第20話 聖戦
お休みの日なので書いたので投稿します。
今回から第二章です。また今回から小説の形式は三人称になります。
場面の区切りに◇をいれています。
今回の最初の部分は一章の振り返りとまとめです。
(一章を読んでいなくても大丈夫な風に書いていきたいです)
よろしくお願いします。
インテグラ王国の西方。他国との国境に位置する小さな村。かつては寂れていた村だったが、今では人口も増えて活気に満ちている。10年前から全国的に魔物による被害が減少傾向にあり、その影響で国内の交流が盛んになったからだ。人との交流も頻繁に行われ、村への入居者も増えた。
その村にある一軒家には一人の少女と一体の人造人間が住んでいた。
人造人間はギレイと名乗り、人間の医者として正体を偽って村に住んでいた。外見は人間の男性と見分けが付かない。中性的な顔立ちで、薄い青色の髪、小柄な男性の姿をしている。
彼はもともと魔王軍に所属する魔物の一体である。
そんな彼がなぜ人間の村で生活するようになった理由は、共に生活する少女にある。
少女の名前はミシェンといった。10年前。村の側にある森をギレイが歩いているときに、赤子を見つけたのが彼女だ。母親は崖の下で死んでいた。
少女には身寄りが無かったため、ギレイが預かり育てることとなった。ミシェンという名前は村の教会で名付けて貰った。
少女に『人間として相応しい居場所』を提供するためにギレイも人間の真似を始めた。村に家を構えて、医者として人間社会に溶け込み、ミシェンを育てた。
ミシェンが成長して、より相応しい居場所を見つけるまでは面倒をみるだけ。ギレイはそのつもりだったが、少女に対して執着めいた感情を持つようになった。
ある日。ギレイが魔物であることがミシェンに露見することとなった。更にギレイは暴走しかけてミシェンを危うく傷つけてしまうところだった。
関係は破綻したかに思えたが、ミシェンはそれでもギレイと共に生きることを選択した。
その答えを受けてギレイも少女と共に生きることへの覚悟を決め、ある決心をした。
『自分は人類の側に立つ』という決意を。
――人類は1000年後に滅ぶ。魔王軍が水面下で進めていた作戦が実を結び、1000年後に人類という種は途絶えてしまう。
人類の側に立つ、と決めたギレイは人類の滅びに立ち向かうことを決めた。
◇◇◇◇
ギレイとミシェンが住む家。ギレイの個室。
ギレイは椅子に座り、机の前で魔法を発動するための準備を進めていた。机の上に大人の拳くらいの大きさの宝石を置く。紫色で透き通っている石だ。この宝石は魔力を大量にため込んでいるため、魔法を発動させるための触媒となる。
机の上には一枚の洋紙が広げられていて、その紙には複雑な幾何学模様が描かれている。これも魔法を発動させるための術式が刻まれていた。
ギレイは古代語を口ずさみ、魔法を発動させる。
【私の声を彼方へと届けよ。彼方からの声を私に届けよ。彼方は私の近くに】
遠くにいる相手と会話するための『通信』魔法である。洋紙に描かれた文様が紫色に光り、側に置いて宝石が小さく震え始める。
宝石の震えは次第に大きくなっていき、震える音と混ざって、宝石の奥からザーザーという騒音が聞こえ始めた。
そして宝石の震えがピタリと止まると同時に、宝石の方から声が聞こえ始めた。
『―あ。ああ。僕の声は聞こえている?』
人間の女性のものらしい声が聞こえた。しかし声の主は人間ではない。
ギレイは頷いて声の主へと話しかける。
「ええ。聞こえています。私の声は聞こえていますでしょうか、魔王様」
『ん。大丈夫だよ』
通話の相手は魔王と呼ばれる、魔物達の主だった。
魔王は巨大な怪物の姿をしているが、ときおり人間の女性の姿に変身していることがある。今も人間に変身しているのだろう、とギレイは思った。
「お忙しいところ、お時間を割いて頂きありがとうございます」
『いいよ。忙しいから少し気分転換したかったからね』
と魔王の笑い声が宝石から聞こえてきた。
笑う、なんて随分と人間的なコミュニケーションを取るな、とギレイは思った。そして昔から魔王様はよく人間の姿になっては笑っていたと思い返した。
魔王はギレイの直属の上司でもある。本来は廃棄予定だったギレイを助けて、魔王軍の研究所の職を与えたのも魔王だ。それ以来、個人的に付き合いもある。
『それで。ギレイ。僕に何か頼みがあるんだっけ?』
事前にギレイは魔王に『お願いしたいことがある』と連絡を取り、時間を割いて貰っていた。
ギレイは宝石の方を真っ直ぐに見て、口を開く。
「はい。今回は魔王様に折り入ってお願いがあります。私は人類滅亡の詳細について知りたいのです。なぜ人類が滅亡するに至ったのか? その原因と作戦の詳細についての情報開示を求めます」
