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メイド服を着た侯爵令嬢は隣国の王子様を飼いならす

作者: 愛輝磨生

「ラウラリスタ、あなたをローゼンミュラー侯爵家から追放します」


 侯爵邸のリビングで、侯爵夫人が睨みつけながら私を指差している。


「突然どうされたのですか?」


 私が小首を傾げて問うと、侯爵夫人は目を大きく見開いた。


「最近、娘たちの宝石類が頻繁に行方不明になっているのは、知っているでしょう? あなたが娘たちの部屋から出てくるところを、複数の者が目撃しているのよ!」

「私は、お姉様たちの部屋に入ったことすら無いのですが」


 身に覚えのない事を言われたので、私は反論した。


「あなたにお姉様なんて呼ばれたくないわね。この平民風情が!」

「そうよ、そうよ! やめてよね、気持ち悪い。あんたはメイドでしょ? 妹じゃないわ!」


 長女のアデリナ姉様に罵倒され、更には次女のベティーナ姉様からも罵声を浴びせられた。

 私はメイド服のスカートをギュッと握りしめて、込み上げてくる感情を押しとどめる。


 戸籍上の私は、ローゼンミュラー侯爵家の三女で間違いない。

 現在はメイド服を着用し、メイドの仕事に専念する毎日だけれど……。

 なぜ、侯爵家の三女がメイド服を着ているのか。

 これには複雑な事情があるのだ。


 私の本当の父親は、私が二歳とのきに事故死した。

 その後、当時若くして有名劇団の看板女優を務め、人気絶頂だった私の母を、舞台を見に来ていたローゼンミュラー侯爵様が一目惚れしたのだ。

 そして私が四歳のときに、母が第二夫人として侯爵家に嫁いだのである。


 つまり私は、いわゆる連れ子で侯爵家の誰とも血の繋がりが無い。

 最初だけは侯爵様も本当の娘のように可愛がってくれたが、私が六歳のときに母が突然死すると、状況は一変した。


 ローゼンミュラー侯爵様は、血縁の無い私をどう扱うか、難しい選択を迫られたと聞いている。

 自分の子ではないが、愛していた人が可愛がっていた娘だし、養子縁組を破棄して追放するわけにもいかないと考えていたらしい。


 しかし侯爵夫人である正妻は、私の母を目の敵にしていたし、私にも厳しい態度をとっていた。

 侯爵家の三女として今までのように、長女と次女と同等に扱うことに難色を示したそうだ。


 困り果てた侯爵様が折衷案として採用したのは、三女としての身分を維持したまま私をメイドにすること。

 当初は今まで通り、二階にある個室を継続して使わせようと侯爵様は考えていたようだけど、正妻の猛反発にあい、私は本邸の一階にある倉庫の片隅にベッドだけを置いている。


 使用人たちは、母を亡くし侯爵令嬢からメイドになった私に同情し、優しく仕事を教え親切にしてくれた。

 しかし侯爵夫人と二人の姉は、私を奴隷のように扱い、理不尽な命令をくり返してくる。

 それ以来九年間必死に耐え続けて、私は十五歳になった。


