第21話 四天王
よろしくお願いします。
魔王軍の兵士、人造人間のギレイは人間の少女ミシェンのため、人類側に立ち、人類のために戦うと決めた。
しかし人類は1000年後に滅んでしまう。魔王軍のある作戦が成功したためだ。
人類を救うために、まずは人類滅亡の真相を知らなければならない。
人類滅亡の詳細を知るためには、情報開示の許可を魔王軍四天王から貰わなければならない。
四天王に取り入り、情報開示の許可を得ることが、ギレイの当面の目標となった。
四天王とは四体の魔物で構成される魔王軍の最高幹部。その四天王の上には総指揮官である魔王を頂くのみ。
高い能力を有し、人類を常に脅かしてきた魔物達だ。
四天王も人類に何度か敗れ代替わりを繰り返しており、現在に存命しているのは三体。
(この三体の中から私が接触できる魔物は誰かを考えなければならない)
ギレイは自室で一人、資料を広げていた。
紙の資料には四天王についての情報が記載されている。
一体ずつ確かめることにした。
一体目は『鬼』と呼ばれる人型の魔物。
人に似た容姿をしているが、皮膚は青く、頭には二本の角が生えている。
魔王軍の中で個体としては最高レベルの戦闘能力を有している。
強い人間と戦うのを好み、人間の中で突出した個体――英雄とも呼ばれる人間を見つけ出しては殺して回った。人類からは『英雄殺し』とも呼ばれ恐れられていた。
(『鬼』。彼女は世界各地を流浪しているため、魔王様ですら居場所を把握しきれていない。何しろ魔王軍随一の気分屋でも知られている……私と会話してくれるかさえ怪しいな)
ギレイは『鬼』への接触は諦めることにした。
次。
二体目は『蟲』。
虫の姿をした魔物らしいが、その姿をギレイは見たことがない。正体は魔王様以外に見たことがないとも噂されている。基本的に『通信魔法』でしか他者と会話もしない。
常に影に潜んでいる謎が多い魔物だ。同時に魔王軍にとっては欠かせない存在で、『転送魔法』は蟲にしか使えない。転送魔法の発動には条件が幾つもあるが、遠距離の移動を可能にするという重要な魔法だ。
蟲に協力をお願いできるだろうか?
(難しいだろうな。『蟲』は常に気難しい性格で、私の頼みなど断られてしまうだろう……それに理由は分からないが、どうも私は嫌われているからな)
何度か会話はしたことはあったが、露骨にイヤそうな声だったのを思い出す。
ギレイは『蟲』への接触も諦めることにした。
次。
三体目は『龍』。
はるか昔から存在している太古の魔物。名前通り龍族の一体であり、人類側の伝承にも彼の姿は描かれている。
彼は例外的に元から『人類への憎悪』を有していない。人間を支配するというアプローチで生まれてきた。長い歴史の中で彼は時に人類を支配し、時には友好的に接してきた。
人類の滅びが確定したあと。彼は本格的に人との交流を図っていると聞く。彼の血を引く魔物『リザードマン』たちも龍に倣い、人間の冒険者たちと同盟を結んだそうだ。
(……取り入るのならば彼なのだろう。人間に対して友好的な態度を取っていることも、私にとっては好ましい)
ギレイは『龍』に接触することを決めた。
彼は四天王の資料を片付ける。そのときに一枚の紙に視線が移った。
そこには既に死亡した四天王の情報が記載されていた。
――四天王『獣』
すでに、この世界には存在しない魔物だ。
あらゆる魔物が合成して生まれた魔物であり、決まった姿を持たない。
様々な魔物の姿を変えて、何度も人類の歴史上に脅威として現れた。謀略を張り巡らせ、人の世に混乱をばらまいてきた。
しかし一年前。王国の魔法使いによって討伐された。
――四天王『獣』とギレイは面識があった。
ギレイが魔王軍の研究所に勤めていたとき、何度か獣が――彼が訪ねてくることがあったのだ。
研究所にやってくる獣は、人と同じくらいの大きさに変身していた。二足方向で、体も腕もあって、ベースは人に近い形状をしていた。
