第27話 魔法使いの戦い
魔物を生み出す上位存在『魔族』。
魔族は自分たちの神から『人類滅亡』という使命を課された生命体である。
その使命を果たす先兵として魔族たちは魔物を生み出した。
人造人間『ギレイ』。彼は魔族の遊びで生み出された魔物に過ぎない。彼らの悪趣味な思索を満たすために、戯れで生み出された道具以外の価値がなかった。
魔物の総指揮官である魔王はギレイを助け、研究所の職員としての任務を与えた。
研究員としての日々でギレイは自分自身を改造した。時間はあり、自分の肉体を改造することへの抵抗もなかった。
何故、自分自身を改造したのか?
魔王軍での居場所を一時的に与えられたが、今の自分には何も価値がないとギレイは考えたからだ。
『価値を示した者にのみ居場所は与えられる』
魔王軍の共通理念。
全ての魔物は人類滅亡を達成するために存在している。その使命を果たせるほどの価値を社会に示さなければ、存在する価値などありはしない。
その理念に従い、当時の彼は自分が無価値と判断され捨てられても仕方がないと思ってはいた。
無用な存在は排除すべきだと、否定するだけの言葉を彼は持っていなかった。
ただ。自分の命は魔王に救われた命でもあった。
魔王に報いるためにも、生きることを決め、自分の価値を示す必要にかられた。
自分の戦力的価値を高めるために、ギレイは自身の改造を一心に進めていった。
自分には魔法の適性があったため、魔法の技術を磨くことにしたのだ。
結果。戦力として十分と言える個体へと成長した。
ギレイは基本的な魔法はもちろん、上級魔法と呼ばれる魔法もほぼ習得した。
更に『魔力操作』という特殊な魔法も習得した。
空間に存在する魔力を自由自在に操れる魔法。
――魔力は世界中に点在するエネルギーだ。人間などの動物は生まれながら魔力を持ち、木々や川にも魔力が溢れている。魔法使いは自身の体内の魔力を始め、周りに漂う魔力をも集め魔法を放つ。
魔力を操る。それ自体は特別な技能ではない。
ただギレイの『魔力操作』は魔法も対象にできる。
魔法は魔力同士が結合し、現象として魔法が形となる。
ギレイは魔力を操作して、魔力の結合を解くことができる。
強く洗練された魔法は結合を解くのに時間はかかるものの、対象の魔法を無効化できる魔法は、『対魔法使い戦』において圧倒的に有利に立てた。
◇◇◇◇
――研究所地下。
キャラバン襲撃、村人の誘拐。一連の事件を引き起こした黒幕を追うべく、ギレイ達は調査を続けていた。黒幕の根城と思われる研究所の地下にて『ゴーレム』との会敵。しかし難なく倒し、奥へと進んでいった。
続くゴーレムの戦闘や、魔法による結界、魔法による爆発などの罠。
それら全てギレイは『魔力操作』で無力化していった。
全ての障害を難なく突破し、ギレイ達は研究所の主の元までたどり着いていた。
広い部屋にその人間は隠れていた。
最初、部屋に入ったときは誰もいなかった。怪しげな実験器具や血みどろの寝台はあったが、人の気配はなかった。
だが僅かに魔力の反応を感じたギレイは部屋全体に『魔力操作』魔法を放った。
魔法の効果は部屋全体に及び、別の魔法の反応を感じ取った。
高度な魔法を操り、無効化するのは時間がかかる。
だから、ギレイは反応があった箇所に意識を集中した。
「【全て私の手の中に。意思を手放せ。『解けろ』】」
『透明』魔法。
文字通り姿を透明にする魔法。
その魔法をギレイは無効化した。
『透明』魔法が無効化され、隠れていた人間の姿が露わになる。
黒いローブを身に纏った、年老いた男だった。
男は舌打ちをして、グレンをにらみつける。
「なんだぁ。てめぇらは。勝手に俺の研究所に侵入したあげく、好き勝手に暴れ回りやがって? 治安維持部隊につきだしてやろうか?」
この国の守備兵の名前を男は口にする。
ギレイとグランは当然のように不法侵入なので、捕まる可能性は充分にある。
ギレイは動じず、仮面越しに男を見つめる。
「好きにすれば良い。だが、この研究所のことはどう説明する気だ? エルド政府に報告していない地下空間、使用用途が不明な研究資金。極めつけは政府からの許可を得ていないゴーレムの大量生産。しかも、ゴーレムの戦闘能力は政府が定めている規格からも大幅に逸脱している。
エルドの法に則れば終身刑が妥当だろう」
男はまた舌打ちをした。
全く面白くない、といった様子だった。
「くそが。なんだよ、お前達は。目的は? 金か? 金なら幾らでもくれてやるぜ」
「資金は重要だが、あいにく悪党の手垢がついた金は遠慮したい」
ギレイの言葉に「良いこと言うじゃねぇか」と背後にいるグランは頷いた。
「私が興味あることは一つだけだ」
