第30話 魔王城へ
よろしくお願いします。
魔物。
形も能力も異なる化け物達だが、種族として統一された目的意識を持つ。
『人類を滅ぼす』という目的を魔族と呼ばれる上位存在から与えられた。
魔物は『魔王軍』によって組織され、何度も人類を窮地に追いやってきた。
魔王軍の本拠地『魔王城』は、インテグラ王国(※ギレイとミシェンが住む村がある国)から北に位置する大陸にあるとされていた。王国の国民から北方大陸と呼ばれる場所は、有害な毒ガスで溢れ、作物も育たない不毛の地とされていた。悪しき魔物達が根城にしている危険な土地だとも。
しかし、この大陸に魔王場は存在していない。
二百年前。人類と魔物の戦争が北方大陸で起きた。
結果、魔王軍は大敗し、当時の『魔王』も討たれた。
北方大陸にやってきた200名あまりの人間の戦士によって、魔物達は蹂躙された。
人間の戦士は遺伝子を改良され強化されていた。
魔法は魔力に刻まれた情報を読み取り、出力することで発動する。
魔法の研究の一環として魔力に刻まれた情報の解析も行われていった。その研究は、人間の肉体にも同様の情報伝達物質――遺伝子の存在を突き止めるに至った。
そして魔法により、人間の遺伝子を改造する技術も生まれた。
遺伝子改造された個体はみな短命であったが、魔物を凌駕する力を有していた。何より保有している魔力量は通常の人間と比べものにならなかった。
為す術もなく当時の魔王軍は敗走し、拠点である魔王城も崩壊した。
魔王軍の歴史的敗北。
これまでの歴史でも、魔王軍は何処かで必ず敗北し、人類を滅ぼすことができなかったが、この戦いを契機に単純な戦力でも人類は魔物を凌駕するようになっていった。
遺伝子改造は人類側でも禁忌とされたが、改造された個体の子孫がより強大な力と屈強な肉体を持ち、魔物を追い詰めていった。
「――しかし、滅ぶのは魔物ではなく人類に決まった」
魔王はギレイを見て静かに語る。
――ギレイは魔王城に来ていた。
かつての敗戦から、魔王城は移転された。その場所は魔王と四天王しか把握していない。それ以外の魔物は四天王『蟲』の『転移』魔法によってのみ来ることができる。
ギレイは魔王城に併設された研究所に住んでおり、10年前に始めて外の世界へと出た。
そして再び魔王城に戻ってきた。
『魔王の間』と呼ばれる魔王の部屋。天上が高く、部屋の先もかすむ程の大きな空間。そこにはギレイと魔王しかいなかった。
魔王はかつてギレイの村にやってきた時と同じ、人間の姿をしていた。
黒い長髪に黒いドレス。華奢な人間の女性の姿。
ギレイは『人類滅亡の真相』を聞くために魔王に会いに来た。
「ギレイ。人類の滅びがどのようなものなのか、君なら予想が付いているんじゃないか?」
魔王からの問いにギレイは頷く。
新興国家エルドの研究所で目撃した人間の実験体たち。
許容量を大幅に超える大量の魔力を注入されて、肉体が変質してしまっていた。
魔力は魔族が人間に与えたモノだ、と実験を企てた魔法使いは語った。
「人間が持つ魔力量は年々増加しています。人間が強大となり、滅ぼすことが困難となっている要員でしたが――人間はいずれ自身の魔力量に肉体が耐えきれなくなる。そのとき、怒る変化で、人類は全く別の種へと変わってしまう。
これが今の私の推測です」
ギレイが言うと、魔王はゆっくりと頷いた。
「うん。そうだね。うん……大体当たっているよ」
「人間の進化過程は魔力の増加を許容できていない。それは、魔力が人間の外からもたらされた異物だからです――我々の創造主である魔族が人間に魔力を与えたから、だと聞きました」
「うん。それも正解」
「――何故、敵対する人間に魔力を与えたのか。そして、これから先、人類がどうなるのか、分からない点はまだあります。それを教えてもらうために私は来ました」
魔王は頷き、ギレイを見る。
「うん。良いよ。教えよう。全てをね」
彼女は「場所を変えようか」と話を続ける。
「全てを知るのに最適な場所がある。『神の間』は知っているよね?」
「……知っていますが、あそこは魔族が管理している場所だと聞いています。魔族が魔物に命令を下す際の全ての指揮系統が集まる場所だと。私のような下級の魔物が入れる場所ではありません」
「大丈夫だよ。僕がついている」
彼女はそう言って、ギレイに手を差し出した。
「ん」
と魔王はギレイに手を突きつける。
ギレイは首をかしげた。
「あー。人間は行動を共にするとき互いの手を握る、のだと聞いてたんだけど。違う?」
「どうでしょう。別に必須ではないと思いますが。手を握る必要があるのなら、握ります」
「うん。試しにやってみたい」
と魔王が言うのでギレイは魔王の手を握った。
小さく細い手だった。
魔王の顔を見ると、彼女も首をかしげていた。
「……なんだか、動きにくいだけだ。それに君の温度も感じるせいか、妙に閉塞感もあるし……僕が頼んでおいて何だけど。なんだか気色悪い」
「止めましょうか」
「いや。君を連れて行くために『転移』魔法を使う。互いの肉体を接触しておいた方が良い――行くよ」
魔王とギレイの周りに淡い水色の光の球が浮き始める。
ギレイと魔王の体も同色に光り始めた。
『転移』魔法。任意の場所へと対象を瞬間移動させる魔法。
近くに使用者の『蟲』もいるのだろうか、とギレイは一瞬考える。
その一瞬の内に転移は完了した。
気がつけば、薄暗い空間にギレイはいた。周囲を見回す。
随分と広い空間のようだ。目が慣れてくれば、先ほどの魔王の間と異なり、多くの物が置いてあることに気づく。足下にはカーペットが敷かれ、装飾が施された長机や椅子が置いてある。
王国の貴族が住む屋敷のようだ、とギレイは思った。
その部屋には異質な物体が一つだけあった。
部屋の奥にある巨大な柱。柱には巨大な目(強調)が埋め込まれていた。普通の一軒家くらいはありそうな巨大な一つ目。
その目は固く閉じられていた。
それ以外には――何の気配もしなかった。
いるのは魔王とギレイだけ。
「もう魔族はいない。彼らは使命を果たしたから、別の世界に旅立った」
魔王はギレイを見て言った。
そのときの彼女は、実に人間らしい表情、諦めや悲しみが混じったような表情を浮かべていた。
「できれば話したくはなかったんだ。君には。実にがっかりする話だからさ」
次はまた土日に投稿する予定です。




