第19話 すまない。やはり未来が欲しい。
よろしくお願いします。
私とミシェンが再び共に暮らすようになって三ヶ月が経った。
その日々の中でミシェンは変わった。
彼女はより熱心に勉学に励むようになった。いや。今までも勉強は真面目にやっていたが、熱の入りかたが違う。特に魔法の上達は目を見張るものがあり、既に中級魔法もいくつか取得するに至った。中級魔法はより実践的な魔法であり、王国騎士団の魔法部隊入隊の最低条件ともされている。冒険者としても中級魔法を使える魔法使いは重宝されている。
魔法にも限らず、一般教養から専門的な歴史学・数学・言語学……。ありとあらゆる知識を吸収している。
更には体も鍛え始めた。村の冒険者に頼み込んで、空いている時間に稽古をしてもらっている。
見ていて心配になるほどだ。
しかし彼女は弱音を吐かず鍛錬を続けている。
「ギレイと一緒に生きる為に強くなりたい」と彼女は言った。今まさにそれを実戦しようとしているのだろう。
私と一緒にいることで、どんな類いの困難に見舞われるかは分からない。ゆえに、どんな困難にも対応出来る能力を身につけようとしている。
そういった彼女の姿勢、生き方は尊いと思う。
愛おしいと感じる。
いや別に彼女が何も努力していなくても、何を成さなくとも私は同じことを思うだろう。
彼女が大切だと私は気づいた。
しかし人間である以上、彼女は死ぬ。
それに対して人造人間である私の耐用年数は長く、無理をしなければ……おそらく1500年は稼働すると思う。
ミシェンは私より先に死んでしまう。
…………それは。
それは仕方が無いことだ。人はいずれ死んでしまう。
とても悲しいけれど自然なことだと思う。
しかし、1000年後。
人類そのものが消滅してしまう。
…………彼女がいたという痕跡が跡形もなく消え、なかったことにされてしまうのではないだろうか?
ミシェンが結婚して子供が出来たとして、その子孫も消えてしまう。
いやミシェンが結婚してなくても、彼女の痕跡は必ず世界に残る。人が生きるというのはそういうものだと私は理解している。しかし人という種が滅べば痕跡も消えてしまう。
………………それは
イヤだ。
私は人という種族より長く生きる。
その残りの生を、人が滅ぶのを看取るために使うなんて耐えられない。
それに人類の滅亡が1000年後だとして。
その滅びは1000年後に突然現れるとは考えにくい。魔王軍の作戦が成就した成果だと聞いているが、その作戦自体はかなり前から動いていたのだ。
今この瞬間も人類の滅びは進んでいる。
未知の病気の蔓延、自然環境の変化、国家間の大規模な戦争……滅びをもたらす現象数多く思いつく。
その滅びが徐々に進んでいるとしたら、ミシェンに危害が及ぶ可能性も0ではない。
……私は彼女を守りたい。
彼女がいなくなった後も。
……私は魔王軍に思い入れがあるわけではない。
基本的に研究所にいて、他の魔物と交流も少なかった。
ただ魔王様には恩がある。
自分の命を救ってくれて、更には尊厳も守ってくれた恩が。
――今でも魔王様と出会った時のことを覚えている。
人造人間の研究は一時的に凍結され、私という人造人間は廃棄される予定だった。培養液が入った試験管の中で私は眠り、次に目を覚ますのは自分が死ぬ時だと思っていた。
しかし目が覚めたとき、私は外の世界へと連れてこられた。
目の前には人間の姿に変身した魔王様がいた。
彼女は廃棄予定であった私の管理権限を手に入れて、私を救ってくれた。更には研究所の管理という仕事も与えてくれた。
……ただ。当時の私は嬉しいとは思えなかった。
自分は『無駄』と判断された生命体だと認識していた。
生きている意味なんてない。と思っていた。
実際に私は魔王様に「自分は生きている意味はあるのか?」と質問した。
そのときに魔王様がかけてくれた言葉は今でも覚えている。
「……僕にも分からない。生きる意味がある、なんて僕も強くは断言できないよ」
ただ、と彼女は続けた。
「生きる意味はあって欲しいとは願っている。少なくとも僕はね」
……その言葉を今でも覚えている。
少なくとも、ここに。自分の生存を望んでくれている人がいたのだと、救われた気持ちになった。
魔王様には感謝してもしきれない。
――その恩を私は仇で返すことになる。
すまない。私はやはり人類の未来がほしい。
この日。私は人類の滅亡を防ぐことを決心した。
人の側に立ち、魔王軍に反旗を翻す決意を。
今回の話で第1章が終わります。
次回から第2章です。
また申し訳ないのですが第2章から小説の形式は三人称になります。
主人公は変わらずギレイです。
よろしくお願いします。




