第8話 魔法について その2
【】の中は古代語です。
よろしくお願いします。
晩ご飯の後、私の自室にて魔法の授業を開始する。
机を挟んでミシェンと向き合った。
彼女は真剣な表情で私を見る……この7年間で私も人間の表情の機微をある程度は読み取れるようになった。
彼女の真剣な表情を見て私も気を引き締める。
「それではミシェン。授業を始めよう」
「はい! お願いします!」
「……昨日の続きの前に基礎をもう一度復習しよう。魔法の使い方についてだ。昨日の宿題は覚えているか?」
「はい。『魔法の基礎についてギレイに説明してみせろ』でしたよね」
昨日の授業では彼女に宿題をだしていた。
ミシェンに魔法の基礎を説明させるのだ。
今までの私の授業では私がミシェンに教えるだけのことが多かったが、それだけでは彼女の理解は深まらない。学び舎の教師を観察して、生徒に授業内容を説明させる手法があるとしって試してみたのだ。
「ミシェン。準備はできているか? 焦らなくて良いぞ」
「はい! 今日ちゃんと復習してきました!」
と彼女は私を見て説明し始める。
「魔法とは魔力に刻まれた情報を呪文で呼び出し、力として出力させるモノです。
魔力は人の体内にある力の源です。魔力の量は個人差がありますが情報の多くは全人類に同じものが刻まれています。
火をおこす力、水を生み出す力、風を吹かす力。様々な力の情報が魔力には刻まれており、呪文を通して力を現実のものとして発現させることができます。
情報には特定の個人しか持ち得ない情報や、遺伝で伝達する情報もあり、その人物の固有の魔法という形で発現されます」
と彼女が説明を終える。
不安げに私を見るので私は頷くことにした。
「よろしい。満点だ」
ミシェンは「……やった!」と拳を握る。
私も感心した。
魔法への理解度もそうだが、説明するための語彙も増えてきている。魔法関連の書物だけではなく、様々な本を読み、なおかつ人とも会話して言葉を扱う修練を重ねているのだろう。
私は魔法についての本を取り出し机に置く。主に初級魔術の呪文が書かれている本だ。
「ミシェンの言う通り魔法は魔力に刻まれた情報を力として引き出す。刻まれている魔力の情報の多くは全人類共通だ。初級魔法と区分される魔法については全ての人類が使うことは、理論上では可能だ」
「はい……でも私が言ったとおり例外……その人にしか使えない魔法というのもあるんですよね」
「ああ。長い歴史の中では魔法使い達は新しい情報を自身の魔力に書き込み、自分だけの魔法だけを創造してきた。中には生まれつき特別な魔法を使える人間もいる。興味があるのか?」
「……それはもちろん。だけどそれ以上に私は今ある魔法を知りたいと思います。私たちは魔力に刻まれた情報を全て解読できていないと本で読みました。私たちが知らない情報、未知の魔法がまだ私たちの体に隠されているって……」
「ああ。魔法は共通の情報だけでも人類が把握している四分の一ほどとも言われている」
私がそう言うとミシェンは目を輝かせた。
「まだ沢山の魔法が隠されているんですよねッ! 私、それを解き明かしたいです!」
「悪くない目標だ。ならまずは初級魔法を習得しないとな」
「はい!」
次に実践の授業に移る。魔法を使うための授業だ。
「当初の予定通り、水魔法の練習を開始する」
机を片付け部屋に広い空間をつくる。部屋の中央には水をいれた桶を置く。
ミシェンには膝をつかせて、右手を桶の中にいれさせる。
「水魔法の理論と呪文は頭に入っているな?」
「はい。大丈夫です」
「よろしい。では目を閉じるんだ」
私の指示に従いミシェンは目を閉じる。
「……次に右手に意識を集中しろ。水の感覚が分かるか?」
「はい……」
「水の感覚、温度、音を意識するんだ。そして同じものを左手に再現させる意識を持つように」
「…………はい」
彼女の意識が集中していくのが分かる。
「次だ。呪文の一小節目を唱えろ」
彼女は頷き呪文を口にする。
「――【我が魔力。我が力。我の呼び声に応えよ】」
魔法を唱えるための呪文の殆どは、古代語と呼ばれる、はるか昔の人類の言語で構成されている。今の呪文は体内の魔力を起動させるための呪文だ。熟練者は起動のための呪文を必要としないが、ミシェンには魔力の使い方も慣らさせておかないといけない。
彼女の中で魔力が呼び起こされ、体内をかけめぐる。
「君の体の中で魔力が循環しているのが分かるか?」
「はい……。なんだかグォングォンって大きな音が体の奥から聞こえます……熱くて……大きい液体が体の中に流れています……」
「その感覚を左手に集中させるんだ」
「はい……!」
彼女は魔力を手に集中させようとする。魔力の流れは私にも見えるので、その様子を観察する。
彼女に左手に僅かだが魔力が集まる。
「今だ。水魔法の呪文を唱えろ」
「はい……! 【水……か、形、成す……『水弾』ッ】!!」
慌ててしまったのか緊張で呪文の内容を忘れてしまったのか。彼女の呪文は不完全だった。文章にはなっておらず単語のみで構成された呪文となった。
しかし魔法を発動させるのには十分だ。
ミシェンは目を開く。
彼女の左手には小さな石ころほどの水の塊が浮いていた。
彼女は左手を前へと伸す。
水で生成された『水弾』は宙に浮いたまま、彼女の手が指し示した方向へと動く。
僅かに動いた後、水弾はべしゃりと音を立てて床に落ちて、弾けた。
ミシェンは水弾の行く末を見て、次に自分の左手を見て、その次に私を見て笑顔を浮かべた。
「で、できましたっっ!! 」
水魔法を使ったのは今回が初めてだ。成功して嬉しいのだろう。
私も頷く。
「ああ。見ていた。上出来だ」
私が褒めると彼女は嬉しそうに笑う。
ただ次には少し不満げに、床に出来たシミを見つめた。
「でも『水弾』は小さかったし、それに直ぐに消えてしまいました。呪文が不完全だったからでしょうか……」
「そうだな。呪文が文章になっていなかった」
「うう。ちゃんと覚えていたと思ったのに、いざ魔法を打とうとすると緊張しちゃって……。魔力が体をかけめぐって……なんだか圧倒されちゃって……。実際に魔法を唱える感覚ってこんな感じなんですね……」
「徐々に慣れていけば良い。ただし実力がつくまでは呪文の詠唱はきちんと文章で唱えるよう意識しろ。初級魔法は単語のみでも充分に唱えられるが、中級以降の魔法はそうもいかない。不完全な詠唱での呪文発動は危険を伴う。
無理だと思ったら詠唱は途中で止めるように」
「はい……気をつけます……」
彼女は落ち込んでしまった。
「ただ何度も言うが……上出来だ。ミシェン。徐々に魔力の扱い方も慣れていけば、呪文を唱える余裕もでてくる」
「……うんっ!」
と彼女はまた笑った。
その後は彼女の練習に付き合った。
彼女は覚えが早く一時間後には呪文を完璧に唱え、実践レベルの『水弾』を発動できる技量を身につけていた。
初級魔法ですら使用できない人間が大多数なのだ。
彼女には魔法の才能がある、と言っても差し支えないだろう。
彼女は歴史に名を残す魔法使いになるかもしれない。
……その彼女を育てているのが魔王軍の魔物だというのは皮肉だが。