第15話 聖女の話
固有名詞が多くて申し訳ありません。
国。人間による共同体の総称及び概念。
この世界には大小様々な国が存在しており、その中でもひときわ大きな影響力を持つ三つの国は『三大国家』と称される。
その内の一つは私たちが住む村が属する『インテグラ王国』。長い歴史とそれを象徴するような広大な領土を持つ。偉大なる王を君主として仰ぎ、屈強な騎士団が国を守っている。
二つ目は新興国家『エルド』。王国よりは歴史が浅い国ではあるが、商業を中心として発展してはいつしか王国と並び立つ国となった。世界各地の国との交流があり、その交流は貿易だけに留まらず、『冒険者ギルド』から冒険者という武力をも派遣している。
三つ目が宗教国家『カルラ』。『ルーディア教』の聖地でもあり、王国と同等の歴史と、それ以上に強大な影響力を持つ。
ルーディア教は世界各地で信者が多く王国も例外ではない。ルーディア教は常に世界に対する高い影響力と、影響力を維持するための武力も有していた。それを広める組織を『ルーディア教団』、一般的には『教団』と呼称している。
聖女はその武力の最たる者達だ。
四人の聖女はルーディア教の象徴として、人知を超えた力を有していた。
私とミシェンはシスターの部屋に招かれて、改めて彼女の事情を聞いた。
シスターの名前はアラノといった。
ルーディア教の第三聖女アラノ。
強大な力を持つ聖獣を従える『秩序』を司る聖女だった。
彼女は自身の過去を語る。
10年前。カルラの地で起こった内乱について。
神官の一人が教団の指導者に反旗を翻した。その内乱は教団内の多数の勢力が複雑に絡み合い、多くの犠牲者も出た。
その内乱を裏で糸を引く魔物がいた。
魔王軍の四天王『獣』。
聖女アラノとその同志達は元凶を突き止め『獣』と戦った。彼女たちは戦いに勝利したが代償は大きかった。『獣』の本体を討つことは叶わず、弱体化させることしかできなかった。また戦いの最中にアラノは『獣』から力を封じる呪いをかけられてしまった。
未だ混乱が続くカルラの地では力を持たない聖女は敵対勢力にとって格好の的となった。彼女は身分を偽り、国外への亡命を余技なくされた。
そして私たちのいる村へとやってきたのだ。事情を知るのは教会の神父のみ。
……余談ではあるが彼女は身分を隠しているため、村にいる間は何の権力も持っていなかった。本国への連絡も勿論できない。そのため村の教会が費用に困っていることを知っていても、彼女は何の力にもなれなかったらしい。
彼女は何の力も持たない一般人として生活した。
魔物である私の正体にも気づけなかったのだ。
事態が変わったのは1年前。
魔王軍四天王『獣』がついに討伐されたのだ。王国の魔法使いの手によって獣の本体は消滅した。その結果、聖女アラノにかけられた呪いも徐々に消えていった。
そして今日、アラノは力を取り戻し、同時に私に起こった異変にも気がついたのだった。
シスターは私を見て語る。
「……ルーディア教の教えでは魔物は全て討伐すべし、とあります。私も聖女として教えに殉ずるのならば、ギレイさん――貴方を倒さなければなりません」
しかし、と彼女は話を続ける。
「私は10年間ギレイさんを見てきました。貴方がミシェンさんを立派に育ててきたことを知っています。そんな貴方を、ただ悪と断じて討つことは私にはできません。
それにミシェンさんから家族を奪うこともしたくありません。彼女の気持ちを尊重したいと思います。
同時に貴方がミシェンさんに暴力をふるいかけた……という事実もあります。貴方の話では変身魔法の仕掛けは解除されたということですが……じゃあ安心だ、とするのは難しいでしょう」
彼女の問いに私は頷く。
もしかしたら私にはまだ別の魔法が仕掛けられている可能性もある。
