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40光年  作者: 遊歩人
第一章 ヤマト
11/28

011

ミオは近衛兵に両腕をがっちりと抱えられ、抵抗する間もなく昇降機へ乗せられた。

ギシギシと音を立てて上昇していくそれは、まるで地球でいうエレベーターのような仕組みだ。


やがて辿り着いた先は、中央施設の最上階――「聖域」と呼ばれる特別な区画の一室だった。


近衛兵のひとりが、厳かに告げる。


「本日より、こちらが巫女様のお部屋となります。

身の回りの世話をする侍女を後ほど遣わします。護衛の方は我らがいたしますゆえ、どうぞごゆっくりおくつろぎください」


「……ち、違います……! 私は巫女なんかじゃありません!

みんなのところへ帰して……お願い、帰らせて……!」


必死に声を張り上げるミオ。だが近衛兵たちは微動だにせず、冷たい鉄仮面のような表情を崩さない。

そのまま彼女を部屋へ押し込み、扉を閉めると――ガチャリ、と無慈悲な施錠音が響いた。


ミオは唇を噛みしめる。

(閉じ込められた……!)


部屋の中は豪奢だった。碧眼の神を模した石像、壁一面に描かれた聖なる壁画のレプリカ、整然と並ぶ書物、絹で覆われた大きな天蓋付きベッド。

まるで夢のように整った空間――だが、それは牢獄と何ら変わらない。


自由を奪われたと実感した瞬間、背筋に冷たいものが走る。


(ここにずっと、閉じ込められるなんて……そんなの、冗談じゃない!)


慌てて部屋の隅々を探すが、窓には重厚な格子。抜け道らしい隙間はどこにも見当たらない。

その現実に気づいた時、ミオの心はずしりと沈み――絶望が静かに忍び寄ってくるのだった。


ミオは諦めたようにベッドへと歩き、ふわりと身体を横たえた。

絹のようなシーツが肌を包むが、心は冷えたままだった。


「……落ち着こう。とりあえず、冷静になって考えよう」


自分に言い聞かせるように呟きながら、天井を見上げる。

そこには、碧眼の神を模した壁画が静かに佇んでいた。


碧眼の神とは、何なのか。

巫女とは、何なのか。

そもそも――私は、何者なのか。


記憶は曖昧で、過去は霧の中にある。

でも、さっき神が言っていた言葉が、頭の中に蘇ってくる。


「造られし者どもよ――」


その一節が、妙に引っかかっていた。

“造られし者”とは、どういう意味なのか。


ミオは目を閉じ、思考を深く沈める。

大学で学んでいたDNAの知識が、ふと頭をよぎった。


DNAを用いたクローン技術。

遺伝子情報をもとに、人工的に人間を複製する技術。

それが“造られし者”の意味だとしたら――


「……私たちは、もしかしてDNAから複製されたクローン……?」


そう考えると、最初に囚われていた施設の記憶が蘇る。

繭のような物に入れられていたあの光景。

あれがもし、人工子宮のようなものだったとすれば――確かに辻褄は合う。


だが、記憶はどうなのか。

記憶は、DNAでは複製できないはず。

それとも、何か別の方法で――?


「……分からない。何もかも、分からない……」


ミオは腕で目元を覆い、深く息を吐いた。

豪華な部屋の静けさが、逆に彼女の不安を際立たせていた。


この場所は、神聖であるはずなのに。

彼女にとっては、ただの牢獄だった。


コンコン――。


扉を叩く音が、静かな部屋に響いた。

だが、ミオは気づかなかった。

ベッドに横たわり、思考の深淵に沈んでいたからだ。


「すいません、失礼します」


控えめな声と共に、扉が静かに開く。

そこから入ってきたのは、小柄な青灰色の民だった。


その姿は、どこかバンドウイルカを思わせる。

目は丸くて大きく、額は滑らかに丸みを帯びている。

口元は少しとんがっていて、背中からは短い尾がのぞいていた。

肌はしっとりとした艶を持ち、動きは滑らかで柔らかい。


その侍女がベッドの近くまでそっと歩み寄った瞬間――


「うわっ!?」


ミオは思わず跳ね起きた。

その姿に驚き、声を上げてしまう。


侍女も同時に肩を震わせ、目を丸くして叫んだ。


「うわっ!? す、すいません!

