第5話 関係性の変化
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そしてまた月日が経ち。ミシェンがこの世に発生してから五年の月日が経過した。つまり彼女は5歳になった。
私はミシェンと手をつなぎ、村の広場へと続く道を歩いている。
彼女はつないでいない手の方では梟の人形を持っている。彼女の誕生日に私が贈った手製のぬいぐるみである。もっと良い素材があれば都市の高級店に飾られているモノと遜色ないモノができたはずなので、私にとっては不満の作品ではあるが、彼女は気に入ったようだ。最近は何処に行くにしても持ち運んでいる。
村の広場へと到着する。簡素なベンチや砂場があり、村人達の憩いの場にもなっている。
ミシェンはこの広場で友達と遊ぶ約束をしていた。
……そう、友達だ。
いつの間にか彼女は彼女自身の共同体を形成していたのだ。ミシェンは家を出て外で活動するようになった結果、村の子供達と交流を図り、私より迅速に共同体での立場を得る事に成功している。
話を聞いてみるところ、自分から声をかけて子供達の共同体に参加していったらしい。これまた驚くべきことだ。私はシスターの助けがなければ村で孤立していたというのに。
広場に着けば後は彼女の時間だ。私の仕事は遊んでいる彼女を観察するだけである。
「じゃあ。私はここで見ているから……ミシェン?」
彼女はすぐに友達のところに行かず、じっと広場を眺めている。
……彼女は時折このように周囲を観察する癖がある。声をも出さずに対象を眺めるのだ。
誰に似たのだろうか?
ミシェンが見る先には一組の親子連れがいた。母親らしき人間の女性に、彼女の子供と思われる人間の少女。少女の方はミシェンと同い年くらいだろうか。母親は少女に向かって話しかけているが、少女は顔を俯いたまま首を振る。
ミシェンは暫く親子連れを眺めた後
「ギレー。いってきます」
と私の手を離れて、友達がいる方向ではなく、親子連れの方へと向かっていった。親子連れもミシェンの存在に気づく。ミシェンはまず深々と挨拶した。
礼儀正しい子供に好感を抱いたのか母親の方は笑顔で対応する。しかし少女はまだ俯いたままだ。
ミシェンは少女にもう一度挨拶する。今度は少女も顔を上げた。
それから暫くミシェンは少女と何か会話している。ミシェンは少女の目を見て、ゆっくりと話し、少女が話そうとする時には言葉を遮ることはしない。暫くするとミシェンは少女の手を取る。そのまま村の子供達が遊ぶ輪の中に、少女と一緒に入っていく。
ミシェンと少女は村の子供達と一緒に遊び始めた。
私は一部始終を眺めていた。
呆気にとられていた、とも言える。
「偉いですね。ミシェンさんは」
と声をかけられた。振り向くと一人の女性が立っていた。
腰まで伸した金髪の髪。目立つ藍色の修道服。教会のシスターである。
シスターはにこやかな顔で子供達を眺めている。
「あの子……。ほらミシェンさんと遊んでいる子は少し前に村にやってきた子供なんです」
「なるほど。村長も住民が増えると言っていたな」
私が住む村は小さい集落ではあるが、最近は少しずつ人口も増えてきている。商人が来る回数も増えて、村の生活水準も少しずつだが上昇傾向がみられる。
村にやってきた商人は「魔物の数が減ってきたから、道中で魔物に襲われる事も減りましたよ」と語っていた。
五年前、私が村にやってきたときと現在で世界情勢は大きく変化している。特に魔物による被害は極端に減ったのだ。魔物被害が減ったことで人々の交流は活発化し、経済も上向きになった。
魔物から『人類への憎悪』が取り払われた結果だ。殆どの個体は人間を襲う理由がなくなった。
もちろん魔物の被害が減ったから平和になったわけではない。人間同士の争い、犯罪、陰謀、権力闘争は世界各地で変わらず発生している。しかし魔物の被害が減ったことで人間の社会活動が活発になったことは確かだ。
……まぁ、それは一端置いておくことにしよう。
