第14話 共に生きるための話を(※ミシェン視点)
ミシェン視点です。
よろしくお願いします。
もう夜も遅い時間だったけれど教会のシスターは私を迎えいれてくれました。「今日は泊めて欲しい」と私が言っても、怒ったりせずに笑って受け入れてくれたのです。
ただ少しだけ気になったこともありました。
私が教会の扉を開けて中へと足を踏み入れたとき。礼拝堂の奥にいるシスターと目が合いました。
彼女は一瞬だけとても険しい目をしていました。
……それに。本当に見間違えだと思うのだけれど。
シスターの側に一匹の大きな鳥が飛んでいるのが見えました。羽を広げて飛んでいる姿は大人の背丈を変わらないくらいの大きさがありました。羽は炎みたいに真っ赤に染まっていたのです。
きっと見間違えでしょう。鳥の姿はほんの一瞬で消えていたのだから。何か……光の錯覚とかで見間違えのたのです。
シスターは私に気づいて直ぐに微笑んでくれました。
礼拝堂の隣にはシスターや子供達の宿舎があります。私はシスターと一緒にシスターの部屋に入りました。彼女の部屋に以前にも招いてもらったことがあったけれど相も変わらず質素でした。
部屋に来るまではずっとシスターは私の手を握ってくれていました。
一緒にベッドに腰掛けました。
シスターは私の手を握ったまま話し始めてくれました。
「ミシェンさん、寒くないですか?」
私は頷きます。
「うん。大丈夫です」
「良かった。寒くなったら言ってくださいね。春になったとはいえ夜はまだ冷えますからね」
シスターは私のことを気にかけてくれている。
……夜遅くに押しかけたことが改めて申し訳ない気持ちになりました。
「シスター。ごめんなさい。こんな夜遅くにやってきて……迷惑でしたよね」
私の言葉にシスターは首を振りました。
「迷惑だなんてそんなことありませんよ。教会はいつでも誰でも大歓迎です。ミシェンさんが謝る事なんて一つもありません」
そしてシスターは私の手を改めて握りました。
「ミシェンさん。何かありましたか?」
シスターの声色は優しくて、私は『全てを』打ち明けたい気持ちに駆られました。
今日起こった出来事の全てを誰かに聞いてもらいたい。
いきなり狼男に変身して、と思ったら直ぐに元に戻って、自分は魔王軍の魔物だと打ち明けられて、もう一緒に住めないなんて言われた。
我慢していた涙が溢れました。
「ミシェンさん……?」
「ご、ごめんなさい……」
私はただ謝って泣くことしかできない。
打ち明けることなんてできませんでした。
打ち明けてしまえばギレイが魔物だとばれてしまう。魔物だとばれてしまえば彼は殺されてしまうだろう。
……でも、じゃあ。私はどうしたいのだろう?
…………何も分からりません。どうしたいのかすら判断できない。
「ごめんなさい……全然分からなくて……何を言えば良いのかも……ごめんなさい」
とにかく怖かった。
ギレイが恐ろしい化け物に変わってしまったこと。今までの生活が崩れてしまうこと。ギレイが危険な目に遭うのかもしれないこと。
この先、私たちはどうなるのだろうか、という恐怖。
しかも私は何も出来ずに泣いていることしかできなかった。ただ泣いて、うずくまって、そのくせ事態が好転することを願っている。
……なんで私はこんなにも子供なのだろう?
「ミシェンさん」
そんなときにまたシスターに名前を呼ばれました。
私も彼女の方を見ました。
シスターも私の顔をじっと見つめています。
……シスターは私たち子供の話も茶化さずに真剣に聞いてくれます。真剣に人の目を見て相談に乗ってくれる。どんな小さな悩みでも親身に聞いてくれました。
「アナタの悩みを聞く前に私も一つ打ち明けたいことがあるんです。聞いてくれますか?」
私が頷くと彼女は指を鳴らしました。
ごうっ、と何かが燃え上がる音。
熱くて……けれど温かい熱をすぐ側に感じました。
部屋の中に大きな鳥が現れていました。
教会に入ったときに見た鳥だ、と気づきました。
そのときより少し小さくなっているけれど、やはり普通の鳥より大きい。真っ赤な羽が炎のように揺らめいています。
……私も少しは魔法について勉強していて、目の前の鳥も図鑑で見たことがありました。
『不死鳥』と呼ばれる伝説の魔法生物。文字通りの不死の生き物で、強力な魔法も扱うことができる、人を凌駕する生物の一種。
そして不死鳥は聖女に仕える生き物だとも伝承で残っています。
「私は10年前この村に来たときから自分の身分を偽っていました。私の名前はアラノ。『ルーディア教』の第三聖女アラノといいます」
ルーディア教はこの世界で最も信者が多い宗教です。王国でも支持者が多いし、村の教会もルーディア教の教会です
そして聖女はルーディア教の象徴たる人物だと聞いたことがある。
シスターは不死鳥の方を見て言いました。
「この子は私の使い魔の『不死鳥』です。良い子ですよ」
と言うと不死鳥は嬉しそうに鳴きました。
「10年前に私は魔王軍四天王『獣』と戦いました。戦いの結果、私は呪いをかけられ自分の力を封じられました。ルーディア教内部には敵も多いので私は身を隠す必要があり、正体を偽ってこの教会に身を寄せていたのです。
しかし1年前。『獣』が討たれたことにより、呪いは徐々に解けていきました。そして力は完全に戻ったのです……周りに私の正体がばれないよう力は隠していましたけどね」
シスターは私の手を握りました。
握る手は微かに、一瞬だけ震えていました。
「だから……今日、村で起きたことはなんとなく分かっています。突然、凶悪な魔力反応があったことも知っています」
私は急に怖くなりました。
シスターはギレイのことも知っているということなのだろうか?
