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 指がぱらりと本を捲る。今から20年ほど前に発行されたベストセラー小説だ。

 その小説は、勧善懲悪と良しとする当時の社会にマッチしたのか、20年経っても似たような作品が数多く出版されているという。

 悪逆非道の限りを尽くした貴族令嬢が、清き心を持った平民出の女の逆襲を受け転落していく――とまぁそんな感じの話で、巷では『悪役令嬢』だとか、『ざまぁ』なんて呼ばれているらしい。


 私が手にしたこの小説、『血濡れの吸血姫』は、そのブームの火付け役となった作品で、実在する人物をモチーフとしている。

 王太子の婚約者であった貴族令嬢が自らの立場を利用し、逆らう貴族を皆殺し、地方領主を虐げ、民衆を支配し、ついに玉座に手が届くところまで辿り着いたが、光の御子として覚醒した主人公によって目を覚ました王太子によって処刑され、たいへん素晴らしき国になりました、めでたしめでたし。――と、まぁそんな話。


「……くっだらない」

 ぱたんと本を閉じ、うんと背伸びをする。


 何度も何度も読んだけれど、読後は吐き気を催すほどである。悪役令嬢パートの心理描写が見事なのに、他の登場人物は脳に花でも咲かせているのかというほど能天気、何も解決していないというのにご都合主義のまま終わるあたりが、特に嫌い。


「良い国になった? その結果が、……これ?」


 私――メイベルは、ハルフォード子爵家に生まれたれっきとした貴族令嬢である。

 小さな屋敷と、3000人ほどの農民、常備兵はたったの7人しか居ない、田舎の弱小貴族ではあるけれど。

 華やかさの欠片もない、地味で小さな土地だ。主産業は畜産と小麦、土地は広いが隣家との距離は目視出来ないほど離れている。

 王都ではベストセラーの小説ですら、行商人に頼んで発売から一月ほど経ってようやく手に入るほどである。


 ここクリーヴランド王国は、今から20年ほど前に中央集権化を果たした。

 血統主義の王太子が王位を簒奪したことで、地方出身の貴族や成り上がりの元平民や下級貴族は蔑まれ、要職に就いていた者を含めて10年ほどかけて徐々に左遷され、彼らは地方の領主に任命された。

 中央では富と利権の独占に、世襲による汚職の蔓延。指摘できる者は皆処刑なり左遷なり追放なりされていたため、改善することも出来ず更に腐敗が進む。

 王家主導で軍事に多額の投資をするようになり、周辺の小国には大軍で押しかけ脅迫まがいの併合を持ち掛け、断られればそのまま侵略する。

 その結果として、たった20年で大陸において最大の領地を誇る国へと生まれ変わったが、それは身体だけ大きな子供のようなものだ。

 (からだ)の大きさと全く釣り合っていない小さな(あたま)。それが今のクリーヴランド王国である。

大国において中央集権化とは、何も悪いことばかりではない。だがこの国においては、悪い面が露呈してしまった状況である。


 本を書棚に戻すと、廊下からばたばたと足音が聞こえてくる。

 書斎を出、玄関まで迎えに行くと、大荷物を持った一団がそこには居た。


「お父様、皆様。お帰りなさい」

 帰ってきたのは父親と、側近たち。


 たしか、山向こうにある隣の領まで塩を買い付けに行く一団に、護衛()()()として同行していたんだったか。ふつうは台車なり馬車なりを必要とする重さの塩の詰まった革袋だが、それを両肩に担ぐ彼らにとっては訓練の一環かもしれない。


「ただいま、メイベル」


 メイドに汗を拭かれながら腰に差していた剣の鞘を外した父の名前は、エルドレッド・ハルフォード。かつては下級貴族だてらに近衛騎士団長にまで上り詰めた逸材だが、中央集権化により王都を追い出され、今では田舎の弱小領主だ。

 私はここハルフォード家の長女であり、唯一家督相続権を持つ実子である。


「お嬢はいつも綺麗だなー、こんなゴリラの娘とは思えねえ」

「ホントホント。頭ぁ、お嬢どっかに嫁がせるくらいなら俺んとこにくれよぉ、親父死んだら俺も一応子爵になるんだし」

「アァ!? 誰がどこの馬の骨とも知らねえ馬鹿に娘やるかよ!!」

「いやどこの馬かは知ってんだろ!? 3歳の頃からの付き合いじゃねえか!」


 父と心底仲良さそうに接している側近らとは、この小さな屋敷で家族同然に暮らしてきた。だから、こんなノリだって笑って流せるくらいには慣れている。

 彼らの中には王都に残れる身分の者も居たらしいが、左遷された父について地方にやってきた、7名の元騎士たち。


「皆さま、湯あみの準備も、食事の準備も出来てますよ。どちらにされますか?」

 父と側近らは顔を見合わせ、声を合わせて答えた。


「「「「「「「「飯!!!!」」」」」」」

 そう、彼らはとにかく食べる。もう、7人居れば30人前くらいは余裕で食べる。


 側近である彼らを養う食費は当然ハルフォード子爵家持ちなので、それなりに肥えた土地を持っている当家であっても、そこまで金銭的に余裕はない。

 時折父が王都に出向いて貴族のご子息様に剣術指南をしているらしく、その報酬が子爵家における現金収入の半数近くを占めているくらいだ。


「では、先に食事にしましょう。ロミー?」

「は、はいっ!」


 屋敷唯一のメイド――領に住んでいた小作人の子だが両親を早くに亡くし一人になっていたのを父が拾ってきた――に合図すると、彼女はタオルを放り投げて走っていく。


「……せめて持っていきなさいよ」


 あわてんぼうのロミーに放り投げられたタオルを拾い集め、綺麗なものは側近に渡し、使用済みのものは玄関の洗濯籠に。

 玄関に置かれた塩の袋は私では絶対に運べないから――側近の一人に目配せすると、頷かれる。


「熟成しておいたクォーク豚が丁度食べごろですので、お楽しみに」

 おぉ、と父や側近らから声が上がる。


 ここハルフォード子爵領の名産品であるクォーク豚は特別な飼料で育てられており、王都にも出荷している高級なブランド豚である。

 とはいえ、領主である私たち含め、領民が普段から食べているのはそれより品質の劣る雑穀飼料で育てられたもので、売値はクォーク豚の10分の1ほど、そちらは領内での消費用だ。まぁ貧乏貴族といえど月に一頭くらいはクォーク豚を捌くくらいの余裕はあり、たまの贅沢となっている。

 父の側近である元騎士のほとんどは貴族の次男や三男坊だったりするので、王都暮らしをしていた頃からあまり金銭的裕はなく、食生活にそこまで大きな不満はないらしい。

 量が少ないと言われたことはあるが、どれだけ大量に作っても彼らは食べ尽くすので、そこはもう諦めた。もうみな三十路どころか四十路に届く者まで居るというのに、まるで10代後半のような食欲だ。

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