それに幾ら言葉を尽くしたとしても一度暴走した事実は変わらない。ミシェンが心から安心するためにも、その安全を保証するのは原因であった私ではダメなのだ。
『暴力を振るいかけたけれど、もうしない』という言葉を暴力の張本人が言っても説得力に欠ける。
もう一つ。私以外の何か、誰かが安全を保証することが必要に思えた。
「私には聖女としての力と立場があります。貴方たちが家族としてやり直すことを、第三者として仲介することができます。
ギレイさん。貴方を監視して、もし仮に再び暴走すれば、私が責任を持って貴方を討ちます。
……貴方たちが家族としてやり直す手助けをさせてください」
とシスターは助けを申し出てくれた。
……なぜシスターはここまで助けになってくれるのか、と。
話し合いが終わった後、二人きりになった時に聞いてみた。
彼女は「子供には聞かせたくない話なので、ギレイさんだけに話しますね」と言って、自分の過去について語ってくれた。
シスターがカルラを離れる原因となった反乱のことだ。
反乱を裏で操っていた『獣』は更に奥の手を用意していた。国の地下に大量の人間を閉じ込めて、その人間たちに魔物の力を与えた。
魔物の力を体に宿した人間は『魔物憑き』と呼ばれ、その多くは自我を失う。
ルーディア教の教義に則れば『魔物憑き』も討伐対象だ。
……そのことを語る時、彼女はまるで懺悔するように身をかがめていた。
「反乱を起こした神官は『魔物憑き』を守るために立ち上がりました。そして彼に協力して『魔物憑き』を守ろうとする魔物も一体いました」
その魔物が『魔物憑き』を守ろうとした理由は分らない。
反乱が起きた時期はちょうど魔物から人類へ憎悪が取り除かれた時期と重なる。しかし憎む理由はなくなっても守る理由はない。
『魔物憑き』を魔物だと認識したのか。それとも討伐されそうになる人間に同情したのか。
「私も彼らを討伐には反対しました。しかし私の力では討伐を止めることはできませんでした」
いくら聖女といえど教団の方針を変えることはできなかった。
彼女を始めとする討伐反対派は密かに王国へ連絡を取った。結果的に王国が反乱へと介入することになり、『魔物憑き』たちは王国の保護下と置かれることになった。
しかし生き残った『魔物憑き』はほんの僅かだった。
反乱を引き起こした神官と、その神官に協力した魔物も討伐された。
「今でも私のやり方は……間違っていたんじゃないかと考えてしまいます。私自身の立場なんて放り投げて、反乱を起こした神官たちの側に立つべきだったのでは? と」
シスターは自分の過去を語った。
「アナタの方法は間違っていないだろう。反乱を起こした神官のやり方では一時的にしか『魔物憑き』を守れない。けれどアナタのとった方法ならば、より確実に『魔物憑き』を保護することができる」
「しかし助からなかった命は戻りません。彼らにとって私の理屈なんて何の意味があります?」
シスターは自嘲的に笑った。そしてすぐに笑みを消して、頭を下げた。
「すみません。ギレイさん。失言でした」
「いや。大丈夫だ」
私が首を振る。
「ギレイさん。私の聖女の立場としたらアナタを討伐することが正解です。けど私はもう、ただ討伐対象だからという理由で誰かを殺すのは耐えられない。
私は償いをしたい」
それがシスターが私とミシェンを手助ける理由だった。
「ああ。よく分かった。貴方の善意に感謝する。皮肉ではなく、本心から」
と言うと彼女はいつも通りの笑みを浮かべた。
「……身勝手な話ですが、私は自分とミシェンさんを重ねています。
ミシェンさんの気持ちが最優先ですが…………せっかく成立していた家族という形が壊れるのは……できれば見たくありません」
と彼女は語った。
私は頷いた。
「分かった……感謝する」
と言うと彼女はいつも通りの笑みを浮かべた。
次の投稿は再来週くらいになるかもしれません。
ありがとうございました。




