選択肢が静かに提示されただけだった。


この町に残るか、離れるか――

それは、彼ら自身が決めるべきことだった。


長老からの説明を受けた後、ローブの民の案内に従って会議場を後にした一行は、施設の奥の通路へと進んでいった。

通路の先に広がるのは、天井の高い食事用の広間。

壁には柔らかな光を放つ鉱石が埋め込まれ、空間全体が淡い青に包まれていた。


そこに並べられていたのは、外で出された灰色の固形物とはまるで異なる、色とりどりの食材が並ぶ、豊かな食卓だった。


中でも目を引いたのは、魚のような形状をした食材を用いた料理。

焼かれたもの、蒸されたもの、細かく刻まれて何かと和えられたもの。

どれも見慣れない形ではあるが、漂ってくる香りはどこか懐かしく、食欲をそそる。


さらに、紫色の植物から作られたと思しき料理も並んでいた。

ゼリー状のものや、葉を包んだ蒸し物など、見た目は奇妙だが、香りは甘く爽やかだった。


飲み物として用意されていたのは、青味がかった謎の液体。

光にかざすと、微かに揺らめく粒子が浮かんでいるようにも見える。


何の料理かは分からない。

だが、漂ってくる匂いは確かに“美味しそう”だった。


疲れていた一行の目が、次第に輝きを取り戻していく。

緊張と不安に包まれていた心が、ほんの少しだけほどけていくのを、誰もが感じていた。


ローブの民が一歩前に出て、静かに告げた。


「どうぞ、ご自由に食べられてください」


その言葉に、場の空気がふっと緩む。


皆が席につき、食事を取る準備を始める中――

リクは隣に座ったヤマトに、ぽつりと呟いた。


「……ミオは大丈夫かな」


ヤマトは静かに答えた。


「ひとまず、彼女は巫女として迎え入れられている。丁重に扱われるはずだ。

精神的には厳しいかもしれないが……安全なのは間違いないだろう」


そして、リクの肩を軽く叩いた。


「今は、生き延びることが優先だ。

食事を食べよう。体力を戻さなきゃ、何もできない」


リクは少しだけ迷ったように目を伏せたが、やがて頷いた。


目の前の料理に手を伸ばす。

異星の食卓に、静かに手が動き始めた。


ヤマトは皿の上の焼き魚のような料理を一口噛みしめ、青い液体の入った器を傾けながら言った。


「食材が何かはちょっと気になるが……どれもまあまあ美味いな。

この青い飲み物も、酒とはちょっと違うが……これはこれで、なかなかの物だ」


リクも、紫色の植物を使った蒸し物に手を伸ばしながら頷いた。


「確かに……全く見たことない食べ物ばかりだけど、問題なく食べられますね。

匂いも味も、意外と馴染みやすいかも」


食堂には、先行者たちも加わってきて、静かながらも穏やかな交流の空気が流れていた。

異星の食卓に、少しずつ人の気配が戻っていく。


しばらくして、ヤマトが器を置き、リクに目を向けた。


「で――リクはどうする?

ここに残るか、出て行くか」


リクは食べる手を止め、しばらく黙ったまま考え込んだ。


「……正直、碧眼の神の存在も、それを信じて疑わないここの民や長老にも……懐疑的な気持ちが、どうしても拭えない」


リクは器の中を見つめながら、静かに続けた。


「でも……ミオが捕まってる。

巫女として迎えられたって言っても、あのまま彼女を置いてどこかに行くなんて……

ちょっと、俺には考えられない」


その言葉には、迷いと決意が混ざっていた。


「……俺も、長老に、碧眼の神とやらを自分の目で見極めるって言ったが、さっき実際に現れた“あれ”を見た時点で、すでにその存在に違和感を感じている。

そもそも自分自身を神と名乗るやつを俺は信用していないしな」


リクは顔を上げる。

ヤマトは続ける。


「ただ――あの姿、何かどこかで見たことがある気がしたんだ。それが何だったかをずっと考えてて、さっきそれを思い出したんだ。」


「ギリシャ神話に出てくるアポロン。知ってるか?」


リクは少しだけ目を見開いた。


「アポロン……太陽と予言の神様でしたっけ?