 唯一の味方である侯爵様は、仕事が忙しいようでメイドになってからは構ってくれない。

 でも昨日、私を侯爵様専属のメイドにすると言ってくれたのだ。

 きっと私のことを守ろうとしてくれていると思い、凄く嬉しかった。


 しかし侯爵様の専属メイドになった初日、執務室に呼ばれた私は、いきなりソファーに押し倒された。

 十五歳になった私は、亡くなった母そっくりに成長しており、体型も女性らしくなってきている。

 侯爵様は私を守ろうとしたのではなく、亡くなった母の代わりにしようと思ったのかもしれない。

 この世界に自分を守ってくれる人など居ないのだと、私は絶望した。


 だけど外出していた侯爵夫人が帰宅して、執務室を訪れたことで未遂に終わり、侯爵様は慌てて私から離れた。

 そのとき侯爵夫人の鋭い視線は、侯爵様ではなく私に向けられていた。

 まるで私が侯爵様を誘惑し、たぶらかしたと言わんばかりに。

 これがつい昨日私に起こった事件であり、現在は宝石類を盗んだ疑いをかけられている。


「アデリナ、ラウラリスタのメイド服を確認してみなさい」

「はい、お母様」


 長女のアデリナ姉様が、私のメイド服のお腹付近にあるポケットに右手を突っ込むと、勢いよく右手を掲げた。


「お母様、ありましたわ。これは私が大切にしていたネックレスです。こちらの指輪はベティーナのでは?」

「そうです。お姉様、それは私が探していた指輪ですわ」

「やはり犯人は、あなたでしたか」


 侯爵夫人が凄い形相で私を睨んでいる。


 私は呆れ果ててしまい、返す言葉を失った。

 なぜならアデリナ姉様は、最初からネックレスと指輪を右手に忍ばせておき、ポケットの中から発見したフリをしたのだから。


「宝石を盗むだけでなく、私の夫にまで手を出して……この泥棒ネコが! 今すぐ屋敷から出て行きなさい!」


 侯爵夫人の追放宣言に、私は歓喜した。

 このまま屋敷でメイドを続けても、奴隷のようにコキ使われるだけなのだ。

 更には侯爵様に狙われ、貞操の危機も迫っている。


「はい、喜んで」

「謝っても無駄ですよ! 絶対にあなたを許さな……え? 今なんて?」

「今までお世話になりました。侯爵様にもよろしくお伝えくださいませ」


 そう言い残して私は、一目散に屋敷から飛び出したが、門を出ようとしたところで門番の兵士たちに止められてしまった。

 そのとき正面にある道路の遠くに、ローゼンミュラー侯爵家の馬車が見えた。


 夕方になり侯爵様が帰ってきたのだ。

 どうしよう、このままだと侯爵様に捕まってしまうわ。

 侯爵夫人に追放されたと正直に言ったら、門番は屋敷に確認を取りに行き、その間に侯爵様の馬車が帰ってきてしまう。

 それなら……


「ちょっとそこまで行ってくるわね」


 いつものようにメイドの仕事で買い物に行くような感じで、私は堂々と門を通過した。

 嘘は言っていない、本当にちょっとそこまで行こうと思っている。

 その後は屋敷からなるべく離れるつもりだけれど。


「お気をつけて」


 門番がペコリと頭を下げた。

 

