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「おい、聞いたか今年の主席卒業生――」

「あぁ、中央出身じゃない奴が主席取るなんて20年ぶりって聞くぞ」

「……お前、見たことあるか?」

「あるぜ。小柄な男だった。どう見ても強そうじゃないが、在学中は無名だったなんて噂もある。まさか賄賂でも使ったのか?」

「でも中央貴族以外が上を満足させられる賄賂を渡せると思うか?」

「分からん……」


 新年度を迎えた騎士学校の生徒の中では、去年度の主席卒業生の話題で持ち切りだった。

 中央出身でない貴族の子息にとって、騎士学校の主席卒業というのは唯一中央に返り咲ける手段なのだ。

 騎士学校の卒業生でも、指名されない限り騎士団には入れない。そのほとんどは卒業後、自分の領地に戻ることになる。


 その中でも、主席卒業生のみ入団が許される近衛騎士団、通称『宝石箱(カスケット)』。

 騎士が後から実力を認められるのは稀である。優れた人材は、最初から優れているものなのだ。それを思うと、卒業試験までほとんど噂を聞かなかった上級生が主席で卒業したことなど、彼らには理解が出来ないのだろう。

 話題は次第に逸れていき、「どうやって賄賂を渡して成績を上げるか」から「誰に賄賂を渡すのが効率良いか」なんて話になり、偶然通りがかった教頭が彼らを小突いて解散させるまで、その話題はしばらく続いた。


 所変わって近衛騎士団の訓練場では、毎月恒例の総当たり戦が行われていた。

 刃引きなどしていない愛用の武器を持ち、実戦を想定した模擬戦が毎月一回、およそ3日ほどかけて行われている。

 近衛騎士団内の序列は、『号奪戦』と呼ばれるこの模擬戦の成績によって変わる。

 たとえ騎士学校を卒業したばかりの若造であろうと、ここで全員に勝てば騎士団長にだってなれるのだ。 もっとも、そんな下剋上は未だかつて一度も成功していないが。


「そ、そこまで!」

 休憩も兼ねて審判役を務めていた近衛騎士の一人が、終了を宣言する。


 今年度の主席卒業枠で入団した小柄な青年ウィリアムが、序列3位、『金剛石(ダイヤモンド)』の号を持つ偉丈夫――槍遣いフレドリックを打ち倒したのだ。


「フレドリック先輩、アークライト流槍術の師範代と手合わせをしたのは初めてだったので、勉強になりました。初戦で肩を持たせて頂き、ありがとうございます」

「は、は……いや、俺も油断してたつもりはねぇんだが……」


 双剣を腰の鞘に納め、倒れたフレドリックに手を差し伸べるウィリアムの姿は、他の場所で競い合っていた騎士たちも手を止め、拍手を送るほどすがすがしい光景であった。

 油断などなかった――といえば嘘になるだろう。フレドリックは()()()油断していた。

 実力差は明確で、決して負けることはない相手。しかし実力差がありすぎると勢いあまって殺してしまうこともある。相手の強さが分からない初戦はまずは小手調べから――と考えていたフレドリックに対し、ウィリアムはその僅かな、――ほんの毛先ほどの油断をついたに過ぎない。


 槍遣いと双剣遣いという、槍遣いに圧倒的有利な状況だったのも災いしたろう。

 なお、この模擬戦は号()戦と呼ばれるように、はじめは王家から与えられた宝石の号を奪い合う形式であったが、前王が「折角本人見てイメージで決めてるのに、毎月変わられると覚えるのが面倒だ」とぼやいたことで、序列だけを争う儀式となったという経緯があるとか。


 フレドリック以降は誰も油断することなく、最終成績3勝15敗1引き分けという結果を残し序列14位となったウィリアムは、序列19位から与えられる宝石の号を授与されることとなった。

 王が補佐官から短剣を受け取り、跪くウィリアムの元へ行く。鞘を抜いた短剣の切っ先を自らに向け、一年に一度もない口上を唱える。


「ウィリアム・ハルフォード二等騎士、貴殿には『橄欖石(ペリドット)』の号が与えられる。これからも鍛錬を怠ることなく、王家に尽くすように」


 騎士は言葉でなく、行動で示す。顔を上げたウィリアムは王に向けられた切っ先を両手で包み込むようにし、それを自らの胸まで持っていく。


 王に届く剣を持ち、王を守る盾となる。未だに古い風習の残る、騎士の誓いだ。

 ――そう、この場、この瞬間に近衛騎士が反旗を翻せば、護衛から離れて儀式を行っている王は間違いなく死ぬであろう。


 授与式では帯剣は許されていないが、刃引きされているとはいえ短剣を渡された。

 それを突き刺すだけで、王は死ぬ。その後騎士がどうなるかは分からないにせよ、少なくとも革命の礎となれるだろう。

 だがこの王は、クーデターで前王を殺し、婚約者である貴族令嬢をも殺し、革命に反対した貴族を殺し、地方貴族を左遷し貴族内外から恨みを集めたこの王は、玉座について20年、近衛騎士が誕生するたびに行われるこの儀式を一度として止めることはなかった。たとえ宰相が止めるよう提言しても、だ。

 ウィリアムが、閉じていた瞼を開けて王の顔を見る。その顔は、どこか諦めたような、そんな表情に思えたのだった。


(……ふぅん)


 ウィリアムの畏まった表情とは裏腹に、ほんの一瞬、値踏みするような視線を王に向けたことに、気付いた者は居ないであろう。


(20年ぶり。……老けたわね)


 玉座の間には王妃は居ない。数年前より寝室を王と分け、男妾を囲い散財を重ねている王妃は、国で行われる儀式に顔を出すことはほとんどない。

 略奪婚をした王妃は、果たして今何を想っているのか――


 その美しき碧の瞳を見た王からウィリアムに与えられた宝石の名は、『橄欖石(ペリドット)』。

 ――そうしてウィリアム・ハルフォードは、この世に名を刻んだ。

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