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第28話 守るための戦い(※グロ表現注意)

◇以降、グロ表現が多いです。すみません。

よろしくお願いします。


 ――ギレイはふと昔のことを思い出していた。

 ミシェンが8歳になった頃だった。

 村から少し離れた丘へとピクニックに出かけたのだ。時期になれば花が一面に咲くらしいと村人から聞いた。

 ミシェンは自分の足で歩く。

 もうギレイが背中に背負う必要も、手を引いてやる必要もない。

 ミシェンと名付けられた個体は成長した。

 赤子の頃と比較しても、体の体積は増え、筋肉は発達し、運動能力は向上している。人間である以上は基本的な変化であるが、実際に目にすると――驚くし、嬉しいことなのだと、ギレイは学んだ。

 

「見てくださいっ、ギレイッ! とっても綺麗ですね!」


 とミシェンははしゃいで丘を走る。


 花を見て、綺麗だと人間の少女は感想を口にする。

 何かを美しい、と感じる心も最初は持っていなかったはずだ。

 いつの間にか、人間はそういった感情を獲得している。

 魔物で、人造人間であるギレイには持ち得ないものだ。

 所詮は魔物は『魔族』達による造り物で、その中でもギレイは更に無機質な物体といえた。

 人間を真似た基礎的な感情は搭載されているが、結局は造り物でしかない。人間社会に溶け込むために、段階的に感情らしい振る舞いを獲得できるような仕組みに過ぎない。

 

 ――ギレイは『人間を守りたい』と決心した。

 しかし彼は人間になれない。自分が抱く感情は人間とは異なり、所詮は造り物の延長でしかない。

 彼らが得ているような感情や、彼らが得ている幸福を手にすることはできない。


 ――それで良いじゃないか、彼は考えるようになった。

 

 ミシェンと共に過ごす中で得た彼なりの結論だった。


 彼が住んでいた村には沢山の人間がいた。

 外が暗くなるまで友達と遊ぶ男の子。朝から熱心に働く大工。朗らかにパンを売る女性。子供の手を引く夫婦。

 そういった人たちがいた。

 そういった人たちの営みの中にミシェンもいて、ギレイはそれを眺めていた。


 ミシェンは本当に優しいので、自分のことも、その輪の中に手を引いて連れて行ってくれるだろう、と彼は分かっていた。

 ただ。やはり、根本的な所で自分は違っているのだ。

 愛情や幸福は確かにある、ことはちゃんと理解できる。

 ただ自分のモノにはできないだけ。


 少しばかり寂しいかもしれないが構わなかった。

 自分は手に入らない感情を持つ人々がいて。

自分は含まれないけれど、幸福というものは存在している。

 それを知れただけでも、自分の命には価値があるんじゃないか、と彼は考えた。


 だから。少しでも。

 彼女のためにも。

 

 人間を守りたい、と思った。


 感情というものはとても素晴らしいもので、きっとそれは報われるものだと彼は無根拠に考えていた。


 ◇◇◇◇


 ――ギレイには『それ』が確かに人間だと分かった。

 

 村に住む村人や魔物が誘拐される事件が起きた。

 誘拐された人々を助けるべく、冒険者のグランと共にギレイは調査を進めた。

 犯人の隠れ家と思しき研究所を突き止めた。

 黒幕である魔法使いと戦闘をして勝利を収めた。

 魔法使いを拘束して、誘拐された人々が閉じ込められている部屋までやってきた。

 順調だった。

 ここまでは。


 たどり着いた場所は100人の人間が横になっても余裕がありそうな部屋だった。

 だが空間には余裕がなかった。

 大量のひしゃげた肉の塊が部屋中にあったからだ。

 

――ギレイには『それ』が確かに人間だと分かった。

 肉体には微かに魔力が残っていて、その魔力の残滓で人間だと判別できた。

 