 ふー、危なかったわね。

 私は門を出て右に曲がると、早足で次の交差点を左に曲がり、無事に屋敷から脱出した。

 そんなとき、私のお腹がグウと鳴る。


「お腹空いたな……」


 今日はメイドの仕事が忙しかった為、お昼を少ししか食べていなかったのだ。

 トボトボと街を歩いていると、屋台から串焼きの良い匂いがする。

 このとき私は、自分がお金を持っていない事に気が付いた。

 侯爵様からは、おこづかいを貰ったことは無いし、メイドになってからも他の使用人たちの様に、給料を支給された事も無い。


 今の私にある物といえば、首から下げている母の形見である懐中時計と、着ているメイド服一式である。

 メイド服のポケットを全部探ってみたが、何も入っていなかった。


 懐中時計は作りこそしっかりしているが、高価な物ではない。

 私の本当の父が結婚するときに、母に贈ったプレゼントらしい。

 つまり懐中時計は両親の形見ともいえる物で、手放す気は全く無い。

 ゆえに、今の私は何も買えないのだ……。


 そして私には、誰にも言えない秘密がある。

 それは前世の記憶があると言う事だ。

 昨日侯爵様に襲われそうになった後、ベッドの置いてある倉庫に戻ってから激しい頭痛に見舞われ、私は前世の記憶を少しだけ取り戻した。

 私の前世は働く女性で、ロシアンブルーのオス猫を飼っていたのだ。

 まだ思い出した記憶が断片的で、自分が亡くなった年齢などは分からないのだけど。


 食料の調達を諦めて屋台から離れると、大通りに繋がる細い路地の奥にネコを見つけた。

 前世ではネコが大好きだったので近づいてみると、そのネコは飼っていたロシアンブルーのオス猫にそっくりだった。


「テオ!」


 思わず前世の飼い猫の名を呼ぶと、緑眼のロシアンブルーが私を見つめた。


「もしかして、あなたテオなの?」


 私の呼びかけにネコが歩み寄ってくるが、フラフラとしており歩行がおぼつか無い。

 そしてついには、パタリと倒れてしまった。

 慌てて私が抱きかかえると、ネコは傷だらけで、青みがかった灰色の毛色も土汚れでくすんでいる。

 唯一の救いは、傷がかさぶたになっており、出血していないことだろうか。


 私はネコを抱えて、休める場所を探し懸命に歩いた。

 でも丁度良い場所は、なかなか見つからない。

 ついには空腹で、私も限界を迎えた。

 そんなとき、建設現場の敷地内にある倉庫の窓が、少し開いているのを見つけた。

 ここアルメリア帝国マロウの町は、大陸のほぼ中央にあるのだが、今の季節だと日中は暖かいが夜になると冷え込みが厳しい。


 私は倉庫の窓を全開にして、中の様子をうかがった。

 月明かりに照らされた倉庫内には、建築資材がまばらに置かれ、ローテーブルとソファーが備えられている。

 どうやら倉庫だけでなく、現場作業員の休憩所も兼ねているようだ。

 私は恐る恐る倉庫内へ向かって声を掛けてみた。


「すいませーん、誰かいませんかー?」


 しばらく経っても反応は無いし、物音もしない。

 意を決して私は、ネコを抱えたまま窓によじ登り、倉庫への侵入に成功した。

 そして倉庫内をくまなく調べて、誰もいないことを確認するとソファーに座る。

 ソファーは少し古ぼけているが、壊れてはいないようだ。

 出入口は表と裏にドアがあり、両方とも鍵がかけられている。

 最後に窓の鍵をかけて戸締りは万全だ。

 私は申し訳ないと思いながらも、一晩だけ世話になることを決めた。


 そしてソファーで横になると、強い眠気に襲われた。

 ネコは深い眠りについているようで、規則正しい呼吸を続けている。

 それにネコがとても暖かくて、これならこごえずに済みそうだ。

 私はネコを胸に抱きしめたまま、眠りの世界へと落ちていった。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 翌日、倉庫内に朝陽が差し込んできて、私は目を覚ました。

 寝ぼけながらも何だか違和感を感じる、あれ? このソファーって、もっと古ぼけていたような……。

 目の前にあるソファーは新品のように光り輝いている。

 私は昨夜の記憶を辿ると、もっと大事なことを思い出した。

 ネコは大丈夫だろうか……。


 傷だらけだったネコが心配になり様子を確認すると、不思議な事に傷がすっかり治っている。

 おまけに土汚れも落ちていて、青みがかった灰色の毛色が朝陽に照らされ光沢を放っていた。

 見れば見るほど前世に飼っていたロシアンブルーの『テオ』にそっくりだ。

 念のため性別を確認すると……オスであった。


 それからネコの左耳にピアスのような物を見つけた。

 それは虹色に輝いており、とても綺麗だ。


「テオ、おはよう」


 私はネコに、前世で習慣にしていた朝のキスをした。


 すると突然ボフンと白い煙が立ち込めると、目の前にまるで物語の王子様のような、超絶イケメンが降臨したのだ。

 歳は十代後半くらいで、青みがかった灰色の銀髪に、エメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝いている。

 白を基調とした軍服のような衣装を身にまとい、その姿はどこからどう見ても高貴な人にしか見えない。


「キミは誰?」

「わ、私はラウラリスタと申します」

「ふむ、これは驚いたな、傷が全て治っている……というか、人の姿に戻っているではないか!」


 長身のイケメンが歓喜して立ち上がり、両手を結んだり開いたりしている。


「これは……キミのかげなのだろうね。ラウラリスタと言ったか、感謝する。私はクリナム王国第二王子テオバルト・ブレイブ・クリナムだ。とある陰謀に巻き込まれ、強力な呪いを掛けられてネコの姿にされてしまってね。ラウラと呼んでも良いかな?」


 ふおおお! 微笑むだけでこの破壊力……リアル王子様半端ないんですけど!


