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天界神、リティア・ローヴェリンの企み

 「……この世界には、愛が足りないのです」───不服そうな顔つきで、パーカー少女……リティアはそう語り出した。


「天界、それは役目を終えた(たましい)さんが昇ってくる安住の地。リティアはその天界のまとめ役として、今まで頑張ってきた(たましい)さんたちをたっぷりの愛をこめて労ってあげるのがお仕事です。……でも、最近の(たましい)さんは、どこかぐったりしているのです。(たましい)さんの好きなように過ごしていいんですよと伝えても、ただお花畑をふらつくばかりで……。ある時リティアは、お空を見上げていた(たましい)さんに聞いてみました。どうしてリティアの言葉を聞いてくれないのですか、と。その(たましい)さんは言いました。───たぶんみんな、人生で疲れすぎたんだよ。だから今ぐらいそっとしておいてほしいんじゃないかな……と。それからリティアは清蓮(せいれん)の池に行って、澄んだ水の底を覗きました。その池は、この世界と繋がっているのです。リティアはすぐに、人間を見つけました。ごちゃごちゃと立ち並んだビルの隙間で、うじゃうじゃと忙しなく蠢く人間の姿を。───すぐに理解しました、これじゃ(たましい)さんがヘロヘロになるわけだ。……リティアは、しばらく水の底を眺めて過ごしました。それからリティアが見てきたのは、誰かを攻撃して、誰かに攻撃される、醜い人間の醜い生き方でした」


 そこまで言ってから、リティアはほうっと息を吐き出した。夢にしてはよくできたディティールだな、もしかしたら私も小説家になれるかもしれない。そんなどうでもいいことを考えていると、リティアは温和な笑みを浮かべた。


「リティア、気づいたんです。(たましい)さんを癒すためには、天界でリティアが愛情込めたお世話をしているだけじゃ足りないんだって。───だから、こう決めたんです。この世界を愛でいーっぱいにしようって」

「愛でいっぱい? このご時世、路上でキスやハグなんかしてみろ? 『公衆の面前で発情するバカップルさん、全世界に求愛行動を拡散され無事死亡ww』ってネットの海の藻屑(もずく)になるのがオチだよ」


 そう言って私があくびをすると、「ですから、そのような事をしようと思う人間がいなければいいのでしょう」とリティアは不機嫌そうに呟いた。


「……人間は全て、リティアの愛の力で更生させます。人間は愛のために生き、愛のために死に、誰も傷つくことなく天界へと来ていただくのです。そうすればきっと、(たましい)さんもリティアの言葉に耳を傾けてくださるでしょう」

「なるほど、お前の言いたいことはよーく分かった。要するに、お前の言うことを聞いてくれない魂どもを矯正させるべく、自前のアブラカダブラな力でニンゲンを愛に生きる奴隷にしようってわけだな」


 「そんなことは言ってませんっ」と頬を膨らませるリティア。私はそれを制するように言った。


「でもそれなら、どうして私のところに来たんだ? まさか私が人類最後の生き残りってわけでもないだろうし、こんなところで油売ってるくらいならさっさと外のやつらに洗脳ビームかなんか浴びせてきた方がいいんじゃねえのか?」

「───人類最後の生き残り、か。さて、言い得て妙の対義語は何と言うんだったか……」


 寝ていたかと思ったら突然語りだした黒軍服のロリ……確かアゼミチとか言っていたか。彼女は閉じていた瞼を片目だけ開き、私の顔を見た。


「それ、どういう意味だ?」

「なに、至極単純なことだ。……天界神の企み、その最初の犠牲者が貴様になるというだけの話だ」

「……はぁ?」


 事もなげに言い切るアゼミチの胸倉を、私は思い切り掴む。


「ふざけんなよ、私はもう一回死んでんだよ。それを勝手に生き返らせておいて今更何を……」

「私に怒るのは筋違いだろう。まったく、これだから近頃の人間は嫌いなんだ……」


 リティアの方を振り返ると、もう暴力は懲りたと見えて若干瞳を潤ませた。


「リ、リティアだって適当にあなたのことを選んだわけじゃありません! 希巻(まれまき)さんを選んだのは、単純にあなたが天界のブラックリストに入っているからです!」

「ブラックリスト……なんだそれ」

「もし天界に来られてしまったら、天界の浄化作用で酷い苦痛を味わいながら蒸発してしまうほど、薄汚い(たましい)さんを持った人間のことを記載したものです。希巻(まれまき)さんはその中でも(たましい)さんの薄汚れ度がぶっちぎりのナンバーワンでして。……要するに、希巻(まれまき)さんは天界から出禁を決定されている状態となります」

「ははあなるほどね……とはならんよ流石に。え、私って死ぬ前から天国に行けないって決まってるの? 雨にも負けず風にも負けず、ただ毎日を家の中で暮らして、何もせず、誰にも迷惑をかけずひっそりと暮らしているだけなのに?」


 そんなのあんまりだ。


「───そんな精神が腐りきっている希巻(まれまき)さんですが、私はここに世界征服計画の活路を見出したのです」


 とうとう自分で世界征服と言い切ってしまったリティアは、そんなことを気に留める様子もなく自信に満ち溢れた面持ちで高らかにこう言った。


「世界一のダメ人間を更生させる方法が見つかれば、人類を洗脳させるなど容易いこと。リティアはそう、思い至ったのです。───ですから希巻(まれまき)さん!」

「うわあ、急に近づいてくるな!」

「リティアの愛にたーっぷり浸かって、愛に溺れて、あなたが身も心もラブに満ち溢れるまで、ずーっとあなたのことを、放しませんからね……♡」


 まるでネット広告でよく見かける催眠をかけられたみたいな眼をしたまま、リティアは鼻息荒く私の身体に抱きついてきた。───その小さい身体は思ったよりも骨ばっているが、たるんと突っ張った丸い胸だけが柔らかく密着して心地よい。さらに金色の髪からふわりと香ってくる金木犀のような匂いに、私は一瞬行くことができないと天界神直々に言われた天界の花畑の様子を思い浮かべたのだった。

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