第26話 突入
よろしくお願いします。
冒険者。エルド発祥の武力集団。
冒険者達はギルドという組合を通して様々な依頼を引き受け、対価として金銭を受け取る。
冒険者の多くは荒くれ者が多く、彼らの中では結局の所『どれくらい強いのか』という価値観が重要視される。
強く、他者を蹂躙できる暴力を持つ人間がより上に立つ。
その冒険者の中でグレンは最強の冒険者とも呼ばれていた。
「――【槍】!」
とグランは自分の魔法を唱えた。
彼の目の前で魔力が迸り、赤い閃光のあと、同色の槍が生成されていく。
武器を構えたグランに対して、研究所の防衛機能である『ゴーレム』たちが襲いかかってくる。
ゴーレムは石や土を材料に生成された巨大な人型の兵器である。命と意思を持たないため、生命に見られる『痛みへの恐れ』や『暴力への抵抗感』といった感情は存在しない。躊躇無く命令を遂行し、自分の損傷もいとわず敵を破壊する。
ゴーレムの装甲は魔法によって強化され、強度は鋼をも上回るとされていた。
その強度を持った巨体が襲いかかってくる。しかも十体も一斉に。
統制のとれた百人規模の人間の軍隊もゴーレムのただの突進で壊滅される。
「――おらぁぁ!」
グランが投擲した槍はゴーレムの装甲をやすやすと貫いた。
心臓部のコアとなる部分を破壊されたゴーレムは機能を停止する。
しかし他のゴーレムは動きを止めない。グランに近づこうと足を速める。
次に一体のゴーレムが転倒した。
横の壁から一本の槍が生えていて、それに足を取られて転倒したのだ。
倒れたゴーレムの付近で赤い球状の光が幾つも浮遊していた。
グランが自身の魔力を球状にして飛ばしたモノだった。
「――【串刺しにしろッ! ぶっ壊せ!!】」
グランは古代語で自分の魔力に命令を下す。
魔力の玉がはじけ飛び、槍へと変わり、ゴーレムを串刺しにした。
ゴーレム達は一度動きをとめる。
既に大量の赤い玉が空気に漂っていた。
次の瞬間にゴーレム達は全て槍によって串刺しされた。
背後でのグランの戦いをギレイは見ていた。
グランは汗一つかいていないし、魔力切れの様子もない。まだまだ余力を残しているように見えた。
ゴーレムは魔王軍の大規模な作戦で主戦力として投入される兵器である。人間の集落を単騎で破壊できる、というのが魔王軍におけるゴーレムの戦力評価である。
それが10体。人間一人に呆気なく倒された。
(あれが最強の冒険者か。なるほど、闘争では人間を滅ぼせないと魔王軍が判断するわけだ)
人間の脅威を目のあたりにして、ギレイは改めて納得することがあった。
単純な戦力差では既に人類は魔物側を上回っている。
――人類の歴史が始まった時。世界に発生した人間という種は脆弱な生命体でしかなく、魔力も有していなかった。
しかし魔物との争い、そして人同士での戦闘という歴史を重ねる中で、人という種は進化していった。
魔物と同様の魔力というエネルギーを獲得し、それを洗練させ、魔法を扱えるようになった。魔物にはない社会という生態系をも形成し、群体としても魔物を凌ぐ生命体へと進化していった。
一個体としても例外とも呼べるほど強大な力を持つ人間も存在する。グラン以外にも、『勇者』や『聖女』といった単騎で魔王軍四天王に匹敵する力を持つ人間の数々。その総数も100は超えるだろうと魔王軍の研究所は結論を出している。
ギレイも資料では知っていた。魔物よりも脅威となる人間が存在していることを。
しかし目の前の光景によって改めて実感させられた。
グランの魔法は『槍を生成すること』、それだけである。
ただ槍の練度は桁違いな上に応用も利く。
並の魔物――魔王軍の一般的な兵士ではまず相手にならないだろうし、ギレイも真正面から戦えばまず勝ち目はないだろう。
(どちらが化け物なのか分からなくなるな、全く)
