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「ふむ……ペリドット、君は私にどこかで会ったことがあるかな」

「2月ほど前、騎士学校の卒業式でお見掛けしました。私が中央(セントラル)に来たのは入学してからですので、恐らくその時が最初だったと思われます」


 授与式の翌日、ウィリアムは突如王宮から召集を受けた。

 当然新米騎士のウィリアムにそれを断ることは許されず、朝練として城内を走り込んでいたところだったので慌ててシャワーを浴び出頭すると、通された部屋には護衛の老騎士と、先日玉座の間で会った男――国王セドリック・クリーヴランドが待っていた。


「それより前は?」

「記憶の限り、国王様にお会いしたことはありません。市井の民に紛れて諸国漫遊されるどこぞの放蕩王であれば別ですが」


 数年前に発売されたベストセラー小説のネタを振ってみたが、反応はいまいち。老騎士が「ふふ」と口元を抑えたくらいだ。

 国王とは思えないほどラフな格好でソファにもたれるセドリックは「うーん」と唸る。


「マイルズは記憶にないか?」

「……吾輩がウィリアム君に会ったのは、ウィリアム君が騎士学校の4年生の頃でしたかな。優秀な生徒が居ると聞き、手合わせに行きました」

「結果は?」

 爺と呼ばれた老騎士マイルズが、ウィリアムを見て答える。

「完敗でしたな」

「……そうか」


 マイルズは、前王の時代から王家に仕えている騎士である。

 とはいえ彼は近衛騎士ではなく、国王のお目付け役も兼ねており、クーデターの前から王家に仕える良心の一人とされる。


「君の目を、どこかで見た記憶がある」

「……では、王と会ったのは私でなく、父だったのかもしれません。あまり似てると言われることはありませんが、同じ色の瞳を持っています」

「瞳……うん、そうか、なら、そうなのかもな」


 あまり納得出来た様子ではないが、マイルズがセドリックに耳打ちをすると、「あぁ、そうだった」と声を漏らす。

 玉座の間に居る時はそれなりに威厳を感じたものだが、今こうしていると、あまり国王らしく見えないものだなと、ウィリアムは頷いた。


「ペリドット――君には、我が息子の指導を頼みたい」

「指導、ですか?」

「あぁ。剣でも槍でも無手でも構わん。期間は――そうだな。一年にしようか」

「それは構いませんが……息子と言いますと、ノア様のことでよろしいでしょうか?」

「……それ以外、私に息子が居たか?」

「失言でした。大変失礼しました」


 ノア・クリーヴランド。国王セドリックの実子であり、王位継承権第一位の王太子だ。

 王家には他にも2名の男子が居るが、ノア・クリーヴランドを除き、すべて王妃リオノーラが妾の種で産んだ子と噂されている。この反応からして、噂は事実のようだ。

 男系の一族であるクリーヴランド王家であるが、クーデターの際に手を汚した元宰相バイロンに現王セドリックは頭が上がらない。

 バイロンの実娘であるリオノーラを正妻にしたことで、国王が10割持っていた権限を、国王と王妃で半分ずつ持つこととなったらしい。


 それによって国王の発言力が弱まり、王妃リオノーラの横暴を止める術がなくなったわけだが――、それでも王は王である。最も高い王位継承権を持つのは、二人の実子、ノアに他ならない。

 そもそも、リオノーラが妾の種で産んだ子にクリーヴランド王家の血は一滴すら流れていないので、たとえ男児であっても王位継承権には天地ほどに差があるのだが――

 恐らくバイロンは何らかの手段でノアでない孫を王にするのだろうな、と予想しているのは、王宮で働く官僚だけではなく、セドリックもであった。


「……申し訳ございませんが、ご期待に沿えない可能性が高いです」

 ウィリアムが頭を下げたまま告げると、セドリックが疑問を返す。

「どういうことだ? 貴殿は数十年に一人の優秀な騎士と聞いたが?」

「騎士として優秀な者が、指導員として優秀であるとは限りません。若輩者である私はこれまで一人として指導に当たったことはありませんので、ノア様の指導に向いている者は他に居るかと思われます」

