第18話 生活の変化(※ミシェン視点)
ブックマークありがとうございます。
ギレイとまた一緒に暮らし始めて一ヶ月が経ちました。
この一ヶ月で私たちの生活に変化が起きました。
例えば、学び舎の授業が終わり、私が家に帰ってきたときのことです。
「ただいま帰りました!」
と私が家の中に入るとギレイが出迎えてくれます。彼は必ず「お帰り」と言ってくれます。これまでは今まで通りの日常。これだけでも充分に嬉しくて幸福だけれど、変化がありました。
「お帰り。ミシェン」
とギレイは微笑んで、私を出迎えてくれるようになりました。
ギレイは良く笑うようになりました。
今まではずっと無表情で、怒ったり悲しんだり、ましてや笑ったりは一切しなかったのに。
彼自身も自分の変化に驚いているようで「私にこんな機能があったのか」とも言っていました。
ギレイは村の人と話すときも良く笑顔を浮かべるようになりました。彼の無表情は村でも有名だったのでみんな驚いていました。
……余談ではありますが。
ギレイは私から見てもビックリするほどの美形なので、そんな彼が急に笑顔を浮かべるようになったら、それはもう大変でした。今までも水面下で人気がありましたが、その人気に拍車がかかってしまいました。
この前も村の冒険者さんに求婚されていました。
ギレイは申し訳なさそうに断っていましたが。
とにかく。ギレイは良く笑うようになりました。
表情の変化だけではなく、言葉遣いも以前と比べると柔らかくなったように感じます。
ただ。変化と言えばそれくらいで、後は今までと変わらず優しいままだと思います。
「――ミシェン。無理はしていないか?」
いつもの魔法の特訓の後。ギレイは私を気遣ってくれました。
今日の特訓では中級魔法と呼ばれる、より高度で魔力を使う魔法を使ったので確かに私も疲れました。
「はい。少しは。でも無理はしていないですよ」
私も正直に自分の体調を伝えることにしました。
ギレイは屈んで私と視線を合わせてくれました。
「なら良い。……ミシェン。手を握っても良いか?」
私が頷くと彼は私の右手を取り、自身の両手で包み込みました。
先ほど水魔法を使ったせいか私の手は冷えていましたが、ギレイが温めてくれています。
「あまり焦るな。君の年齢で中級魔法を使えることは充分に凄いことなんだ」
彼は真っ直ぐに私を見て、優しく笑いました。
私もギレイの目を見て言いました。
「心配をかけてごめんなさい。でも私、今できることを精一杯やりたいんです。もっと強くなって色んなことが出来るようになりたい」
そこで少し迷いました。
自分が今、考えていることを口に出すことはギレイを困らせてしまうのではないかと。
……でも私は自分の考えを言うことにしました。
「多くの問題を解決できるようになりたい。ギレイが抱えている問題も、私たちが直面している問題――人類の滅亡という問題も」
人類の滅亡。
口に出しても実感がまるでわきません。
ただギレイの表情を見て、本当に起きる問題だということも分かりました。
「やはり気づいていたか」
「はい。ギレイ達、魔物が人と敵対しなくても良くなった理由を考えていました。考えてみても『人類を憎む必要がなくなった』という理由しか考えつきませんでした」
ではどうして人類を憎む必要がなくなったのか?
いずれ人類が消えることが確定したからではないでしょうか?
ギレイは全てを話してくれました。
「――私が聞いているのは1000年後に人類という種がいなくなる、ということだ。滅びの原因も、どのような種類の滅びかも知らされていない。しかし全ての魔物の任務が解かれた以上、『人類が滅ぶ』という確信を魔王軍は持っていることになる」
「防ぐことはできないんでしょうか?」
「……人類は確実に滅ぶ、と魔王軍は確信している」
「では魔王軍はそう確信している、というだけですよね。
まだ私たち人間にできることがあるかもしれない」
私の言葉をギレイは黙って聞いてくれています。
私は自分の言うべき言葉を探します。
「……私なんかに人類滅亡を解決できるなんて考えていません。私にできることなんてきっと本当はないんだと思います。
でも……それでも私は何か出来るようになりたい、と思っています」
少なくともギレイが私を見て、ときおり悲しそうな、何かを謝るような顔をしなくても良いようにしたい。
人類が滅ぶ責任を彼は感じているように見える。
……言ってみたら、無力感が襲ってきました。
私なんかには何も出来ないと。
「……すみません。出来る力も無いのに偉そうなことを言ってしまって」
そこでギレイは。
私の手を握り直して言った。
「謝らないでくれ、ミシェン。むしろ誇りに思うべきだ。『何か出来ることをしたい』と思うこと自体が凄いことだと、今の私は考えている。
仮に実現できる力が無くても、何か自分にできることをしたいという優しさは尊いものだ。私たち魔物は持ち得ない思考だ。
……君はそれだけで充分に凄いことなんだ」
ギレイは私の目を見て言います。
「それだけで充分に凄いなんだと、君が思える世界にしたい。私も世界の問題を解決するために全力を尽くす。約束する」
ギレイはこの言葉をずっと考えていたのだと分かりました。
ずっと悩んで出した結論だと。
「ギレイは良いんですか、それで?」
「もう決めたことだ。私は君たちの側に立つ」
彼は私の手を握って言いました。
私も頷いて、彼に言うべき言葉を探しました。
良いた言葉はすぐ出てきました。
「ありがとうございます。でも無理しないでくださいね。
仮に何もできなくても……ギレイが幸せだったら私も嬉しいんです」
何も出来ないかも知れない。
いやきっと何も出来ないことのほうがずっと多いんだろう。
けど……それでも良いとギレイにも思って欲しかった。
ギレイは頷いて笑いました。
次回が一章の最終話となります。
ありがとうございました。