「は、はい」

「俺のこともテオバルトではなく、テオと呼んでくれて構わない……あれ? ラウラは昨日の夜に路地裏で、ネコの俺をテオと呼ばなかったか?」

「はい、飼っていたネコにそっくりだったもので、思わずその名で呼んでしまいました」

「キミの飼っていたネコはテオという名前だったのか、凄い偶然だな。でも、なぜ呪いが解けたのだろうか? それに全ての傷が治っているし……ラウラ、何か思いつかない?」


 王子様が小首を傾げて私を見つめた。

 何気ない仕草の一つ一つが凄く魅力的で、私はキュンキュンしまくりだ。


「あ、あの、私が寝ている間、ずっとテオのことを抱きしめていました」

「ふむ、体中の傷が治ったのは、そのお陰なのかな……でも、それだとラウラが寝ている間に、俺が人の姿に戻っても良さそうだけど……」

「確かに……あっ、おはようのキスをしました」

「キス?」

「あああ、ネコにですよ! 飼っていたネコに、毎朝キスをするのが習慣だったもので」


 恥ずかしさのあまり顔が熱く感じる。


「そうなんだ、キミの飼いネコは幸せ者だね。毎朝こんな美しい女性にキスをしてもらえるなんて」

「はわわわ、そんな、美しいだなんて」

「謙遜する必要は無いよ。光沢のある金髪のロングヘアーに、アメジストのように美しい紫眼、そして透き通るような白い肌に艶のある桜色の唇。俺が王国で見てきたどの令嬢よりもキミは美しい」


 イケメンスマイルを決めながら、王子様の右手が私の左頬に触れた……も、もうこれ以上はムリです……キュン死しちゃう……。


 そのとき王子様の左耳に、虹色に輝くピアスを見つけた。


「テオの左耳のピアス……」

「ん? ああ、これは王家で開発された物でね、水晶が聖女の魔力に反応するんだよ。希少な存在である聖女のレベルを判定できる。色はレベルの低い順に白、青、黄、緑、赤となっていて、王国の筆頭聖女は赤だ」

「じゃあ虹色は?」


 終始イケメンスマイルだった王子様が、驚いたように表情を止めた。


「……いや、まさかな……」


 王子様が慌てて左耳のピアスを外している。


「こ、これは……ラウラ、いつからこの色になっていたか分かる?」

「うーん、昨日の夜は光っていなかったから、今朝起きたときかしら」


 王子様が黙り込んで、何やら考え込んでいる。


「ラウラは大聖女かもしれない」

「大聖女!?」

「この水晶で虹色は赤の上で最上位。この判定結果からキミは、大聖女の可能性が極めて高い。王国でも過去に虹色の判定が出た聖女は二人いたそうだが、二人とも大聖女だったと聞いているからね」


 真剣な顔で話していた王子様から笑みが零れている。


「そうか、俺の傷が全て治ったのは、ラウラから溢れ出る大聖女の魔力によるものだろう。そして朝のキスで、俺に掛けられていた強力な呪いも解けたのだろうな」


 王子様が微笑みながらピアスを左耳に付け直している。 


 そのとき、外で大勢の人が話しながら歩いてくる気配を感じた。

 私が後ろを振り返ると、表側のドアからガチャガチャと鍵を開ける音がする。

 このままだと見つかって、何をされるか分からない。


「テオ! 急いで裏口から出ないと!」

「分かったニャ」

「ニャ?」


 私が振り返ると、そこにはロシアンブルーのオス猫がいた。 




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 何とか裏口から外へ脱出した私は、ネコに戻ってしまったテオを抱いて、必死に路地を走った。


「ハア、ハア……ここまで来れば大丈夫だよね。ハア、ハア……」

「ラウラ、疲れているのに申し訳ないが、もう一度俺にキスをして欲しいニャ」

「そうしたら人に戻れるかもしれないのね……分かったわ」


 ネコの姿のテオは、語尾に『ニャ』が付いてしまうらしく、王子様のときとのギャップが凄い。


 私は両手でネコを抱き上げると、テオの顔に自分の顔を近づけた。

 こうして見るとロシアンブルーのオス猫でしかないのだけど、中身が超絶イケメンの王子様だと思うとドキドキしてしまう。

 いよいよキスをする直前に、ネコの緑眼とバッチリ目が合った。

 

