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パーカーロリと軍服ロリ

 天井の木目に監視されているのが気に食わない───もし走馬灯が流れるなら、今日の分のハイライトはこれだろうなと思った。今までにも、シミを繋げて創る「ボロ家十二星座」だったり、剥き出しの板材による隙間と木目を利用した「一生ゴールできないまるで私の人生みたいだねあみだくじ」だったりと、万年床から眺める天井についてあれこれ思案してきたつもりだった。が、木目に恨みを抱いたのは流石に今日が初めてだ。そうだ、私の初めてを祝って、ここはいっそ国民の祝日にしてしまったらどうだろうか。名付けて、はじめて記念日。これはみどりの日なんかよりも、よっぽど親しみやすい祝日ではなかろうか。何を祝えばいいのか、何に感謝したらいいのか、勤労感謝の日と敬老の日ぐらい明白だ。

 ああ……勤労感謝。自分で出した話題とはいえ、トラウマワードを連想してしまった。芋づる式に思い出すのは入社式の日。新卒で東京中心部の企業の内定をゲットし、都会のバリキャリウーマンとして働く自分の輝かしい姿に胸を躍らせながら最寄りの地下鉄駅で降りたっけ。懐かしいなあ。会社、無くなってたもんな。……跡形もなく、更地になってたな。あの時の私が持ってたのは、末尾の0が目玉飛び出るほど少ない預金通帳と、泡沫と消えたバリキャリウーマンが支払うはずだった家賃ウン十万円の高層マンションの部屋だけだったなあ。そりゃ、こんな今にも崩壊しそうなボロ家にも何も考えずに飛びつくよなあ。


 ……今日の雑念タイムはこのくらいにして、ぺったんこになった布団を被る。本当に何もしていないのに、何か成し遂げたような気がするから、私はこの時間が嫌いじゃない。普通のニンゲン社会からドロップアウトした私は、こうして私だけの世界でそれなりに楽しく生きている。

 あくびをかましつつ目を閉じようとした瞬間───突然、視界が歪んだ。それから心臓が肥大と収縮を勢いよく繰り返し、連動して全身が発火しそうなくらい熱くなったり、全細胞が活動を停止しそうなくらい冷たくなったりする。耳鳴りが真夏の蝉ぐらいうるさいが、脳だけは不思議と冷静で、それがただただ不気味に思える。


(あ、私、死ぬんだ)


 直感だが、変に確信があった。だんだんと体温の振れ幅と鼓動は早くなっていき、耳鳴りも比例して無視できないほどに大きく鋭くなっていく。それでも普段通りに活動する私の脳みそだけは、どこぞの極大消滅呪文をくらったときはこんな感じだろうかとか、走馬灯のラストが木目監視員の発見はやっぱり癪だなとか、どうでもいいことを考え続けている。

 そして熱冷の乱高下と耳鳴りがひときわ盛り上がった瞬間、視界がぐるりと一回転した。



◇◇◇◇◇



 布団から身体を起こすと、先ほどまでの異常な体調はさっぱりと消え失せていた。


「……わたし、生きてる?」

「いや、死にましたよ?」


 聞こえるはずのない、私以外の声。いつの間にか右側に座っていたロリに思わず「うお」と叫んだが、ダボダボのパーカーを着た彼女は子供らしい声色で続ける。


「死んだというか、この場合死ぬはずだったと言った方が正しいんですかね───希巻(まれまき)まき子さん」

「どうして、私の名前を……?」


 「当然ですっ」と言いながら、彼女は豊かな金髪を揺らしながらバインダーを高く掲げた。どうやらそれに私の個人情報が載っているらしい。


「……プライバシーの侵害。まさかお前、木目監視員の擬人化じゃないだろうな」

「いやニッチすぎますって。何がどうなったらそんなものが顕現するんですか」

「鶴の恩返し的に、木目の八つ当たりとかでどう?」

「どう、と言われましても……。こほん。いいですか希巻(まれまき)さん、あなたは先ほど寿命が尽きました。享年23歳、人間のどなたにも看取られることなく、みじめにぽっくり逝きました」

「私の死にざまに嫌な言葉を付け足すんじゃないよ」

「え、でも事実ですよね?」


 きょとんとした瞳でそう言われると、なんだか強く言い返せなくなってしまった。


「……じゃあ、この状況って、いったい何なんだ? 私って生きてるのか、それとも……」

「───そこの愚図が蘇らせた」


 不意に飛んできた針のような言葉に振り返ると、そこには黒い軍服のようなものを着たロリが正座していた。


「迷惑千万な話だ。自分の匙加減ひとつで人間を死から蘇らせるなど、愚行の極み。天界神というのがいかに腐った存在かということだ」

「愛を育むために必要なんだから、仕方ないじゃん。アゼっちピリピリしすぎ~」

「軽々しく呼ぶな天界神リティア・ロヴェーリン。……私は地獄の長である閻魔大帝、アゼミチだ」

「───なんかイチャついてるところ悪いんだけどさ、はてなマークが渋滞してるんだわ」


 なおも言い争いをやめない二人のロリに、だんだんと腹が立ってきた私は拳を構えた。


「……ふんっ!」

「ぎゃひっ!?」

「ぐふっ!?」


 ごん、ごんと気持ちよく2HITの音がボロ屋敷に響く。綺麗な金髪に真新しいたんこぶをこさえたパーカーロリが、涙目で私を睨む。


「いきなり何するんですか! やはり愛が足りないようですね、もう一度死にますか!?」

「私に愛が足りないのなら、お前らに足りないのは思いやりだな。いいか、私にも分かるように事の顛末を話せ。さもないと……」

「こ、拳を出すのは反則ですっ! いいんですか、希巻(まれまき)さんの生殺与奪の権はリティアが握ってるんですよっ」

「……蘇生の次は殺害か。天界というのは随分と自由らしいな。だがいいのか天界神、このまま彼女を殺めれば、貴様が言っていた『世界一のダメ人間、愛だけで更生させられる説』が崩壊してしまうのではないのか?」

「ゆゆゆ……それは確かに……」


 たんこぶをさすりながら話す二人に、私はもう一発鉄拳をかました。


「は、反則っ! 二回合わせてレッドカード、退場してください!」

「あ、あまり図に乗るなよこの人間風情がっ! しかも同じところを殴りやがって……」

「───(わり)いな、私はもうニンゲン社会から退場しちまってるんだ。……で、その顔を見るに三段目が作られたいみたいだな?」


 私の言葉を聞いて、明らかに縮み上がるパーカーロリと軍服ロリ。その様子を見て、久しぶりに楽しい夢キタコレ、と私は内心ほくそ笑むのだった。


 

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