「あぁ、それなら構わん。――どうせ、無駄だからな」

「無駄、ですか?」

 ウィリアムは不思議そうに顔を上げた。


 やれやれと手を広げたセドリックが、マイルズを見てから、窓の外に視線を向ける。

 ――そう、優秀な指導員なら、王のすぐ傍に居るのだ。既に騎士とは言えないような年齢になったマイルズだが、騎士の指導経験は豊富である。信頼できる者に任せるなら、彼に任せればいいのだ。


「指導員は、これまで7度変わっている。うち2人は自殺した」

「……初耳です」

「当然だ。第一王子の教育係が自殺したなど、外に言えるはずなかろう」


 セドリックが軽い口調でそう告げるが、隣に立つマイルズがウィリアムに向ける目は軽いものではない。言いふらしたら殺すぞと、その強い瞳で語っている。


「あれは俺の息子だが――何が気に入らないのか、分からんのだ」

「それで、普段とは違う者で試してみようというわけですか」

「そういうことだ。命令ではあるが、無理そうなら無理だと言っていい。こちらとしても優秀な近衛騎士を失うのは避けたいのだ」

「……畏まりました」


 頭を下げると、話はそれで終わりとばかりにセドリックは席を立ち、部屋を出ていく。

 マイルズが「くれぐれも、ノア様の機嫌を損ねることはないように」と耳打ちしてきたので、黙って頷き返す。


 部屋でしばらく待っていると、一人の青年がふらっと部屋に入ってきた。

 護衛も連れずに城を歩く、彼がノア・クリーヴランド。

 王妃と同じプラチナブロンドの髪を持ち、空の青さに負けない瞳を輝かせた男。

 歳は今年で二十歳。中央出身でないウィリアムは王家主催のイベントに参加することはなく、彼を見るのはこれが初めてである。


「はじめまして、ノア様。私は――」

「名乗らんでいい。覚える気はないからな」

「ウィリアム・ハルフォードと申します。先日、王家より『橄欖石(ペリドット)』の号を頂きました」

「……おい」

「国王様よりノア様の指導係を命じられましたので、本日より宜しくお願いします」

「おい話を――」

「ではまず、」

「話を聞けッ!!」


 ノアは机を平手で叩き、大きな音を立てる。――が、ウィリアムは音に気にも留めず、説明を続ける。


「ノア様はこれまでロクに指導を受けていないと聞きましたので、私の一存でメニューを決めさせて頂きたいと思います。まずは基礎体力からですね、運動不足は姿勢にも出ています。矯正ベルトはすぐに特注のものが作れるでしょうし、何なら国王様のお古を借りてもいいでしょう。()()国王様に、よく似た体格であられますから――」

「……貴様、俺が誰だか分かっているのか?」

「ノア・クリーヴランド様ですよね、存じております」

「なら、お前が俺に逆らうとどうなるか分かるよな?」

「はて、どういう意味でしょう。私は国王様より直接命令されてここにおりますが、ノア様は国王様より偉いのでしょうか? もしそうであったのならば不勉強につき申し訳ございません。私が知らないうちに、王は代替わりをしていたのですね」

「…………」


 相手の話を聞かず、言うことを聞かなければ上の立場から恫喝する――まぁ、普通の相手ならそれで萎縮するだろう。


 ――だが、相手が悪かった。ここに居るのは、残念ながらただの騎士ではないのだ。


「……俺に逆らうと反逆罪になるのは分かっているのか?」


 呆れたと言わんばかりに溜息交じりにノアが告げても、ウィリアムの表情は一切歪まない。そこが、ノアを更に苛立たせた。こんな相手は、見たことがない。


「反逆? 誰が、誰にでしょう?」

「お前が、俺に、だ」

「はて、おかしいですね。クリーヴランド国法72条7項、王家に指導員として雇われた者は、72条8項に該当しない限り全ての言動を許されるとあります。私の知らぬうちに、この国の法律が変わっていたのでしょうか?」