「あ、あの、見つめられると緊張してしまうので、目を閉じてもらっても良いですか?」

「ああ、すまないニャ」


 ネコが目を閉じたので、私はそっとキスをした。

 しかし先程のように人には戻れず、ロシアンブルーのオス猫のままである。


「おかしいですね、さっきはこれで人に戻ったのに」

「うーん、もしかすると別の条件があるのかもニャ。仕方ない、少し様子を見ようニャ」


 その後、私はネコに戻ったテオを抱きながら、ここから一番近い出入口である町の南門を目指す。

 歩く途中で、お互いの年齢や私の生い立ち、この数日間で起こった出来事を彼に話した。

 テオの年齢は十八歳で、私より三つ年上だった。 


「そうか、ラウラは侯爵令嬢だったのだニャ。それがメイドになり奴隷のような扱いを受けるとはニャ……許せんぞ、侯爵家の奴らめニャ。ここが王国なら俺が侯爵に文句を言ってやれるのだが、ここは隣国のアルメリア帝国ニャ。しかも今の俺はネコだしニャ……」


 テオが落ち込んでショボンとしている。


「テオ、私の代わりに怒ってくれてありがとね。ちょっとスッキリしたかも」

「そうか、それなら良かったニャ」


 その後、しばらく会話の無い状態が続いたが、私はロシアンブルーのオス猫をモフり倒すのに夢中だった。

 テオは嫌がる様子も無く、されるがままにしてくれている。


 そのとき、十字路で侯爵家の騎士と遭遇した。


「見つけましたよ、お嬢様。お屋敷で侯爵閣下がお待ちです。さあ、帰りましょう」


 騎士が私に手を伸ばしてきた。

 どうやら侯爵様は、私の事を諦めていなかったようだ。

 このまま追手の騎士に捕まれば、侯爵様の元に連れていかれ、今度こそめにされてしまう。


 私は必死に走って逃げた。

 しかし普段から鍛えている騎士の脚力に勝てるわけがない。

 どんどん距離が縮まっている。


「テオ! どうしよう、捕まっちゃう!」

「ラウラ、俺が魔剣にへんするから、剣を抜かずにさやを騎士に当ててくれニャ。そうしたら騎士は、気を失うニャ」


 テオが瞬時に魔剣になると、私は走るのを止めて騎士に向き直り、魔剣を鞘ごと差し出した。

 すると追いついた騎士が、剣を奪おうと鞘に手を掛ける。

 その瞬間、騎士は膝から崩れ落ちて、その場に倒れ意識を失った。


「テオ、死んでないよね?」

「大丈夫、しばらくすれば目を覚ますニャ」

「騎士さん、ごめんね」


 私はネコに戻ったテオを抱えて、再び町の南門を目指して走った。



 

 そして、なんとか南門に到着した私たちを待ち構えていたのは、四人の門番であった。


「お嬢様、侯爵閣下より屋敷に連れ戻すよう厳命されております。さあ、我らと共に帰りましょう」


 テオが再び魔剣に変化して、先程の騎士と同じように四人とも気を失わせた。


「皆ごめんね、侯爵様には二度と会いたくないの」


 私は南門から町の外へ出ると、ロシアンブルーのオス猫を抱えて再び走り出した。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