人類は1000年後に滅ぶ。魔王軍のある作戦が成功したからだ。
10年前に魔王によってそう宣言され、全ての魔物は任から解けられた。
ただその滅びの詳細は殆どの魔物に知らされていない。もちろんギレイも。
しかし全ての魔物はその事実を受け入れた。ギレイも当時は疑問に思わなかったが、今は違う。
人類の滅びを回避するために、その滅びについて詳しく知らなければならなかった。
ギレイの発言に対して、しばらくの間があった。
通信魔法ではお互いの声を届けるだけなので相手の顔までは見えない。遠くにいる魔王はどんな表情をしているのだろうか、とギレイは考えた。
ただギレイ自身はとても緊張しているので、顔を見られなくて良かったとも思った。
少しの間を置いて、魔王からの返答があった。
『――なるほど。君の要望は分かったよ。ただ残念ながら、叶えてあげることはできないな』
とギレイの要望は却下された。
彼は諦めず食い下がってみることにした。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
『残念ながら機密事項なんだよ。僕以外には四天王と、四天王から情報取得の許可を貰った者にしか開示できないんだ。分かってくれるね?』
魔王の言葉は柔らかかったが、通信越しでさえ有無を言わせない迫力もあった。
これ以上は食い下がっても無駄だろうと、ギレイも潔く諦める。
それに十分な収穫はあったとギレイは考えた。
主な収穫は二つ。
一つ目はギレイにも人類滅亡に関する情報を入手することができる、ということだ。
魔王は四天王からの許可をもらった魔物であるならば、情報を入手できると語った。
四天王に取り入り、彼らから情報開示の許可を入手する。
(これが当面の目標になりそうだな)
とギレイは思った。
そして二つ目の収穫は、人類滅亡の情報は魔王軍の魔物達にも意図的に秘匿されているということだ。
なぜ秘匿されているのか?
魔王軍の魔物達にも知られては不都合な情報だから、と推測が立つ。では不都合な情報とはどのような情報なのか?
(……例えば私たち魔物にも反感を抱かせるようなシロモノなのかもしれない)
とギレイは思案を巡らせてみる。
人類滅亡の真相について彼なりの推論はあったが、結局は推論でしかない。
やはり当面は四天王に取り入り、真相を知ることが確実なのだろう。
ギレイの考えを読んだのか、再び魔石から魔王の声が届く。
『ま、頑張ってみなよ。四天王の仕事を手伝ったりすれば、彼らから許可も貰えるんじゃないかな。君の能力を持ってすれば難しいことではないと思う』
――なぜ人類滅亡の真相を知りたいのか、と魔王は聞いてこない。
ギレイが人間の少女と共に暮らしていることも、その少女に対して愛情を抱いていることも魔王は把握している。魔王に自分の詳細が把握していることを、ギレイも知っている。
このタイミングで人類滅亡の真相を知る理由なんて一つしかない。
人間の少女のために人類滅亡を阻止しようとする。
(魔王様も私の目的については予想できているだろうな――その上で、やはり私の行動を容認している)
全ての魔物は人類を滅ぼすという目的から、魔族と呼ばれる上位存在たちから生み出された。魔物は人類を滅ぼすという共通の目的意識を持った兵士であり、生まれた段階で『人類への憎悪』を感情に組み込まれた生物でもある。
しかし人類の滅亡が確定した今。魔物の存在意義は失われた。
自分たちが何もせずとも人類は1000年後に滅ぶ。
しかし未だ魔物たちは存在している。生きる意味はなくとも世界に存在してしまっている。
魔王はその現状を打破し、魔物達に別の道を示そうとしている。
種族としての新しい未来を。
今までの魔物は人類滅亡を実現するための駒でしかなく、各自に任される作戦を遂行するための能力・人格が与えられたが、それ以上のことは求められなかった。
それ以上の価値は求められず、魔物自身も求めることはない。
魔王は魔物達が自分たちの新しい価値を見いだせるよう様々な施策を打ち出した。
基礎的な教養や専門的な知識を学べる教育制度の整備。
自我形成の推進策として、『自分に名前を付ける』文化の推奨。
魔物同士の持続可能なコミュニティの形成の援助。
そして決して表向きに公表はしていないが、人類と共存すること、そして魔王軍へ敵対することすら容認している節すらある。
人類と共存する生活は既に四天王『龍』と彼の一族が実現しているが、それを咎める様子はない。
また人類滅亡が確定したあと、魔王軍を離反した一派も存在しているが、彼らのことも容認している。
