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魔王軍の兵士が人類滅亡を阻止するまで  作者: 脱出
一章.『人との共存』編
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第11話 真実を告げる

よろしくお願いします。


 ミシェンは泣いていなかった。

 ただ私でも分かるくらいには怯えていた。

 彼女の怯えを取り除いてやりがいが、彼女の恐怖の対象は私である。

 ……私に出来ることはあるのだろうか。


「ミシェン」


 と呼ぶと彼女はびくりと体を震わせる。

 

「……今の私は全身に麻痺魔法がかかっている状態だ。なおかつ魔力もほぼ空。私には何もできない。今の君でも充分に私を殺せるくらいには、私は弱っている。

 信じられないかもしれないが今の私は君の脅威にはなりえない」


 と説明してみた。

 彼女は目を見開く。そして震える声で言った。


「な、なんで……なにを言っているの?」


 すぐには理解できないらしい。

 いや私が何も説明していなかったのだから当たり前か、と気づく。


「そうだな。全てを話そう。そこのイスに座りなさい…………いや、あまり私に近づきすぎるな」


 彼女はイスを持って私の近くに座ろうとしたので、それを押しとどめる。

 

「念のためだが私からは離れていろ。もし私が襲いかかった時には直ぐに逃げられるよう距離は確保しておくんだ」


 と言うと彼女は俯いたまま頷いた。

 彼女は部屋の端にイスを持っていき、腰掛けた。


 彼女の体はまだ震えている。

 

 私は全てを打ち明けることにした。

 

「ミシェン。先ほど打ち明けたとおり私は魔物だ。魔王軍に所属する人造人間(ホムンクルス)だ。魔王軍は歴史の授業で習ったな? はるか昔から人類と敵対し、全ての魔物が属する組織の総称だ。魔王軍の目的は人類を滅ぼすことだった。そして私も魔王軍の一員であり、私も人類を滅ぼすことを目的としていた」


 ミシェンは私の方を見ずに言う。


「じゃあ、なんで私を拾ったんですか……」


「全ての魔物には『人類への憎悪』が感情に組み込まれている。ゆえに魔物は人類と敵対してきた。しかし君を助けた時点で――魔物からは『人類への憎悪』は取り除かれていた。私が君を助けることが出来たのもそれが理由だ」


 なぜ『人類への憎悪』が取り除かれていたのは説明しなかった。

 人類の滅亡が確定したからこそ魔物は人類を憎む必要は無くなった、その事実を人間である彼女に告げることに躊躇いがあった。

 しかし賢い彼女ならば、なぜ魔物から人類への憎悪がなくなったかを考えて、すぐに真実に気づくのではないかと予感もあった。

 ……。


「魔物である私が人間である君を育てる事に対して、多くの困難は予測された。何より魔物が側にいる環境そのものが君にとって不適切だ。しかし当時には他に適切な場所は見つからなかった……しかし今は違う。君は立派に成長した。私の元でもなくとも生きていける」


 そこでミシェンは顔をはっとあげた。


「待って……。何を言っているんですか?」


「私は君を襲った……。特定の状況下において私が『狼』に変身し暴走する魔法が仕組まれていた。こうなった以上はもう一緒にいることはできない」


「……今は……今は! 平気、みたいじゃないですか……」


「今はな。魔力をほぼ空にして魔法の発動を防いでいる。この魔法もいずれ解除できるだろう……だが他に仕掛けがないとも限らない。第一、魔物と分かった時点で共存はできないだろう」


 彼女は口を開けて何も言わない。

 私は話を続けることにする。


「君と離れるための準備はしてきた。私の部屋にあるタンスの奥に、君用の手紙を用意している。利用するのは君の自由だが、そこに記載した計画を実行すれば不自由ない生活を送れる」


「…………待って」


「君のための資金も用意した。君が大人になるまでは不自由なく過ごせる筈だ。ちなみに資金も人間の倫理に照らし合わせても問題ない経路で得ている」


「…………違う」


「幾つかの進路も用意したが、おすすめは王国の魔法都市に向かうことだ。都市の『学園』にいつでも入学できるよう手はずも整えてある。あそこの学長に君の助けになってくれるよう――私の素性は隠した上で――話も付けてある。魔法の本場ともいえる場所だ。君の才能も活かせるだろうし……」


「――私が聞きたいことはそういうことじゃないっっ!」


 バンッと大きな音がした。

 ミシェンが勢いよく立ち上がってイスが倒れたのだ。

 

 彼女は泣いていた。

 全身を震わせて、私を見ている。


「私は……私は……なんで……」


 彼女は何かを言おうとして、そのたびに失敗する。

 

「すまない」


 と私は謝った。

 何を言っても、もう遅いのだと分かった。

 私に出来ることはもうないのだ。


 暫くして彼女は言った。


「一つだけ教えてください……。ギレイは私を拾ったこと……どう思っているんですか?」


 彼女の質問に私は正直に答えることにした。


「君を拾ったのが違う人間であれば良かったと思うよ」


 本心からの答えだった。


「そう、ですか」


 と彼女は言って私に背を向けた。


「今日は……教会に泊めてもらいます」


 と彼女は私に告げて部屋から出て行った。

 私はまだ麻痺魔法が効いていたため身動きが取れず、彼女を引き留めることはできなかった。

 遠くで玄関の扉が閉まる音が聞こえた。

 独りになった。


 

 暫くして麻痺魔法が解け始めたので歩くことはできるようになった。

 私は自室を出て居間へと向かう。月明かりしか光源がない居間は随分と物寂しい印象を受けた。私は直ぐに疲れてしまったので食卓のイスに腰掛ける。

 ……すぐに街の人間――腕の立つ冒険者や兵士がやってくるものだと思ったが、まだ誰も来ない。

 仮に兵士が来ても抵抗するつもりはなかった。

 彼らに処分されるのなら、それはそれで正しい結末だ。

 仮に殺されるのなら、私が殺された後のことも考えておかなければ。重要なのはミシェンに危害が及ばないようにすることだ。彼女は『魔物に誑かされた被害者である』であることを村人に証明する必要がある。それを証明するための手記や証拠も用意してあった。

 実際にミシェンは被害者なのだ。

 魔物に関わったばかりに不要な不幸に見舞われた。

 魔物が人と暮らすこと自体が間違いだったのだ……。


 ふと視線を動かすと、居間の支柱が目に入った。支柱に付けられた跡が月明かりに照らされている。ミシェンの身長を記録した跡だ。

 ……本当にすべてが間違っていたのだろうか?

 

 そんな疑問が脳裏に浮かんだとき、玄関の扉を叩く音が聞こえた。

 静かにコン、コンと叩く。

 玄関の扉が開いているのが分かったのか、その人物は扉を開いて家の中に入ってきた。

 

 入ってきたのは村の住人ではなかった。

 

 月明かりに照らされて人間の女性の姿をした者が立っている。背が高い成人した人間の姿をしていた。黒い髪が床に突きそうな長さまで伸している。髪の色と同じ黒いドレスを身につけている。

 そして暗闇の中でも目立つ赤い目をしていた。


「直接会うのは久しぶりだね。ギレイ」


 と彼女は言った。

 彼女が人間に変身した姿を見るのは初めてだった。


「お久しぶりです。魔王様」


 魔王軍の王。魔王がそこにいた。


週一投稿になるかもしれません。

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