【ローゼンミュラー侯爵の視点】


 昨日ラウラリスタが家出をした。

 私は直ぐに騎士たちを捜索に向かわせたが、まだ見つかっていない。

 母親そっくりに成長したあの娘が十五歳になり、すっかり大人の体になっていることに驚いた。

 必ず連れ戻して私のものにするのだ。


 しかしラウラリスタをソファーに押し倒した現場を、妻に見られてしまったのはかった。

 妻の父である公爵には大恩がある為、妻の扱いには慎重にならざるを得ない。

 妻の機嫌を取るために、昨夜は久しぶりにどうきんしたのだが、私のモノが役に立たなかった。

 こんな事は十一年前以来だろうか。

 ラウラリスタの母を第二夫人に迎えてからは絶好調だったのに、なぜ再び不能になってしまったのか。

 おまけに十一年前に治ったはずの腰痛まで再発するとは、一体どうなっているのだ。


 妻も十一年前に酷かった肩こりが再発したようで、今朝から機嫌が悪い。


 長女も今朝から咳き込んでおり、医者に診察させたところ、十一年前に治癒したはずのぜんそくと診断された。


 次女は今朝から発熱しており寝込んでいる。

 生まれたときから体の弱い子であったが、十一年前に突然元気になり、すっかり丈夫になったと思っていたのだが。


 家族全員が一斉に体調不良になるなんて、いったい我が家に何が起きているのだ。

 私が考え込んでいると、執務室のドアをノックする音が聞こえた。


「入れ!」


 騎士の一人が深々と頭を下げて入室した。


「失礼いたします! 侯爵閣下にご報告がございます。先程、ラウラリスタお嬢様を街中で発見いたしましたが、逃げられてしまいました!」

「はあ!? この馬鹿者が!」

「申し訳ございません! お嬢様が不思議な魔道具を所持しており、気絶させられてしまいまして」

「ラウラリスタは魔道具など持っておらんぞ。ええい、不甲斐ない。人員を増員して今日中に探し出すのだ!」

「はっ!」


 まったく、騎士どもは最近たるんでいるようだな。

 訓練の内容を厳しく見直さなければ。

 さあラウラリスタよ、早く私の元に帰っておいで。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




【ラウラリスタ視点】


 町の南門から脱出した私とテオは、歩きながら今後の事について話し合っていた。

 とはいえ歩いているのは私だけで、テオは大人しく抱っこされている。


「ラウラ、俺のネコになる強力な呪いを解くためには、南方にある光魔法の聖地、サイネリア教国へ行き解呪の呪文を探す必要があるニャ。いくらキミが大聖女であっても、解呪の呪文無しには俺の呪いを完全に解くことはできないニャ。そこで相談なんだが、サイネリア教国への旅にキミも同行して欲しいニャ」