寝ているところを起こしてしまいました……!」


ミオは慌てて手を振りながら謝る。


「いや、寝てたわけじゃないんだけど……気づかなかっただけ。

こっちこそ、驚かせてごめんね」


そう言いながら、ミオは内心で思っていた。


(うわっ……かわいい……)


あまりの可愛らしさに、少しだけ心がほっとする。

この部屋に閉じ込められているという事実が、ほんの少しだけ遠のいた気がした。


侍女は胸元に手を添え、丁寧に頭を下げる。


「そ、そうですか……でも、驚かせてしまったみたいで、すいません。

今日から巫女様の身の回りのお世話をさせていただきます。

わたくし、ルウメアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


ミオは少しだけ微笑んで、首を振った。


「ありがとう、ルウメアちゃん。

でもね……わたし、巫女じゃないの。だから“ミオ”って呼んで」


ルウメアは目をぱちくりと瞬かせ、少し戸惑ったように言った。


「そ、そうなんですか……? はい、でも……分かりました。

それでは、巫女様ではなく、今後は“ミオ様”とお呼びします」


ミオはその言葉に、ふっと笑みを浮かべた。


「うん、ありがとう。よろしくね、ルウメアちゃん」


ミオはベッドの端に腰を下ろしたまま、そっとルウメアに声をかけた。


「ところで、ルウメアちゃんって……ここの他の人たちと比べて、ちょっと身体が小さい気がするんだけど……もしかして、まだ子供だったりする?」


ルウメアは一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐに柔らかく微笑んだ。


「子供というほどではありませんよ。

ただ、この前、成人の儀式を済ませたばかりです。

身体の大きさは、侍女の中では普通くらいかなと思います」


その言葉に、ミオはふと頭の中で思い返す。

今まで見てきた青灰色の民――彼らは皆、背が高く、がっしりしていた。

そういえば、あの人たちはみんな雰囲気が男性だった気がする。


(もしかして……女性は小柄なのかもしれない)


納得がいった瞬間、ミオは少し申し訳なさそうに頭を下げた。


「そうなんだ……ごめんね。なんか失礼なこと言っちゃったかも。

気にしないでね」


ルウメアは首を振り、優しく微笑んだ。


「いえいえ。お気遣いありがとうございます、ミオ様」


今度はルウメアがミオに訊ねる。


「ミオ様は……神様にお姿が似ておられますけど、やっぱり神様の星、プレアデスの星から、やってこられたのですか?」


ミオが答える。


「ううん……確かに、あなた達の神様は私たちに似てるけど、私たちが住んでいたところでは、あんなに巨大な人はいなかったかな……

それに私達が住んでいた所は地球という星で、プレアデス星団とは全く違う場所にある星だから、神様とは全然違う星からきたかな」


ルウメアは目をぱちくりと瞬かせ、少しだけ首を傾げた。


「そ、そうなんですね……。

でも、やっぱり似ているので……も、もしかしたら、どこかで繋がっていて、ルーツが一緒だったりするのかもしれませんね」


その言葉は、科学的根拠はなく、感覚に根ざしたものだった。

ミオは、ルウメアの戸惑った表情を見て、はっきり否定するのがなんだか可哀想に思えてしまい、それ以上反論出来なかった。


「うーん……まぁ、そうなのかもしれないね」


ルウメアは、ミオの顔を見つめながら言う。


「私たちは……生まれてからずっと、この町を出たことがありません。

でも、長老様が言っておられました。

私たちが成人する頃――神様の遣いが来て、私たちを守ってくださる。

そして、巫女様が現れて、私たちを導いてくださるって」


その瞳は、どこまでも澄んでいた。

信じることに疑いを持たない者の、まっすぐな光。


「そして……この町から出て、楽園に行くことができるんだって。

みんな、ずっとそれを信じて生きてきました」


ルウメアは胸元に手を添え、少しだけ顔を赤らめながら続けた。


「だから……私は、ミオ様のお世話係になれて、とても光栄に思っています」


その言葉に、ミオは胸が少しだけ痛んだ。

自分が巫女ではないと否定したばかりなのに、ルウメアはそれでも――


「あ、あっ! でも、ミオ様がもし巫女様じゃなくても……!

ちゃんとお世話はしますから、そこは安心してください!」


慌てて手を振るルウメアの姿に、ミオは思わず笑みをこぼした。


「……ありがとう、ルウメアちゃん」


信仰に根ざした希望と、純粋な敬意。

その健気な姿を見ているうちに、ミオの胸の奥で何かが静かに動き始めていた。


(……巫女じゃないって言い切ったけど、でも……)


彼女の瞳に宿る期待を、無視することはできなかった。

それに、もし自分が本当に“巫女”と呼ばれる存在であるなら――

その意味を、少しでも知っておくべきなのかもしれない。


部屋の棚には、古びた書物が並んでいた。

碧眼の神の像と壁画に囲まれたこの空間は、ただの牢獄ではなく、

何かを知るための場所でもあるのかもしれない。


ミオはそっと立ち上がり、ルウメアに向き直った。


「ねえ、ルウメアちゃん。

この部屋にある書物……ヴァリド族の文字で書かれてるんだよね?

もしよかったら、文字を教えてくれないかな。

巫女って、どういう存在なのか……少しだけでも、知ってみたいの」


ルウメアはぱっと顔を輝かせ、尾をふわりと揺らした。


「はいっ! もちろんです、ミオ様!」


ミオは微笑みながら、棚の書物に目を向けた。

この部屋での時間が、ただの閉じ込めではなく、

何かを知るための始まりになる――そんな予感が、静かに胸に灯っていた。


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