 ただ。人間の肉体だと判断するのが酷に思えるほど、彼らの体は徹底的に尊厳が貶められていた。

 人間は寝台にくくりつけられていたのだろう。寝台の隅には高速器具があり、手枷の所には赤い血がこびりついていた。

 手枷はもう意味がなくなっていた。

 拘束していた人間の体が、人間の形状から著しく変化してしまったから、拘束器具は外れていた。

 人間だった体は薄く平らな形状に押し延ばされて、まるでムカデのような形状となり、部屋の中でとぐろを巻いていた。皮膚は反対側までめくられていて、薄黒く変色した内部を外気に晒していた。

 むき出しになった骨や臓器や眼球は全て一本に固められ、ねじれて、天上高くまで伸びていた。血管は外側に絡みついていて、肉体が死んだ跡も脈動を続けていた。


「なんだよ、これは」


 と背後にいるグランは呟いた。

 足を一歩踏み出そうとして躊躇してしまう。

 大量の皮膚や、一本にまとまった臓器達の枝で、足下にはほぼ踏み場がない。


ギレイは周りを見回した。

 自分は冷静に周りを観察できている、と思う。

 思っているのに、何故か心臓が早鐘を打っている。


 寝台の側には人間以外の死体があった。

 緑色の鱗。顔立ちはトカゲに似て、体躯は人。

 行方不明になったリザードマン達だ。

 彼らも死んでいた。

 目立った外傷はない。ただ白目をむいた状態で事切れていた。

 皮膚に何本もの管が取り付けてあって、それらの管は寝台にいる人間の肉体に繋がっていた。

 リザードマン達には魔力が何も残っていなかった。

 逆にリザードマン達に繋がった管からは、微かに魔物の魔力が残っている。


 魔力が空に近づけば、人も魔物も疲弊する。そして魔力が完全に零になれば死の危険性すらある。

 

 みんな死んでいた。


 呆然としていると、ギレイの足下から場違いな笑い声が聞こえた。

 拘束されて膝をついている魔法使いが笑っていた。


「……なにが、おかしいんだ?」


 ギレイは男に尋ねる。

 男がどうして笑っているのか、本当に分からなかった。


「笑えるだろ。全く、本当に笑っちまう光景だと思わねぇのか?

 コイツらはちゃんと今まで生きてきた人間だったのに、俺たちの実験で――こ、こんなゴミみたいな面になって死んじまっているんだもんなぁ……あ、ダメだわ。ほんっっと……ひひひひひ!!」


 捕まって自暴自棄になったのもあるのだろうか?

 魔法使いの男は体を震わせて笑っている。


「お前らも滑稽だよなぁ! 正義の味方気取りで今さらノコノコとやってきた時には、もう全員死んでいたんだぜ? 数日前まではコイツらは生きていたんだぜ? 「お母さん」とか「助けて」だとか無様に泣き叫んでいた時には助けにも来なかったくせによぉ! 

……なぁ、おい。虫けら。何の意味があるんだ? お前らもコイツらも。

 意味なんてねぇんだよ。折角生まれてきたのに、な~んの意味もなく死んでいくゴミだ」

 

 ギレイは男の肩を掴んだ。

 自分にこんな力があったのかと思うほど強く掴んだ。


「この部屋で何をしていた……言え」


 男は薄笑いをしながら「いてぇな」と呟く。

 ギレイのことを意に介さず男は話を続ける。


「本当に面白い見世物だった。例えば、そこにいる男……あ、もう男かどうかも分からねぇか。とにかくそいつはな、村で結婚したばかりだったんだ。ガキもいたな。

 実験中、俺は奴に『子供を差し出せば助けてやる』と言ってやったんだ。

 けど意外と強情でさぁ」


「……私が聞きたいのはそんな話ではない」


「聞けよ。面白いんだぜ! 俺はさ、やっぱりさ、『命惜しさに家族すらも差し出す人間』を見たいわけじゃん? 見てぇだろ? 分かるだろ? なんだかんだ言ってさ、俺たちは人間の醜い本性って奴を見ると安心するじゃねぇか? 醜いのは俺だけじゃないって嬉しくなるだろ? こう思うのもひとえに俺が悲しい幼少期を過ごしてきたせいだな!」