 ロシアンブルーのオス猫が、エメラルドグリーンの瞳で私を真っすぐに見つめている。

 私にとってもテオが一緒の方が心強い、魔剣に変化できるし、一緒に寝ると暖かくてモフモフなのだ。


「勿論テオと一緒に行くわ。こちらこそ、よろしくね」

「ラウラ、ありがとうニャ」


 テオが私にギュッと抱きついてきた。


「ねえ、テオ。ネコの状態で変化以外に何が使えるの? 一緒に旅をするなら知っておきたくて」

「申し訳ないが変化しか使えないニャ。しかも変化できるのは、魔剣のみニャ。でも、色々な形の魔剣に変化できるのニャ」

「へえ、凄いねテオ」

「一応伝えておくが、人の姿になった俺は強いニャ。王国では魔法の天才と呼ばれていたニャ」


 そんな話をしていると、前方に大勢の男たちが待ち構えている。

 道の両脇は山林になっており、一本道のため選択肢は二つだ。

 一つは町に引き返す、これは侯爵様の追手に捕まってしまうので無理。

 となると残されたのは、このまま通過することである。


「あのー、通りたいので道を開けてくださいますか?」


 男たちに声を掛けると、一番体格の良いボスらしき男が前に出てきた。


「メイドの嬢ちゃん、俺たちと遊ぼうぜ。てか、すげえべっぴんじゃねえか! こりゃあ高く売れるぜ」


 この男たちは山賊かしら。テオに魔剣へ変化してもらうとして、私だけで十人くらいに勝てるかな。

 難しい気がするのよね、先程の侯爵家の騎士たちは素手だったけれど、山賊たちは全員が剣を抜いている。


「テオ、助けて」


 私は駄目元でロシアンブルーのオス猫にキスをした。

 すると、ボフンと白い煙が立ち込めて、白を基調とした軍服姿の王子様が現れた。


「ラウラ、後は俺に任せてくれ」


 テオがそう言うと、山賊たちが剣を掲げて一斉に襲い掛かってきた。


「まずは男を殺せ! 女の顔は絶対に傷つけるなよ! いくぞ、野郎ども!」

「オオー!」


 これだけ大勢の男がいると、凄い迫力ね。

 けれどテオは涼しい顔で右手を前に出すと、てのひらから槍の形をした氷が飛び出して行く。

 それも一つや二つではない、次々と打ち出される氷の槍は、まるでマシンガンのように連射された。

 一瞬で勝負がついて、道には大勢の山賊たちが倒れている。


 私がテオの圧勝に安堵していると、右側の山林から音がした。

 すると私に向かって一本の矢が飛んでくる。

 まだ山賊が残っていたようで、今からでは避けられそうにない……私は死を覚悟した。


「ラウラ、危ない!」


 もうダメだと思った瞬間、テオが私を庇うように抱きしめて救ってくれた。

 そして山林で弓を構える男に向かい、テオが右手を前に出して氷の槍を打ち込むと、短い悲鳴を残して山賊の男が倒れた。


「ラウラ、大丈夫かい?」


 テオが私の両肩を掴んで、心配そうに見つめている。


「ええ、ありがとうテオ……って、肩に矢が刺さっているじゃない!」


 私を庇ったときに矢が左肩に刺さったらしく、テオが痛そうに顔をしかめている。

 そして彼が右手で矢を引き抜くと、左肩から血がしたたり落ちてきた。


 私は両手を組んで、テオの左肩の傷が治るように心の中で祈り、元気な姿の彼をイメージした。


「おお! 完全に治ってる。ありがとう、ラウラ」


 私はテオの怪我が心配で祈っていただけなのに……これが大聖女の力なのかな。

 

「さすが大聖女だな、無詠唱で光魔法を使うなんて」

「うーん、光魔法を使ったとは思っていないのよね。習ったことも無いし……私は傷が治るように祈りながら、テオの元気な姿をイメージしただけだから」

「そうか、まあ魔法はイメージが一番大事だからね。後は呪文を詠唱することで、更に強固な魔法が発動できると思うよ」


 テオの説明に私は黙って頷いた。


 すると次の瞬間、私の体が突然軽くなる。

 状況を確認すると、私はテオにお姫様抱っこされていた。


「俺がネコのときに、ずっと運んでもらったからね。今度は俺にラウラを運ばせて欲しい」


 イケメンスマイルで彼が私を見つめている。


 ううっ、顔が近い……胸がドキドキしてきた……それにエメラルドグリーンの瞳があまりにも美しくて、近くで見つめていると奥へ奥へと吸い込まれそうになる。


「キミは本当に美しいね。この偶然の出会いを、俺は大切にしたいと思う」


 王子様が幸せそうに笑みを零した。


 ふあああ、これ以上は本当にムリ……心臓がバクバクして破裂しそう……。


「ラウラ、俺が必ずキミを守るから」


 テオが真剣な眼差しで私を見つめている。

 彼の言葉は本気に思える……先程も私の命を身を挺して守ってくれたし。

 こんな経験は初めてで、私の胸の中でトクンと恋に落ちる音がした。


「あ、ありがとう」


 何とか御礼の言葉を伝えた瞬間に、私の体がフッと軽くなり、お尻に激痛が走った。


「イタタタタ……」


 どうやら尻餅をついてしまったみたいね。


「ラウラ、こめんニャ。大丈夫かニャ?」


 ロシアンブルーのオス猫に戻ってしまったテオが、申し訳なさそうに私を見ている。


「うん、平気。あのままだったら私の心臓が危なかったし」

「キミの心臓ニャ?」

「あああ、何でもないの。気にしないで」


 残念ながらネコになる呪いは、まだ解けていないようだ。


「どうやら俺が人の姿を維持できる時間は、十分くらいのようだニャ。それとラウラのキスで人に戻れる時と戻れない時があるのは、キスした状況というよりは、時間の経過が必要なのかもしれないニャ」

