011
ミオは近衛兵に両腕をがっちりと抱えられ、抵抗する間もなく昇降機へ乗せられた。
ギシギシと音を立てて上昇していくそれは、まるで地球でいうエレベーターのような仕組みだ。
やがて辿り着いた先は、中央施設の最上階――「聖域」と呼ばれる特別な区画の一室だった。
近衛兵のひとりが、厳かに告げる。
「本日より、こちらが巫女様のお部屋となります。
身の回りの世話をする侍女を後ほど遣わします。護衛の方は我らがいたしますゆえ、どうぞごゆっくりおくつろぎください」
「……ち、違います……! 私は巫女なんかじゃありません!
みんなのところへ帰して……お願い、帰らせて……!」
必死に声を張り上げるミオ。だが近衛兵たちは微動だにせず、冷たい鉄仮面のような表情を崩さない。
そのまま彼女を部屋へ押し込み、扉を閉めると――ガチャリ、と無慈悲な施錠音が響いた。
ミオは唇を噛みしめる。
(閉じ込められた……!)
部屋の中は豪奢だった。碧眼の神を模した石像、壁一面に描かれた聖なる壁画のレプリカ、整然と並ぶ書物、絹で覆われた大きな天蓋付きベッド。
まるで夢のように整った空間――だが、それは牢獄と何ら変わらない。
自由を奪われたと実感した瞬間、背筋に冷たいものが走る。
(ここにずっと、閉じ込められるなんて……そんなの、冗談じゃない!)
慌てて部屋の隅々を探すが、窓には重厚な格子。抜け道らしい隙間はどこにも見当たらない。
その現実に気づいた時、ミオの心はずしりと沈み――絶望が静かに忍び寄ってくるのだった。
ミオは諦めたようにベッドへと歩き、ふわりと身体を横たえた。
絹のようなシーツが肌を包むが、心は冷えたままだった。
「……落ち着こう。とりあえず、冷静になって考えよう」
自分に言い聞かせるように呟きながら、天井を見上げる。
そこには、碧眼の神を模した壁画が静かに佇んでいた。
碧眼の神とは、何なのか。
巫女とは、何なのか。
そもそも――私は、何者なのか。
記憶は曖昧で、過去は霧の中にある。
でも、さっき神が言っていた言葉が、頭の中に蘇ってくる。
「造られし者どもよ――」
その一節が、妙に引っかかっていた。
“造られし者”とは、どういう意味なのか。
ミオは目を閉じ、思考を深く沈める。
大学で学んでいたDNAの知識が、ふと頭をよぎった。
DNAを用いたクローン技術。
遺伝子情報をもとに、人工的に人間を複製する技術。
それが“造られし者”の意味だとしたら――
「……私たちは、もしかしてDNAから複製されたクローン……?」
そう考えると、最初に囚われていた施設の記憶が蘇る。
繭のような物に入れられていたあの光景。
あれがもし、人工子宮のようなものだったとすれば――確かに辻褄は合う。
だが、記憶はどうなのか。
記憶は、DNAでは複製できないはず。
それとも、何か別の方法で――?
「……分からない。何もかも、分からない……」
ミオは腕で目元を覆い、深く息を吐いた。
豪華な部屋の静けさが、逆に彼女の不安を際立たせていた。
この場所は、神聖であるはずなのに。
彼女にとっては、ただの牢獄だった。
コンコン――。
扉を叩く音が、静かな部屋に響いた。
だが、ミオは気づかなかった。
ベッドに横たわり、思考の深淵に沈んでいたからだ。
「すいません、失礼します」
控えめな声と共に、扉が静かに開く。
そこから入ってきたのは、小柄な青灰色の民だった。
その姿は、どこかバンドウイルカを思わせる。
目は丸くて大きく、額は滑らかに丸みを帯びている。
口元は少しとんがっていて、背中からは短い尾がのぞいていた。
肌はしっとりとした艶を持ち、動きは滑らかで柔らかい。
その侍女がベッドの近くまでそっと歩み寄った瞬間――
「うわっ!?」
ミオは思わず跳ね起きた。
その姿に驚き、声を上げてしまう。
侍女も同時に肩を震わせ、目を丸くして叫んだ。
「うわっ!? す、すいません!