ギレイは思わず溜息をつく。
既に自分の方はゴーレムを片付けていたので、戦闘を観察するヒマがあったのだが、憂鬱な気分になったので見るんじゃなかったとも思った。
――グランの戦闘が終わるほんの少し前。
グランも背後で行われる戦闘を、少しだけ見ていた。
グランは戦闘中によそ見をしてしまった。自分の相手はゴーレム。人間にとっては充分脅威の魔物である。接近を許せば、その怪力で人間の体なんて簡単に握りつぶされるのだ。
それでもグランは背後の戦闘を見てしまった。
それに戦闘は一瞬で終わった。
5体のゴーレムに対してギレイは魔法を放った。
「【――解けよ】」
その呪文のあと、ゴーレム達は形が崩れ始め、一瞬で元の土と岩に戻っていった。
本当に一瞬でギレイはゴーレムを片付けてしまった。
その後グランもゴーレムを倒し、倒した数はグランの方が10体と多かったけれど。
ギレイならば全てのゴーレムを同じように一瞬で倒せただろう、とグランは予測していた。
自分の戦闘を終えて改めてギレイを観察する。
(……対象の魔法を無効化する魔法ってところか。この地下室に入る前も錠前の結界を難なく解いていた。普通にやべぇ魔法じゃねぇか!!)
グランは手に持った自分の槍を眺める。
自分の槍は魔法の産物である。
つまりギレイの魔法無効化(仮)の対象である。
もし彼と対峙することになった場合、自分は丸腰にされることを想定しておかないといけない。
そうギレイと対峙する場合。そのような事態になるかもしれないとグランは覚悟していた。
何故か?
(怪しいんだよなぁ。悪いけど)
グランの前に突如として現れた人造人間。
魔王軍の元兵士だが、今は人類のために戦うという。
だがどうして人類のために戦うのかという理由や、素性については一切明かさなかった。
めちゃくちゃ怪しいと言わざるをえない。
素性を隠すために付けている白面の仮面が更に怪しさを際立たせている。真っ白の面に、両目の所に切れ目が付いているもので、普通に不気味だった。
魔王軍四天王『龍』ラグナ公の推薦でなかったら、こうして協力して戦うなど考えられなかった。
グランと龍の付き合いは長く、お互いに信頼はしていた。龍の一族である『リザードマン』達とも交流はある。
しかし基本的には相手は魔物。
魔物は人類の滅亡を目的とした生物、つまりは人類の敵。
実際にグランも何度も魔物と戦ってきた。
基本的に信頼しすぎるのは危険だ、というのがグランの持論だった。
それに目の前の人造人間は充分に脅威と言える。危険な魔法を持ち、未だに目的が分からない。
お互いに戦闘を終え、グランはギレイに近づく。
油断のならない魔物を前にしてグランは気を引き締めた。
同時に、微かに胸の高鳴りも感じていた。
(だが、まぁ。手強くて、尚且つ敵になる魔物がいてくれるのは嬉しいことじゃねぇか)
10年前から魔物との戦闘回数は減っていった。魔物が人を襲うことは殆どなくなったのだ。
しかし、こうして敵になるかもしれない魔物がいてくれる。
敵がいることにグランは喜びを覚えた。
グランは別に戦闘が好きというわけではない
だが自分のような人間が必要とされるのは『化け物』退治くらいだ。
強いことが取り柄の人間が社会に必要な場面は限られてくる。
それに魔物――化け物が世界からいなくなってしまえば、次の、そのまた次くらいに『化け物』と見なされるのは自分かもしれないという諦めもあった。
世界から排除されるのは寂しい、とグランは思う。
結局のところ一人は物足りないし、居場所がないのは寂しい。
なので無法者が群れやすい冒険者なんぞやっているのだ。
「――どうした?」
とギレイが尋ねてくる。
グランははっと笑った。
「いんや。行こうぜ、先生」
二人は頷いて、お互いに距離を取りながら奥へと進んでいった。