『魔物たちは人類を滅ぼすという統一された目的だけを持つ集団ではなく、多様な価値観を内包した種へと変化しなければならない』
人類滅亡が確定した後の演説で魔王は語った。
(私の行動も彼女にとっては予想の範疇なのだろう)
とギレイはそう認識している。
◇◇◇◇
ふぅ、と魔王の溜息が魔石を通して聞こえてきた。
「魔王様。お疲れのようですね」
とギレイが尋ねると魔王も返事をする。
『ああ。まぁ、ね。色々とやらないといけないことが山積みなんだ』
「……人類側からの宣言の件でしょうか」
『うん。面倒なことになったよ』
話題にあがったのは、先月、人間社会で起きた出来事のことだ。
人間社会でも最も大きい影響力を持つ、『三大国家』と称される三つの国がある。その一角の宗教国家カルラを主導に三大国家による『全ての魔物を殲滅する』という宣言が全世界に向けて行われた。
彼らはこれを『聖戦』と称し三大国家連合による魔物の殲滅を実行していく。
人類の領土内にいる適性魔物の殲滅と、及び魔物の拠点である『魔王城』が存在する南大陸の侵攻が主な計画だ。
現在、人類はそのための協議・準備を実施している最中らしい。
当然のように魔王軍も対応を迫られる。
『人類が滅ぶのは1000年後……正確には990年後だけれど、その間は人類も存在し続けるし、彼らの脅威は消えていない。人類の中には魔物を遙かに凌ぐ個体も存在している。群体としても充分に脅威だ』
魔王の言う通り、今では人類の強さは魔物を凌いでいる。
一個体としても王国の勇者や宗教国家の聖女、または新興国家の一流冒険者。彼らは単体で魔王や四天王とも渡り合える力を持っている。普通の魔物では相手にもならないだろう。
更には群体としても王国の騎士団を筆頭に、魔王軍を殲滅できる戦力を人類は有している。
これまで魔物が全滅していなかったのは人類が団結していなかったという点が大きい。
しかし今。人類は団結し魔物を殲滅しようと動いている。もちろん長い歴史の中では人類が団結してきた事例はあったが、最終的には失敗に終わっている。
今回の団結は果たしてどうなるかは分からないが、少なくとも魔王は『十分な脅威』と見なしている。
『言っておくけれどギレイ。君が気にすることは何もない。他の魔物にも自分の好きなように行動するよう言っているしね』
「……いえ。流石にそれは」
自分が属する種族が危機に陥っているというのに何もしなくて良いのだろうか?
ギレイは魔物という種族に思い入れはないにしても、流石に気がかりではあった。
『いいんだ。君たち魔物は自分の将来を大事にして欲しい。その行動が魔物という種族の未来に繋がると僕は信じている。僕からの命令だ』
「……分かりました」
魔王の言葉にはまたも有無を言わせない力があった。
話はこれでおしまいだろう。
『――さてと。僕も次の仕事があるからね。今日の会話はこれでおしまいで良いかな?』
「ええ。お忙しいところ、ありがとうございました」
ギレイは頷いて通信魔法を解除しようと、宝石に手を伸す。
『ねぇ。ギレイ』
しかし魔王の声が聞こえてきたので、ギレイは動きを止めた。
「なんでしょう?」
『これは僕が通信魔法を切り忘れた後の独り言だと思って聞いて欲しいんだけど』
「無理があると思います」
『一度やってみたかったんだよ。良いから聞いてよ』
「はい」
ギレイは魔王の独り言に耳を傾けることにした。
『――僕はね。魔物のみんなが幸福になれることを望んでいる。しかし、どうやったら幸福になれるか、という価値観すら今までの魔物達にはなかった』
「…………」
『幸福とはどのような状況なのか? 個人が獲得した想いや願いが報われる状態がそれだと、僕は考えている。
みんなには、自分なりの想いや願いを持って欲しいし、それが報われて欲しい――僕はそう思っているよ』
「――はい。ありがとうございます、魔王様」
『……独り言だから返事しないで欲しい』
無茶言わないで欲しい、とギレイは思った。
どう考えても独り言の類いじゃなかっただろ、とも思った。
『はい。独り言おしまい。じゃあね』
と言って通信は切れた。
ギレイも通信魔法を解除する。
部屋に一人になる。
ふぅ、とギレイは椅子にもたれかかり溜息をついた。
環境は大きく変わっていくが、自分がやらなければならないことは明確になった。
人類滅亡の真相を知るため、その情報開示の許可をもらうために四天王に取り入ること。
「……さて。やれることからやっていこうか」
とギレイは呟く。
当然、返事はなかった。
ありがとうございました。
続きはまた書ければ休日に投稿したいです。