しかし頭部は大きな犬のような形状をしていて、右目の部分は空洞で、左目は顔の半分を覆うほど肥大していた。
体から伸びる腕は何本にも枝分かれして、それぞれが別の生き物のようにうごめいている。
『獣』は人間や他の生物を取り込み、自らの一部とすることができた。そういった肉体を彼はあえて醜く改造する。
生命の価値はこんなものだと、言わんばかりに。
ある日。獣はギレイに一つの問いを投げかけてきた。
『――人類の滅びの定義は何か?』という問いだ。
ギレイが答えに窮すると『獣』は勝手に話し始めた。最初から答えは気にしていなかったらしい。
獣は懐から、人間の手のひらサイズの小瓶を取り出した。小瓶の中には灰色の砂が敷き詰められていた。小瓶が揺れると、中に入った砂もサラサラと揺れ動く。
砂の正体は魔法によって変質された人間だと、獣は語る。
しかも魔法によってまだ生きている状態らしい。個体としての意識も継続し、意思と思考も持ち合わせている。やりようによっては分裂し、個体を増やすことも可能らしい。
獣は『この状態でも人だと言えるのか?』と問うてきた。
ギレイは首を振った。流石に今の物体を人間だと認めることはできなかったのだ。
獣はギレイの答えに満足したようだった。
「この状態でも確かに生命活動は続いている。しかし人とは呼べないだろう。もう全く別のモノだ。
――有史以来、魔王軍は何度も人類という生命を根絶やしにしようとしてきたけれど、全ての試みは失敗してきた。まるで別の大きな力に阻まれるように、我々の作戦に対抗しうる戦力が人類に誕生してきた。
この現象を魔族は『対の理』とも呼んでいる。人類側の神か、それとも別の大きな存在によって人類の滅亡が回避される現象だと。
人類という生命体を根絶やしにすることはどうにもできないようだ」
獣は小瓶を目の前で振って見せた。
「だからこそ別のアプローチが必要だった。全く別の形で人類を滅ぼす作戦が動いている。
この粉のように、人類が全く別のモノに変わってしまえば……人類という社会が存続できなくなってしまえば……それもまた人類の滅びだと言えるんじゃぁないのか?……まぁ、お互いの神がどう判断するかは分からないが」
獣はそう言って小瓶の中身を床にぶちまけた。
小瓶の中の砂は床にこぼれ落ちて――外気に触れたからだろうか――蒸発して消え去った。
砂になった人間は死んでしまった。
獣は砂が落ちた箇所を執拗に踏みつけてみせた。
……もし彼が存命であってもわかり合えることは不可能だったとギレイ思う。
――とにかく方針が決まった。
ギレイは四天王『龍』に取り入るための作戦を実行することにした。
龍と接触するに当たって、まず自分に興味をもってもらう必要があった。ギレイは魔王軍の一兵士にすぎない。龍は自分のことなんて認識すらしていないだろう、とギレイは予測していた。
まず自分に興味を持ってもらう。そのためのアプローチとしてギレイは一本の論文を執筆した。
『人間の生活を模倣することによる利点及び欠点』という内容だ。
ギレイが経験した10年間の人間生活。それを模倣したことで得られた新たな視点・価値観・心理的な充足……また同時に懸念される問題点についてまとめた。
書き上げた内容は『通信魔法』を通じて魔王軍の研究資料に格納した。興味のある魔物であれば誰でもギレイの論文を読むことができる。
おそらく龍は興味を持つだろうと予想した。
そしてギレイの予想通り龍から連絡があった。
その後は通信魔法を用いていくつかやりとりをした。どうにか気に入ってもらえたようで、数ヶ月の交流が続いた。
そして三か月後。
龍から直接会って話したいと誘いを受けたのだ。
『お主に頼みたい仕事がある』
と直々に依頼された。
しかし、その依頼はどうも時間がかかる類いのもので、更には指定された場所は自分の村からかなり離れた場所にある。
一時期的にとはいえ、村を離れなければならない。
ミシェンとの暫しの別れが近づいていた。




