第29話 弔い(※書き直し)
29話以降の展開を変えたいため、29話~34話を書き直すために削除しました。
31話~34話の内容はもう少し後に投稿します。
申し訳ありません。
今回は29話の書き直しからとなります。
よろしくお願いします。
ギレイはグランと共に研究所の奥へと進んだ。
ギレイ達は生き残りを見つけるために研究所の奥へと進んだ。
ギレイは奥の部屋にまだ息がある村人を見つけた。
同様に実験を施され肉体は崩壊しているが、他の村人とは違い、腕や手といった体の部位は比較的、原型をとどめていた。
まだ微かに息があった。
だが、もう助からないことも分かっていた。
何もできることはない。
結局そうだ。
何か力になりたい、問題を解決したいと決心しても、
分かるのは自分には何の力もないという現実だけ。
ギレイはただ側にいるだけしかできなかった。
グランが外へ冒険者を呼びに行っている間、ギレイはその村人の側にいた。
村人は――まだ声帯器官も残っていて、微かに自分のことを語ることができた。名前は聞き取れないが、どうやら男性のようだった。
ギレイは彼の手を握って、彼の話を聞いた。
彼の生い立ちや生活――父親が家を出て、母も直ぐに死んでしまったこと。けれど隣人の一人暮らしの老人に育てられたこと。15歳になる頃には大工の見習いとして働き始めたこと。恋人ができたこと、といった彼の人生を聞いた。
生きていることは辛いことばっかりだったけど、それでも何とか乗り切ってきた。
けれど、こんな結末になるのなら、辛さを乗り越えてまで生きる必要はなかったんじゃないかと、彼は語った。
ギレイには彼が泣いているように見えた。
自分のことを覚えていて欲しい。と彼は語った。
救われなかった人間がいることをどうか覚えていて欲しい、と言って彼は息を引き取った。
彼が死ぬまで、ギレイは彼の側にいた。
それくらいしかできなかった。
(……ミシェンはもう寝た時間だろう……)
ふと、自然とミシェンのことが脳裏によぎった。
ギレイはよくミシェンのことを考えている。
ちゃんとご飯を食べたかとか、ちゃんと眠れているだろうか、とかよく考えてしまう。
今も。死んだ彼らのことを考えるべきなのに、自分の脳は少女のことを考えている。
今の現実から目を背けるように、少女と過ごした日々を思い出す。
そして、自分は今、悲しいのだとギレイは気づいた。
死は悲しいのだと理解した。
◇◇◇◇
その後。冒険者達で構成される大規模な調査隊が研究所へと足を踏み入れた。
魔法使いの男の身柄も抑えられ、治安維持局へと連行されることとなった。
冒険者達は主に村人と魔物達の死体を外へと運び出した。
調査隊の中には魔物――リザードマン達の姿もあった。
グランと知らない女性が調査隊に指示を出している。
髪の長い、長身の女性だった。
……魔力の反応から人間の姿に変身した四天王『龍』ラグナだと分かった。
彼らの指揮に従い、ギレイも村人達の運搬作業を手伝った。
死んでしまった村人と魔物を外へと連れだし、近くの森へと運んだ。
ラグナの私有地らしい。
実験を受けた村人達の死体は重く、体も大きくなっていた。
更には既に腐敗が始まっていた。
……本来ならば彼らの故郷で埋葬するべきだったが、遠くまで彼らを連れて行くのは難しかった。
そのためラグナの私有地である森に彼らを埋葬した。
まず人間の埋葬が開始された。
ラグナが唱えた火の魔法によって死体は燃えて灰となる。
ラグナの火は穏やかで、不思議と熱さを感じさせず、ゆっくりと彼らの体を溶かしていった。
彼らが灰となる間、冒険者の一人が歌い始めた。
聖典に記された死者をおくるための言葉。一人、また一人と目をつぶり歌い始める。
リザードマン達も人間に倣い、歌った。
埋葬を終えて、残った遺灰は彼らの故郷に帰そうという話になった。
次に。誘拐されたリザードマン達の葬儀を執り行うことになった。
リザードマン達の死体は損傷が少なく、彼らは故郷の村で埋葬することとなった。
ラグナの部下であるリザードマン達は死者を弔うため――火を囲んで輪になって並び踊り始めた。ゆっくりとした動作で、まるで何かを拝むように踊る。
――リザードマン達は『人類への憎悪』を持たない種族だった。ゆえに人類を滅ぼす兵器としてではなく、一個人として尊重される文化があり、死を弔うという価値観も生まれた。
その踊りにギレイも……人間の冒険者達も加わった。
踊りが終わればリザードマン達の死体は持ち運ばれていった。
次第に広場から人は離れていく。
しかしギレイはその場に残っていた。
(……私は……)
体の中が空洞になってしまった、そんな感覚があった。
先ほどまで抱いていた怒りや悲しみ、多くの感情を一気に経験したせいか、反動で心が空っぽになってしまった。
(……私は何をすれば良い?)
多くの出来事を経験したせいか、ギレイは自分の目的を見失いそうになっていた。
一気に手に入れた経験や感情を処理しきれていない。
(冷静になれ。何をすれば良いのか、状況を整理しろ――
――私の名前はギレイ。魔王軍が製造した人造人間だ。
私の一番の目的は……
そうだ。ミシェン。
あの人間の少女を守ることだ。
では私にとって『守る』はどういう意味を持つ?
彼女を何から守る?
1000年後にやってくる人類の滅びから?
1000年も経てばミシェンは死ぬ。
しかし、いずれ滅ぶ人類の中に彼女がいて欲しくはないと私は思っている……。
彼女を何から守る?