音楽や医術も司ってるとかだったような...…」


ヤマトは頷いた。


「そうだ。意外と詳しいんだな。

美しい碧眼、金色の髪、体格良く均整のとれた体型。

それからギリシャ神話では、デルポイの神殿に巫女をおいて、アポロンが巫女に神託を授けてそれを人々に伝えていた。

そのあたりも、今回のミオの巫女の話と重なってるように思えて余計にな。

この星の神に似た存在が、大昔の地球にもアポロンの神話として残っている。

そう考えると……俺たち地球人も、もしかすると大昔にこの碧眼の神とやらと接点があったんじゃないかって思ったんだ」


ヤマトは腕を組み、少しだけ目を細めた。


「もちろん、出てきたあいつが本当に“神”かどうかは分からん。

ただ――神職の身として、奴に少し興味が湧いてきたのは事実だ」


ヤマトはリクの方を見て、静かに言った。


「だから、俺ももうしばらくここに残るつもりだ。

ここにいれば、また“やつ”と出会えるかもしれんしな。

もちろんミオの事もこのまま放っておけないってのもある。」


ヤマトの言葉を聞きながら、リクはしばらく黙って考え込んだ。

碧眼の神の姿――そして、巫女として迎えられたミオのこと。

それらが、アポロンの神話と重なっていく。


「……確かに、そう言われてみると……そうかもしれませんね」


「いずれにせよ――ヤマトさんがいてくれるのは、俺としては本当に心強いです」


リクとヤマトが静かに会話を交わしていると、奥の方から一人の男が近づいてきた。


「やぁ、君たちはどうするの?残る?それとも町の外に出るかい?」


声の主は、同じタイミングで救出された一団の中の一人だった。

穏やかな顔立ちに、少しだけ緊張の色を残している。


ヤマトが答えた。


「俺たちは――残ろうかなと思ってる」


その言葉に、男はぱっと表情を明るくした。


「そうなんだ、良かった。僕はユウイチと言います。

僕も、残ろうかなと思ってたところなんだ。

向こうの人たちは、さっきのホログラムが、僕たちが争いの渦に巻き込まれるって言っていたのを真に受けてるみたいで、ここにいたらヤバそうだから脱出するって言ってた。

だから、残る仲間がいてくれて……ちょっと安心したよ」


「俺はヤマトだ。よろしくな」


「俺はリク。よろしく」


ユウイチは二人と握手を交わした。


ところで、君たち若そうだけど……いくつくらい?」


リクは答えた。


「俺は……22。」


ヤマトは少し照れくさそうに答えた。


「俺は……まぁ、2人に比べると、ちょっと歳いってるかな。36だ」


ユウイチは目を丸くした。


「えぇ!?リク君は分かるけど……ヤマトさん、36歳!?

僕と一緒じゃないですか……見た目、若すぎですよ!」


その言葉に、リクもヤマトも思わず声を揃えた。


「えぇ!?」


リクが少し笑いながら言った。


「いや、ユウイチさんも、見た目若すぎでしょう……!」


ヤマトはそのやり取りを聞きながら、何か考え込み、ゆっくりと言った。


「……やっぱり、年齢に関してはおかしいよな。

一回鏡を見てみたい。……自分が周りにどう見えてるのかを確認したい。

そもそも周りを見渡しても……みんな若く見える。

全員が二十歳前後にしか見えない」


「何となくだけど――あの施設で目覚めた人間の身体は、みんな同じ歳に“されてる”可能性がある気がする。どうやったのかは知らないがな……」


その言葉に、リクとユウイチの表情が変わった。

さっきまでの笑顔が、すっと消える。


三人は黙ったまま、互いの顔を見つめ合う。

そして、ゆっくりと自分の手や腕、胸元に視線を落とす。


確かに、どこか違和感がある。

鏡で見たわけではない。

だが、身体の感覚が、記憶の年齢と噛み合っていない。


それは、ずっと奥底にあった違和感だった。


だが――なぜそうなのか。

どうしてそんなことが起きているのか。

そのはっきりした答えは、まだ彼らには分からなかった。


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