ではギレイは魔物だとばれて殺されてしまうのでは?
シスターは深呼吸をしたあと言いました。
「私はミシェンさん……そしてギレイさんの助けになりたいと思っています」
思わず、また目元が熱くなりました。
……助けになりたいと誰かに言って欲しかった。
「ミシェンさんの家の方向から魔物の反応がありました。今もまだ魔物の反応が消えていません……おそらくギレイさんは力が戻っていないから、自分の魔力を偽装することができていない。彼は魔物だと私も知りました。
けどそれ以上に10年間、この村にいた彼を知っています。ギレイさんは信頼の出来る方だと思います。アナタとギレイさんは立派な家族だと思っています」
涙が止まらなかった。
私はシスターの手を握り返しました。
……私が泣き止むまでシスターは側にいてくれました。いつの間にか不死鳥は消えていたけれど、部屋の中はまだ不死鳥の熱が残っていて暖かかった。
遠くで教会の扉の呼び鈴が鳴る音が聞こえました。
予感がしました。
シスターも同じだったのか。私の手を引いて再び教会の礼拝堂へと戻りました。
扉を開けます。
外にはギレイが立っていました。
私はシスターからは離れてギレイの側に駆け寄りました。
彼の顔色はまだ悪かったし足取りもふらついていて、酷く疲れているようでした。
けど私のところに来てくれた。
「ギレイ……」
ギレイは私を見て近づきました。
「ミシェン。君にかけるべき言葉を考えていた。あのとき、どんな言葉をかけるのが適切だったかをずっと考えていた」
あのとき。ギレイが暴走した後のことだろう。
彼は自分が危険であること、そして自分と離れて暮らすべきだと私に言った。
私はそんな言葉が欲しいワケではありませんでした。
けど私はどんな言葉が聞きたかったのだろう?
「最初に言わないといけない言葉があった。それを今から言わせて欲しい」
私は頷く。
「……ミシェン。怖い思いをさせてすまなかった。許さなくて良い。だが謝らせてくれ。本当にすまない」
彼は頭を下げました。
私はまた泣きそうだったけれど、ぐっと我慢しました。
私も考えていた言葉を口に出しました。
「ギレイ。確かにあのときはとても怖かったです。いや今も少しは怖い……でも、それ以上に悲しかった。変身が解けた後……ギレイがまるで自分がいらないモノみたいに言ったからです」
私の人生において自分は邪魔者でしかないと彼は言いました。
私はそれがどうしようもなく悲しかった。
……堪えていたかった涙がやっぱり溢れてきた。
「必要だとか不必要だとか……ギレイは私にとってそんなんじゃありません。大切なんです」
ギレイは顔をあげました。
「……ああ。そのことについても謝罪させてほしい。君の気持ちをないがしろにしてしまった。二度としない」
「約束してくれます?」
「約束する。この先の結果がどうなろうと君の気持ちを踏みにじることは二度としない」
彼は頷いてくれた。
私は彼の体に抱きつきました。
また気持ちが抑えきれなくなって泣いてしまう。
彼は遠慮がちに私の頭に触れてなでてくれた。
「仲直りはできそうですか?」
と。そこでシスターが会話に入ってきました。私もギレイも彼女の方へと顔を向ける。
「シスター」
ギレイもシスターの雰囲気が変わったことに気づいたようでした。
「警戒しないでください、ギレイさん。大体の事情は分かっています。その上で私は今ここに立っているんです」
「…………」
「私はあなたたちと関係の無い人間ですし、関わることが適切なのかは分かりませんが……だからこそ出来ることもあると思います。まずは中に入って話をしましょう。これからの話も」
シスターに促されて私たちは教会の中へと足を踏み入れる。
私はギレイと手をつなぎました。
話をしたかった。
これからも一緒にいるための話を。
また次の休みの日に投稿する予定です。
ありがとうございました。