ギレイは側の寝台を見つめる。
赤い血が大量にぶちまけられていた。
――行方不明になった村の人間や魔物。彼らは誘拐され何処かに閉じ込められている可能性が高かった。
そして男の奥の扉からまた別の、人と魔物の魔力反応を感じ取ることができた。
「その奥に彼らはいるのか?」
ギレイの問いを受けて男は唇を歪めた。
「教えねぇよ! バカが!!」
男の叫びに呼応して、部屋の壁を突き破り――また『ゴーレム』達が部屋に突入してきた。人間の大人と同じくらいの小型のゴーレム。しかし精巧な作りで、腕や足の関節は人と見分けもつかない。
(おそらく近接戦闘、肉弾戦に特化したゴーレムか)
「――グランッ」
ギレイは背後に控える冒険者グランに声をかける。
「ゴーレム達は私が片付ける。目の前の男――魔法使いは私が片付ける」
「了解だッ!」
グランは頷き、槍を魔法ですぐさま生成し、ゴーレム達と戦闘を始める。
ギレイは目の前の男と向き合う。
男は舌打ちをしたあと、殺気がこもった目でギレイを見つめる。
次の瞬間、部屋全体が真っ赤に照らされた。
男の目の前に赤く燃え上がる炎の玉が現れた。ゴウゴウと熱を発して部屋全体を紅く染める。
炎の玉は分裂しギレイを襲う。
「――――」
炎はギレイにたどり着く前に蒸気と共に消え失せた。
ギレイの足下から大量の水が湧き出し、流れる壁となり炎を消し飛ばした。
男とギレイは再び向き合う。
ギレイは目の前の男の力量を理解した。
大量のゴーレムを遠隔に同時操作できる技量。
何もないところから大量の熱量を生み出し、地下空間という条件下で炎を形作り、それを攻撃に転じることができる程の魔法の練度。
目の前の男は優れた――人間の中でも特に秀でた魔法使いなのだろう。
ギレイの下の地面が揺れる。
地面が隆起し、土が掘り起こされ、生き物のようにうねる。土が槍の形となり、ギレイを襲う――その前にギレイは『魔力操作』によって魔法の魔力結合を解く。
土はただの土へと戻り、バラバラと崩れ落ちた。
魔法で引き起こせる現象はそれこそ無限に存在する。
いかなる奇蹟も引き起こせるのではないかと言われる程に。物理条件を始めとする世界の摂理を飛び越えてあらゆる奇蹟を現実のものとする。
しかし現実問題、魔法使いの能力には限界があり、使える魔法にも限りがある。
その中で、優れた魔法使いは様々な魔法に精通している。火や水を生み出す自然現象を操る魔法に、『透明』になるといった特殊な魔法など。
優れた魔法使いは様々な魔法を扱えることができ、同時に魔法への対応策にも秀でている。
敵の火の魔法は自らの水魔法で打ち消す、といったように。
優れた魔法使いは、敵の魔法に対抗できる魔法も熟知している。
そして優れた魔法使い同士の戦闘は、お互いの魔法に対しての対応魔法を有していることが殆どであり、
結果として『魔法使いの魔力量』が勝敗を決定する。
ゆえに魔法使いは敵の魔法使いの魔力を削る。
罠をしかけ、時には『ゴーレム』といった兵士をけしかけて消耗させる。
既にギレイは多くのゴーレムを相手取って、消耗している、はずだった。
――しかし戦いの結果、魔法使いの男は倒れ、対してギレイは汗一つかいていない。
ギレイの魔法『魔力操作』。
敵の魔力を操り魔法を無効化できる。またギレイ自身は魔力をほぼ消費しない。尚且つギレイの魔力量は人間と比較すると多い。
対魔法使い戦においてギレイは優位に立つことができた。
目の前の男は魔法を唱えようとしても、魔力切れを起こして魔法を放つことができていない。
戦闘不能となった男を見て、ギレイは自分が昂揚していることを自覚した。
昂揚。感情の高ぶり。
魔王軍にいた時には知らなかった感情を獲得した。
(私は今。役に立っている。人間の社会の敵を相手に、人を守るために戦うことができている……!)
人のために戦うと決めた。
その想いを叶えられているという実感があった。
(あの子のために……私は……人を守る側に立てている)
悪くない気分だった。
男は舌打ちをして逃げだそうとした。
「――おっと。【『槍』】」
背後で全てのゴーレムを片付けたグランが魔法を唱える。
「【拘束しておけ】」
男の周りに、小さな槍が何本も生成され、それらが組み合わされ手枷となる。
枷となった槍は男の手足を拘束した。
男は身動きが封じられ地面に転がる。
(そんなこともできるのか)
とギレイはグランを見つめる。
ゴーレムを片付けたグランも疲労の色は見えない。
(いや、今はするべきことをしよう)
人を守るための戦いは継続中。
ギレイは男を見下ろす。
「さてと。もうお前が一連の事件の犯人だと疑っていない。誘拐した村人達のもとへと案内してもらうぞ」