「あ、い、いや」


 まさか理詰めで反撃をされるとは思っていなかったのであろう、ノアが狼狽え、視線を彷徨わせる。

 口論において、口で、心で負けても視線を逸らしてはいけない。生まれた時から最高位の王太子であった彼は、ひょっとしたら他人と口論などしたことがないのかもしれない。


「72条8項、全治3か月以上の怪我、眼球や臓腑など治療不可能な部位の損傷、及び王室医師が生命の危険と断定するもの――ノア様は先程国家反逆罪とおっしゃいましたが、私の発言は一体国法の何条に抵触しているのでしょうか?」


 ただの騎士ならば、ただの教師であれば、ただの教育係であれば、ただの指導員であればこう返すことはなかった。

 相手は王位継承権第一位の王太子だ。会って数分で、ここまで態度を変えられる者は貴族にもそうは居まい。

 精々が、現王より長く王宮で働く高位貴族――マイルズのような者くらいだ。


「……お前が何を言おうと、俺は剣など学ぶつもりはない」


 口論では勝てないと諦めたのか、ウィリアムはソファに大きく腰掛けると懐から取り出したヤスリで爪を研ぎながら吐き捨てた。その指先は、少しだけ震えている。怒りか、それとも他の感情からか。


「左様ですか。そうなると、どうしましょう。……暇ですね」

「素振りでもしてればいいんじゃないか?」

「素振り……素振りですか。そうですね、ではお言葉に甘えて、失礼します」


 ウィリアムは腰の剣――愛用の双剣ではなく近衛騎士に支給された汎用の片手剣(ショートソード)である――を鞘から抜き、そのままの勢いで振り、鞘に戻した。たったそれだけの動作だが、それを()()()()()()に行うと、室内にはぶわっ、と小さな突風が巻き起こる。


「……ん?」


 突如風に煽られたノアが首を傾げ、窓に目を向ける。窓は閉まったままだ。

 ウィリアムに目を向ける。剣から手を離したウィリアムは前で両手を軽く組み、ノアに笑顔を向けていた。

 ――して、ノアがウィリアムから意識を逸らした瞬間、再びウィリアムは剣を抜いた。室内にしては強すぎる風が吹き、小さく「キン」、と金属同士の触れ合う音がする。


「…………お前、何かしたのか?」

「暇なので、素振りをしていただけですが」


 動作を見ていなかったノアは「そうか」と呟くと、再びヤスリで爪を削り出す。ごり、ごり、ごり――キン。

 室内に度々吹く突風。時折鳴る金属音――それを数度繰り返していると、ノアが何かに気付いたのか「は?」と声を漏らした。


「……何だ? これ」


 ノアが床を見ると、そこには小さな金属片がいくつも落ちていた。爪先ほどもない、1ミリにも満たない小さな金属片だ。先程までそんなものはなかった。

 それを拾い上げようと、床に顔を近づけたノアの視界からウィリアムが消えた瞬間――


 ――ウィリアムは、剣を振るった。

 一度ではない。都度数えること、()()()