……今回の実験を起こした連中のような『外敵』から?
今はまだミシェンが住む村には被害が及んでいない。
しかし今回の犯人の活動範囲は王国の国境付近。
村に被害が及ぶ可能性も捨てきれない。
そして犯人の魔法使いが言っていた言葉も気になる……。
人類の滅びは魔力の増加によって訪れるという。
そして魔力は魔族が人間にもたらした……。
くそ……やはり状況がまとまらない……
――私は――)
「考え事かの?」
背後から声をかけられてギレイは思考を中止する。
振り返れば、桃色の髪を伸した女性が立っていた。
魔王軍四天王『龍』ラグナが人間に変身した姿。
今回の始まりは彼との接触だったとギレイは思い出す。
『人類の滅びの原因』を知る条件として、龍からの依頼を受けた。
依頼内容は『キャラバン、及び村人誘拐事件の犯人を突き止めること』。
「……お主の考え事は一度おいておこう。お主のお陰で、我が輩達を貶めた魔法使いを捕らえることができた。我が輩からの依頼はひとまず達成されたからには、約束を果たさなければなるまい」
「ですが、あの魔法使いはただの実行役に過ぎないでしょう。あれだけの施設を一人で用意できるはずがない。まだ黒幕がいます」
ラグナは分かっていると言うように頷く。
「で、あるな。だがキャラバンを襲い、その疑いの目を我が部族に向けさせ、更には村人達を誘拐した――その実行犯はあの魔法使いだ。既にあの男は自白しておる。事件の犯人ではないかと疑われていた我が部族の名誉は回復された。
お主は立派に我が依頼を成し遂げた。あまり気を落とすでない」
「……ありがとうございます」
自分を慰めてくれているのだ、とギレイは気づいた。
「犠牲は出た。もしかしたら、もっとより良い方法があったかもしれん。しかし、お主は最善を尽くしてくれた。犠牲になった者達を弔うこともできた……というのに、お主は浮かない顔をしているのう」
ギレイは頷く。
「はい……。私は――これからするべきことを見失っている状態です。明確な目標を見つけたと思っていましたが……」
「続ける自信がなくなったか?」
「はい」
多くの情報を手に入れたが、それら全て断片的で、自分の状況判断を阻害するものでしかない。
一度ミシェンの側を離れて、人類の存続方法を探す。その行為が正しかったのか分からなくなる。
四天王『龍』ラグナはギレイに近づき、俯いている彼の顔を上げさせる。
「ならばこそ、お主は知るべきだ。一度、全てを」
ラグナは試すように、ギレイを真っ直ぐに見つめてくる。
思わずたじろいでしまう程の胆力が彼の目に宿っていた。
「この世界に纏わり付いている『人類の滅亡』という事実を知り、理解せよ。
そして、もう一度決めるが良い。お主が何をしたいのかをな。
……魔王様には既に話を付けておる。我が輩が語るより、彼女から聞くが良い」
ラグナはそう言ってギレイの顔から手を放した。
ギレイは彼の言葉にゆっくりと頷く。
同時に彼はどうして自分に親身になってくれるのかを疑問に思った。
「ラグナ公。何故、私を気にかけてくれるのですか?」
ラグナは
「ギレイ。我が輩は『龍』として長く生きてきた。1000年以上もの歳月を生きてきた。多くを見てきた。その多くは目を覆いたくなるような悲劇であった」
「…………」
うんざりしていたのだ、と彼はギレイから目を逸らさずに言う。
「今回のような悲劇に立ち会うのも初めてではない。次第に悲劇を当然のようにありふれたモノとして認識するようになってしまう。
腹が立つ。
どうせ長く生きる生命であるならば、もっと『良いモノ』を目にしたい」
「良いモノ……?」
「力なくとも希望を願い、たやすい悪より得がたい善を成そうとする。そして、それが少しでも報われる。そういうものを我が輩は目にしたい。生きている間に一つでも多く。
来ることならば、その手助けをできる自分でありたいとも思う」
ラグナは長く生きる魔物であり、例外として『人類への憎悪』を持たない個体として生成された。彼が生成された際の設計思想がどのようなものであるかは分からないが、魔物としてはかなり例外的な個体だといえる。
しかし。だからといって人類を滅ぼすための兵士として造られたことには変わりない。
「……ラグナ公。もう一つ、質問してもよろしいでしょうか」
「ん? 良いぞ」
「アナタは何故、そのような思考……『手助けをできる自分でありたい』という思考に至ったのでしょうか? その過程と理由を知りたいのです」
ラグナはギレイの問いの真意を図りかねたのか、最初はきょとんとした表情を浮かべた。
そして次にくっくっくと笑う。
「深い理由などないよ。ただ人間と関わる内に――我が輩にも大事な人間ができてしまったせいだ。彼らにとって良い奴だと思われるような行動を取りたいと思うようになった。お主もそうではないか?」
ギレイは反射的に頷いた。
思い当たる節があった。
ミシェン。ギレイにとって大事な人間。
自分を信じてくれた人間の少女を見て、彼女のために何かをしなければならないとギレイは思ったのだった。
「ギレイよ。お主はきっと良いモノを我が輩に見せてくれる。だからこそ手を貸したくなるのだ」
「はい」
「魔王城への移動手段も手配済だ。明日には行ける――まずは全てを知ってくるといい」
――こうしてギレイの依頼は一度片が付くこととなった。
協力してくれた冒険者達に別れを告げ、ギレイは魔王城へと向かうこととなった。
10年前。彼が住んでいた場所へ。