寝ているところを起こしてしまいました……!」
ミオは慌てて手を振りながら謝る。
「いや、寝てたわけじゃないんだけど……気づかなかっただけ。
こっちこそ、驚かせてごめんね」
そう言いながら、ミオは内心で思っていた。
(うわっ……かわいい……)
あまりの可愛らしさに、少しだけ心がほっとする。
この部屋に閉じ込められているという事実が、ほんの少しだけ遠のいた気がした。
侍女は胸元に手を添え、丁寧に頭を下げる。
「そ、そうですか……でも、驚かせてしまったみたいで、すいません。
今日から巫女様の身の回りのお世話をさせていただきます。
わたくし、ルウメアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
ミオは少しだけ微笑んで、首を振った。
「ありがとう、ルウメアちゃん。
でもね……わたし、巫女じゃないの。だから“ミオ”って呼んで」
ルウメアは目をぱちくりと瞬かせ、少し戸惑ったように言った。
「そ、そうなんですか……? はい、でも……分かりました。
それでは、巫女様ではなく、今後は“ミオ様”とお呼びします」
ミオはその言葉に、ふっと笑みを浮かべた。
「うん、ありがとう。よろしくね、ルウメアちゃん」
ミオはベッドの端に腰を下ろしたまま、そっとルウメアに声をかけた。
「ところで、ルウメアちゃんって……ここの他の人たちと比べて、ちょっと身体が小さい気がするんだけど……もしかして、まだ子供だったりする?」
ルウメアは一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「子供というほどではありませんよ。
ただ、この前、成人の儀式を済ませたばかりです。
身体の大きさは、侍女の中では普通くらいかなと思います」
その言葉に、ミオはふと頭の中で思い返す。
今まで見てきた青灰色の民――彼らは皆、背が高く、がっしりしていた。
そういえば、あの人たちはみんな雰囲気が男性だった気がする。
(もしかして……女性は小柄なのかもしれない)
納得がいった瞬間、ミオは少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「そうなんだ……ごめんね。なんか失礼なこと言っちゃったかも。
気にしないでね」
ルウメアは首を振り、優しく微笑んだ。
「いえいえ。お気遣いありがとうございます、ミオ様」
今度はルウメアがミオに訊ねる。
「ミオ様は……神様にお姿が似ておられますけど、やっぱり神様の星、プレアデスの星から、やってこられたのですか?」
ミオが答える。
「ううん……確かに、あなた達の神様は私たちに似てるけど、私たちが住んでいたところでは、あんなに巨大な人はいなかったかな……
それに私達が住んでいた所は地球という星で、プレアデス星団とは全く違う場所にある星だから、神様とは全然違う星からきたかな」
ルウメアは目をぱちくりと瞬かせ、少しだけ首を傾げた。
「そ、そうなんですね……。
でも、やっぱり似ているので……も、もしかしたら、どこかで繋がっていて、ルーツが一緒だったりするのかもしれませんね」
その言葉は、科学的根拠はなく、感覚に根ざしたものだった。
ミオは、ルウメアの戸惑った表情を見て、はっきり否定するのがなんだか可哀想に思えてしまい、それ以上反論出来なかった。
「うーん……まぁ、そうなのかもしれないね」
ルウメアは、ミオの顔を見つめながら言う。
「私たちは……生まれてからずっと、この町を出たことがありません。
でも、長老様が言っておられました。
私たちが成人する頃――神様の遣いが来て、私たちを守ってくださる。
そして、巫女様が現れて、私たちを導いてくださるって」
その瞳は、どこまでも澄んでいた。
信じることに疑いを持たない者の、まっすぐな光。
「そして……この町から出て、楽園に行くことができるんだって。
みんな、ずっとそれを信じて生きてきました」
ルウメアは胸元に手を添え、少しだけ顔を赤らめながら続けた。
「だから……私は、ミオ様のお世話係になれて、とても光栄に思っています」
その言葉に、ミオは胸が少しだけ痛んだ。
自分が巫女ではないと否定したばかりなのに、ルウメアはそれでも――
「あ、あっ! でも、ミオ様がもし巫女様じゃなくても……!
ちゃんとお世話はしますから、そこは安心してください!」
慌てて手を振るルウメアの姿に、ミオは思わず笑みをこぼした。
「……ありがとう、ルウメアちゃん」
信仰に根ざした希望と、純粋な敬意。
その健気な姿を見ているうちに、ミオの胸の奥で何かが静かに動き始めていた。
(……巫女じゃないって言い切ったけど、でも……)
彼女の瞳に宿る期待を、無視することはできなかった。
それに、もし自分が本当に“巫女”と呼ばれる存在であるなら――
その意味を、少しでも知っておくべきなのかもしれない。
部屋の棚には、古びた書物が並んでいた。
碧眼の神の像と壁画に囲まれたこの空間は、ただの牢獄ではなく、
何かを知るための場所でもあるのかもしれない。
ミオはそっと立ち上がり、ルウメアに向き直った。
「ねえ、ルウメアちゃん。
この部屋にある書物……ヴァリド族の文字で書かれてるんだよね?
もしよかったら、文字を教えてくれないかな。
巫女って、どういう存在なのか……少しだけでも、知ってみたいの」
ルウメアはぱっと顔を輝かせ、尾をふわりと揺らした。
「はいっ! もちろんです、ミオ様!」
ミオは微笑みながら、棚の書物に目を向けた。
この部屋での時間が、ただの閉じ込めではなく、
何かを知るための始まりになる――そんな予感が、静かに胸に灯っていた。