「そんな話は知らない……」


「ま、とにかくだ。

 そいつは実験中泣き叫んで、自分が人間じゃなくなっていく間も、決して子供を売ろうとしなかった。『あの子は俺が守る』と言っていた気がするな……いや、もう発声器官がなくなっていなかったから気のせいかも。

 だからさ。最後は子供に会わせたくなるじゃないか。

 まだ子供の『()()』はあったから、最後に会わせてやったんだ……!」

 

「――私はそんな話は聞いていない!」


 ギレイは男の胸ぐらをつかんで引き上げた。

 今すぐにでも、目の前の人間を破壊したい衝動にかられた。


「何が目的で! 彼らに何をしたのか! 答えろっ! 今すぐに!!」


「目的? 何をした? 魔物のアンタならよく分かっているんじゃねぇのか?」


 男は急に笑顔を引っ込めて、そう言った。


「……は?」


「これは実験だ。遠くない未来に訪れる()()に対処するための実験」


 終末。

 ……人類の滅亡。


「だが終末は決して悲観するものじゃない。われわれ人類は『全く別の、新しいカタチ』へと変わるんだ。今までの不便で未熟な体を捨てて、より優れたカタチへと変わる。

 思うように上手くいかない、という人生における不具合に悩まされることもなくなる。そんなカタチにな」


 男は視線をリザードマン達の視線へと移した。


「そして変化は『魔力』の増加によってもたらされる。

 人類は魔力という力を得た。人という種が持つ魔力量は時代を重ねるごとに増加していった。今では、そこにいる冒険者のように、人類にしては規格外の戦闘力を持つ個体が誕生する程に。

 しかし魔力の貯蔵量――人が蓄えられる魔力の最大容量は変化していない。

 なぁ、人の魔力の貯蔵量は何によって決定されるか分かるか?」


 人が蓄えられる魔力量は個人差があるものの、必ず限界がある。

 魔力の貯蔵量を決定付ける要因は未だ解明されていない。

 その中の一つの説をギレイは口にする。


「……人間の魂」


 男は嬉しそうに笑った。


「そう! 魂だ。魂の大きさが魔力の貯蔵量を決定する!

 我々の神が人を造るときに魂は生まれるとされている。

 時代の流れと共に、魂は魔力の容れ物としての役割も担うようになった!!」

 

 ――この考えまではギレイも知っている。別に珍しい説ではない。

 ただ……、ギレイは目の前の男を不気味に思った。

 目の前の男は自分が知らない事実を知っている。


「……ただ……ただな。魔力の増加に容れ物が耐えきれなくなっている。

 そりゃそうだ。魂の本来の役割は魔力の容れ物ではない。たまたま容れ物としての適性があっただけで、本来は魔力をため込む装置ではない。

 魔力は我々の外からもたらされたせいで、容れ物は間に合わせの物しかなかった」


 男はギレイを真っ直ぐに見た。

 彼の向こうにいる者達を見ようとするように。


「……はるか昔。お前たち魔物の創造主『()()』が人類に魔力をもたらした」


 男はギレイが知らなかったことを口にした。

 足場が揺らぐ感覚がギレイを襲った。

 意味を正しく理解できない。

 だって不合理だ。


「ありえないだろう……! 魔族は人類を滅ぼすことが目的だったはずだ! なのに、何故……敵である人類に魔力という武器を渡した!」


 男はへらへらと笑う。


「さぁな。理由は分からねぇよ。俺もそう聞いただけだからな。

 だが実際に変化は起きた。脆弱だった人類は魔力という力を得て、強靱な種へと変化した。

 人という種の魂は変化しないが、中に入り込む魔力の量は年々増加していった。

 そして今。魔族からもたらされた魔力の量に、人間の魂は耐えきれなくなっている」


 それが――訪れる終末の形だと、男は言う。


「だが我々も終末によってもたらされる変化のカタチを知らない。

 それを知るために実験をした。

 魔族に連なる魔物の魔力を吸い取り、人間に限界まで注入する。

 終末のカタチを知り、そして我々の望むような変化へと導くために」


 リザードマン達の魔力を吸い取り、誘拐した人間達に注入する。

 人間は魔力を注入され、いずれ魔力の貯蔵量は限界を迎える。

 

 その限界が――今の惨状なのだろうか?