 ひときわ大きな金属音が連なりに響くと、ノアの手からぽとりと何かが落ちる。それは先程まで彼の爪を削っていた、ヤスリの持ち手だ。


「ん?」


 ヤスリの持ち手だけが落ちた。が、その先端には何も付いていない。

 代わりに、()()()()()()()()()()()()()()が床に積もる。


「い、いや、おい、おい待てお前、お前――――」

「何か?」

「何をした!?」

「何って、素振りをしていただけですが」

「き、切ったのか!?」

「切った、とは?」


 笑顔のままシラを切るウィリアムとは対照的に、ノアは額から汗を垂らし視線を泳がせながら叫ぶ。


「お、おま、お前はいいい今、何をしたんだ!?」

「素振りですよ?」


 もう一度、今度はノアの見ているところで剣を抜き、振り、そして鞘に納める。たったそれだけの動作だが、しかし――


「…………は?」

「見えませんでしたか? これでも見えるようにゆっくり振ったつもりでしたが」


 ――直視していても、かの御業は訓練していない人間が視界に納めることなど不可能だ。

 かつてウィリアムの父、エルドレッド・ハルフォードが近衛騎士団長まで上り詰めた、『黒曜石(オブシディアン)』の名に相応しい、鋭き神速の刃――


 脱力状態から全身の駆動系を瞬時にバネとし、無構えで人間離れした初速を叩きだす、膂力に劣る騎士のための剣。それを、ウィリアムは完璧なまでに習得していた。

 王国広しといえど、剣術の中で最速と名高い『キトゥ流』において10代で免許皆伝に至ったのは、過去100年を遡ってもウィリアム・ハルフォードただ一人である。


「お前はその剣を、俺に教えることが出来るのか」

 しかしノアは、蛮行に怒るではなく、冷静な声でウィリアムに問うた。

「さぁ?」

「……いや、さぁって。もうちょっとなんかあるだろ」

「私に指導員の経験はありませんので、師と同じメニューをノア様に施せば同じ剣を習得出来るかは分かりません。まぁ――」


 ウィリアムは口角を上げ、格下を見下ろすような、――まるで社交界で虐めて良い相手を見つけた()()()()のような笑顔で、ノアを見下ろして言う。


 ノアには一瞬、ウィリアムの口元を隠す、煌びやかな扇子が見えた気がした。


「怪我が怖くて、死ぬのが怖くて、謀殺されるのも怖くて、次代の王に相応しくない役立たずを()()()()()ノア様には、とても耐えられるものではないかもしれませんが……」


 何を言われたか分からず、ノアは一瞬呆然と口を開ける。

 ゆっくりと顔が紅潮していき、わなわなと震え出し――


「き、貴様――」

「ところで『鴉』から、私のことをなんと聞いていましたか?」

「…………」

「騎士学校の同級生、テイラー君は『鴉』ですよね。若いのに立派なことです」

「……どうして、知っている」

「歩き方の癖、ですかね? 彼、気配を消すのが上手すぎるんですよ。男爵家の三男があぁも上手く気配を消せるわけありませんし、呼吸音が静かすぎるんですよね」

「…………」

 ノアは言葉を失ったが、すぐに落ち着きを取り戻し、口元に手を当てる。


 ――王家直属諜報部隊『鴉』。

 それはクリーヴランド王国の建国から暗躍する組織であり、公に存在が語られていない。

 だが、近衛騎士団長の立場からそれの存在を知り、何なら左遷の際は鴉に移籍しないかと誘われていた父から話を聞いていたウィリアムはそれの存在を、見分け方を知っていた。そして、手口だって。


「お前は、それを知って、どうしたい?」

「どう、とは?」

「お前は、……リオノーラ陣営の者か?」


 実の母のことを()で呼んだノアは、先程までの間抜けな放蕩息子のような態度を一変させ、余裕のある表情で腕を組み、ソファに深く腰掛け問うた。


「違いますよ」

「では、父の陣営か」

「そちらでもありません。中央とは何のしがらみもなく、政変で左遷された父を持つ、ただの地方貴族です。――()()()()ノア様には、都合が宜しいでしょう?」


 ノアは少しだけ驚いた表情を作り、――「ははっ」と心底嬉しそうに声を上げる。


「気に入った」

「それは何よりです」

「お前なら――俺を、王に出来るか?」

「それは簒奪でしょうか? それとも、順当な継承でしょうか?」

「簒奪と言ったら、どうする」

「えぇ、それなら得意ですよ」


 小さく、「された方の、ね」と呟いたのは、ノアは聞こえただろうか。


「……ほぅ?」


 ここに、出会ってはいけない二人が出会ってしまった。

 かたや弟の名を騙り、騎士として王家に接触したウィリアム――もといメイベル・ハルフォード。

 かたやクリーヴランド王国の正当な王太子でありながら両親の不仲が原因で実権はないに等しく、二十歳を迎えても婚約者の一人も居ない、王位を継承する前に暗殺されることがほぼほぼ確定している、ノア・クリーヴランド。

 二人の戦場は、剣や槍を必要としない、権謀術数の世界だ。


 しかし、この二人が手を組むと、どうなるか。

 ――世界は、きっと大きく変わっていくだろう。

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