「時間の経過?」

「ああ、クールタイムのようなものかニャ」


 私は首に下げている懐中時計をメイド服の中から取り出すと、時間を確認した。


「最初の建設現場を離れてからの時間が、約四時間くらいかしら」

「ふむ、だとすると約四時間のクールタイムが必要なのかもしれないニャ。まあ、サンプルを増やして検証するしかないニャ」


 テオの言う通りだと思う。

 二人で旅を続けるならば、ネコになる呪いについての分析は必須よね。

 ということは、この後テオと沢山キスをするわけで……まあ、相手はネコの姿だけれど。

 それにしても私だけがキュンキュンさせられっぱなしで、ちょっと悔しい。

 何か彼にリベンジできないかな……。

 そうだわ! ネコの姿なら本能もきっとネコのはず。

 私のネコ愛で、テオを夢中にさせちゃうんだから!


「ねえ、テオ。王子のあなたには、王族としてのプライドがあると思うのだけど」

「勿論ニャ。たとえ何が起ころうとも、俺の王族としてのプライドは揺るがないニャ」

「ふーん、それはネコの姿でも?」

「そうニャ。呪いでネコの姿になっても、俺には王族としてのプライドがあるニャ。どんなものにも決して屈しないニャ」


 おお、ネコの姿なのに何だか王族としての威厳を感じるわね。


「では、これよりネコが喜ぶことをします。人には全く効果がないので、王族のプライドがあるテオは、大丈夫よね?」

「勿論ニャ。王族である俺が、ネコの喜びになど反応するものかニャ!」


 よし、げんは取ったわよ。

 私は道端の草むらから、丁度良さそうな雑草を一本引き抜いた。


「ラウラ、その雑草を使うのかニャ?」

「ええ、ネコはこれが大好きなのよ」

「ふむ、何の魅力も感じないニャ」


 あれ? 反応が薄いわね。

 まあ、ダメだったら素直にテオを褒めてあげよう。


 私はブラシのように長い穂の形をした雑草、いわゆる『猫じゃらし』をロシアンブルーのオス猫の前に置いた。

 そして道の上で、私は猫じゃらしを横にフリフリと動かした。

 するとテオの様子に変化が起きて、体勢を低くしてお尻を振りだしたのだ。

 次に猫じゃらしをテオから離れるように動かすと、テオが捕まえようとダッシュしてきたが、そう簡単には捕まえさせてあげない。


 私は道にしゃがむと、猫じゃらしをメイド服のスカートの中に隠す。

 スカートが地べたに着いて汚れそうだけど、勝負どころなので我慢した。

 そしてテオが見ている目の前で、猫じゃらしがスカートから少し顔を出しては引っ込める動きを繰り返すと、我慢できなくなったテオが猫じゃらしを捕まえようと必死に両手を動かしている。


「ニャニャニャ! 何だこれ、凄く楽しいニャ!」


 その後は不規則で小刻みな動きを繰り返したり、私の知りうる限りのテクニックを全て披露した。


「ふうー、満足ニャ……さすがに疲れたので少し休憩……ニャアアアア!」


 ロシアンブルーのオス猫が、両手で頭を抱えて絶叫している。


「お、俺の王族としてのプライドがニャ……」


 テオが下を向いて落ち込んでしまった。


「テオ、仕方ないと思うよ。世界中の王族が皆ネコになる呪いにかかったら、全員が同じ結果になるはずだし」

「そうだよニャ。俺だけじゃないはずニャ。誰もネコの本能には勝てないニャ」

「うんうん、テオの言う通りだね。これからは私のネコ愛と猫じゃらしのテクニックで、あなたを飼いならして私に夢中にさせてみせるわ」

「ラ、ラウラ、飼いならすとか不安になるのニャ……いや、ラウラにだったら……」


 テオが何かゴニョゴニョ言っているが、声が小さくて聞こえない。


「さあ、目指すはサイネリア教国よ! 絶対にテオの呪いを解いてみせるんだから!」

「ラウラ、ありがとうニャ。キミは俺が必ず守るニャ!」


 テオの言葉が嬉しくて、私はロシアンブルーのオス猫をギュッと抱きしめた。

 私とテオの旅は始まったばかりだけど、この運命的な出会いを、私は大切にしたいと思った。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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