「くっくっく。まぁ結果はご覧の通りだった。だが貴重な研究成果を得ることができた」


 大量の魔物と人が死んだというのに、男は何も気にしていないようだった。


「――その実験の対象に彼らを選んだ理由は何だ?」


 と、ギレイは自分の疑問を男にぶつけた。

 いかなる理由があっても許されるものではないけれど、せめてマシな理由を知りたかったのだ。


「あ? とくにねぇよ。最初はどうせ失敗するだろうと思っていたからな。誰でも良かった」


 男は平然と言った。


「いずれ来る終末に、我々が望んだ素晴らしい姿になるための最初の実験に過ぎない。

 まぁどうせ失敗するんだからよ……」


 と男はまた醜悪な笑みを浮かべ始める。


「どうせなら愉しまないと損だろ? アイツらが苦しむ姿を見るのは……ああ、ほんっとうに……面白かったぜ?」


 ひゃははははは、と男は高笑いを浮かべる。

 ギレイは目の前の男をただ見ていた。


 目の前の男は確かに人間である。

 

 笑いながら人を殺せる奴は本当に人間なのだろうか?


 ギレイには分からなかった。


「本当にさぁ!! 面白かったんだ! 人がゴミみたいに死んでいく様はさぁ!! どいつもこいつも『死にたくない!』って泣き叫ぶんだぜ? 命乞いって見たことがあるか? みっともなく泣き叫んで、敬語で俺に縋ってきて……最高の見世物だった……あの人が言ったとおりだっ――」


 男はそれ以上話すことはできなかった。

 ギレイの拳が男の顔面にたたき込まれたからだ。

 

 男は倒れ込み、ギレイはその上に馬乗りになる。

 また拳を振り上げる。

 男の悲鳴があがる。

 またギレイは拳を振るう。

 男の歯が砕け散る。

 

 ギレイはその日、人を殺しても良いと思った。


「……そこまでだ」


 と振り上げた拳を制止させる手があった。

 背後でグランがギレイの腕を掴んでいた。


「やめろ。そんな奴殴る価値もない」


 ギレイは背後にいるグランをにらみつけた。


「……この男を放っておくというのか?」


「まさか。ありえないだろ。必ず報いを受けさせてやるよ……だが、まだやることが……まだできることがある」


「できることなど……」


 何もないじゃないか、とギレイは周りを見回して思う。

 グランは溜息をついた。


「ま。俺も偉そうなことは言えねぇよ。実際さっきまでは呆然としていて動けなかった……今の状況じゃ何も力を持たない。役立たずだと言われてもしょうがねぇ。俺もアンタも……でもよ!」


 グランはギレイの腕を強く掴んだ。


「まだ! まだ! できることはある! 少なくとも……四つはある!」


 グランは叫んだ。


「一つ目! 彼らをきちんと弔う! 二つ目! まだ生存者がいないか探す! 三つ目! 黒幕を全員見つけ出してぶち殺して償わせる!……これだけの施設を一人で用意できるはずがねぇ……このカスの言葉からも他に黒幕は存在しているってのが分かっただろ!」


 男は『あの人の言った通り』と言っていた。

 確かに黒幕が男一人だけだとは考えづらい。


「四つ目。もう、これ以上、被害を出さないようにする!」


「……できるのか?」


「知らん! けどやるしかないだろ」


 グランはギレイの腕を掴んで無理やり立たせた。

 ギレイは仮面越しにグランの顔を見る。

 彼の目は真っ直ぐに自分を見ていた。


「やるしかないだろ……!」


 グランの言葉にギレイは頷いた。


 ……今はやることをやるしかない。

 結局それくらいしかできないのだから。


 ギレイとグランは生存者を探すことにした。


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