今注目すべきはミシェンのことだ。
「驚いたな」
と私が呟くとシスターも言葉を返してくれた。
「何にですか?」
「ミシェンの行動にだよ。集団で孤立している個体に気づき、自ら接触を試み、対象を尊重して、自らの共同体に参加するよう促す。私にはとても出来ない」
「……アナタの変な言い回しはともかく……驚くことじゃありませんよ。ミシェンさんは良い子です。あの年の子供にしてはビックリするくらい」
シスターはにこやかに応じる。
彼女は私が仕事で忙しい時はよくミシェンの面倒をみてくれた。ミシェンの様子も良く知っているだろうし、ミシェンもまたシスターから良い影響を受けているのだろう。
そのままシスターは話を続ける。
「彼女は周りをよく見ています。色んな事を見て、すぐに気づくことができます」
シスターは何か言いたそうだった。
私が言葉の続きを待っていると、シスターは意を決したように私を見る。
「……差し出がましいかとは思いますが……ミシェンさんにアナタの事情は話さないのですか?」
「事情はつまり『ミシェンと私には血縁関係はなく、捨てられていた彼女を私が拾い、今まで私が育てていること』を言っているのか?」
「ええ。まぁ」
シスターは遠慮がちに頷く。
シスターを始めとする村人の多くは私の表向きの事情を知っている。私が捨て子だったミシェンを拾い育てているという事情だ。
ちなみに裏向きの事情、私が魔物であることは打ち明けていない。私はともかくミシェンに危害が及び、彼女の人生が阻まれるような事態は避けなければならない。
「回答する。まだ話していない」
ミシェンには表向きの事情も打ち明けていない。
しかしシスターの言うことも理解できる。
ミシェンは周囲の様子をよく見ている。いずれ自分で気づくだろう。
私とミシェンは全く似ていないこと。一般的な人間の家族構成は父と母と子供で構成されているが、自分の家にはそれらの要素が不足していること。
……確かにそろそろ話すべきだろう。
黙っている私を見てシスターが慌てて話し始めた。
「だ、大丈夫ですよ! ミシェンさんもきっと事情を理解してくれます!」
私が黙っているのを見て、私が落ち込んでいると勘違いしたのだろうか。
彼女は胸の前でぐっと拳を握りしめている。
「ギレイさんは確かに変な人ですけど。ミシェンさんを大切にしていることは誰もが知っています。きっとミシェンさんにも想いは伝わっていますよ」
励ましてくれているのだろう。
私も人間の機微を理解できるようになった。ありがたい、という感想も湧いてくる。
……それはそれとして。
「激励感謝する。それはそれとして変な人というのはどういう意味だろうか? 私は変ではない」
この五年間。私も村に普通の村人として溶け込めていた筈だが?
シスターは首を振る。
「いえ。ギレイさんはとても変です。村一番の変人として有名です」
「…………そうか」
そうだったのか……。
――そして夕方になり、遊び疲れたミシェンの手を引き私は家路をたどる。ミシェンは今日できた友達のことを楽しそうに話す。
「あの子とはまた遊ぶ約束をしました。家には沢山の本があるみたいで、今度読ませてもらうんです」
ミシェンは嬉しそうに話す。
ちなみに5歳になった彼女はシスターの影響を受けたのか、基本的に誰にも丁寧語で話す。
彼女はどんどん成長していく。随分と立派になったものだと思う。
……シスターの言う通り『表向き』の事情は直ぐに気づくだろう。
裏向きの事情。私が魔物であることは明かすつもりはないが、私が彼女を拾って育てているという表向きの事情は打ち明けるべきかもしれない。
いずれ私は彼女の人生から完全に退場するつもりだった。そのための計画も進めている。だが何も言わず彼女の元から去るつもりもない。暫くはこの関係を続ける必要はあるだろうし、関係を維持するために『表向き』の事情は打ち明けるのが最善に思えた。
「ミシェン。今度、大事な話がある」
と私は彼女に言った。