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「セドリック様、これはどういうことでしょう?」


 大勢の騎士らに剣を向けられた令嬢アシュリーが、僅かにも焦りの色を見せることなく、毅然とした態度で王太子セドリックに問いかけた。


 アシュリーの態度とは裏腹に、セドリックは平静とは言い難い。

 元々感情が表に出やすいタイプだったというのもあるだろうが、それにしても今日の態度はおかしかった。

 食事中には目すら合わせないし、何を話しかけても上の空――側付きのメイドに聞いても濁され、面会しようと思っても、ないはずの予定は埋められる。


「貴様のような悪女を王宮に入れたのが間違いだった! この場で殺されたくないのなら今すぐ出ていけッ!」

「……出て行けと申されても、私の家はここですが」


 溜息交じりにそう返すアシュリーは、国内有数の公爵家に生まれた由緒正しき令嬢だ。

 セドリックと婚約して5年が経つ。結婚式を迎えていないので正確には王族ではないが、住む家というのは即ち王宮で、夫となるのは王太子セドリックである。


「アシュリー、まだ分からないのか? 貴様を婚約者候補から外すと言っているんだ」


 セドリックが睨みながらアシュリーに告げると、彼女は小さく溜息を吐いた。


「……()()と申されましたか。セドリック様の婚約者は私一人だったと記憶していますが」

「他の候補を辞退させたのはお前だろう!?」

「王族にふさわしくない方を、相応しい場所にお帰り頂いただけですわ」

「……リオノーラという名を知っているか」

「さぁ? どこぞの下賤な娘でしょうか?」


 アシュリーは荘厳な羽根のついた扇子を口元に手を当て、あらあらとセドリックを挑発していると、かつかつと階段を降りて一人の女性が現れる。


 ――プラチナブロンドの髪を持つ、小柄な女性だ。

 男主体で政治が回る王宮において、女だてらに鬼神のような立ち振る舞いをするアシュリーとは似ても似つかない、小動物のような――ただし胸だけは大きい――娘である。

 しかし、彼女の頭に載っていたものを見て、アシュリーは声を荒げる。


「不敬な!? それは代々王妃のみに着用が許されたティアラですよ!? 誰かあの娘を捕えなさい!」


 娘の頭に載せられたティアラを見、狼狽したアシュリーが叫ぶが、周囲の騎士は誰も動かない。誰も彼もが目を逸らすようにして、見て見ぬふりを決め込んだ。うち数人は剣を下ろし、己の無力さに項垂れる。

 彼らは王の、王族の臣下であり、未だ王族に名を連ねていないアシュリーにとっては、仲の良き隣人でしかない。職務を全うする時、隣人の存在は考慮されない。


「現王――父上らには退場頂くことにした」

「……セドリック様、正気ですか?」

「正気でないのはお前だろうアシュリー!」

「私は、はじめから正気です。ご乱心されたあなたと違って」


 アシュリーはリオノーラという名の見知らぬ娘からティアラを奪おうにも、騎士が邪魔で近づけない。

 溜息交じりに皮肉を返すと、階段から降りて来た二人目を見て全てを理解した。

 どしんどしんと下品な音を立て階段を下りて来たのは、血に濡れた剣を片手に持った小太り――いや太っちょの男であった。


「バイロン()宰相様、裏に居たのはあなたでしたか」


 太っちょのバイロンが血で汚れた剣を振ると、ぴしゃりと鮮血があたりに飛び散る。そのうち一滴がアシュリーの頬に当たると、彼女は不快そうにそれを拭った。


「そこに居るのは、大方あなたがどこぞの娼婦にでも産ませた娘でしょう。膨らんだ頬に滝のような目尻なんてそっくりですわね」

「アシュリー!! リオノーラを愚弄するか!? 娼婦の娘なはずないだろう!?」

「そうですアシュリー様! 信じてください!」

 小さい女が甲高い声で喚くものだから、アシュリーは思わず耳を塞いでしまった。


 バイロンの娘は4人居ることになっている。内訳は31歳既婚、27歳他国に嫁ぎ、26歳去年病死、23歳騎士と結婚。

 リオノーラは見たところ、15歳前後だろうか。その年の実娘が仮に実在したとしても、それは貴族の子ではない。娼婦かメイドか何かに産ませた隠し子か何かだ。

 それを貴族と認める手段がないわけでもないが、正式な書面に記されていない庶子は、仮に貴族の血を継いでいても貴族とは認められないのがこの国の法律である。


「……セドリック様、バイロンに未婚の娘はおりません。ご存知ありませんか?」

「し、知っている! だがリオノーラは政変を避けるため他所で育てられたのだ!」

「そんなつまらない嘘を信じたのですか?」


 大きく溜息を吐いた。自分の婚約者が、ここまで馬鹿とは考えたくなかったからだ。

 バイロンが一歩前に出て、重そうな腹を擦りながら野太い声を発する。


「お久しぶりですアシュリー様。リオノーラはたしかに私の三番目の妻ベレンの子です。病弱だったため生まれてすぐベレンの生家であるモンテス聖国に移住しておりましたが、この度セドリック様のお眼鏡にかない中央に呼び戻した次第で――」

「その口を閉じなさいバイロン。あなたは既に王宮を追放された身、ここで以前のように振舞えるとは思わないことです」

「それは、どうですかな?」


 バイロンが近くに居た騎士に血濡れた剣を押し付けると、騎士は代わりに自分の剣を差し出した。騎士にとって剣は命の次に大切なもの。それを渡すということは、相手を自身の主であると認めている場合だけだ。

 ――とはいえ、騎士の表情は、苦悶のそれであるが。


「はぁ……、言うに事欠いてその男を重用するなど、理解出来ません」


 バイロン元宰相の不正は、並みの貴族ならば良心の呵責で卒倒するほどのものだった。個人が楽しむ程度ならともかく、それこそ売国レベルの不正行為を行い、バレなければ儲けもの、バレそうになったら他の者に罪を擦り付け逃げる風見鶏であった。

 アシュリーが不正貴族を摘発した際、真っ先に王宮から追放したのが不正貴族の親玉、バイロンである。彼をこの国から追放したかったが、残念ながらそれには材料が足りなかった。不正を働くことだけに関しては一流で、人の目を欺く技術があったのだ。その能力を国の為に使ってくれれば、どれだけ助かっただろう。


「婚約者殿を――おっと、()でしたね。彼女を例の牢に」


 バイロンが指示をすると、数人の騎士がアシュリーを囲む。

 残念ながら貴族令嬢でしかないアシュリーに、本職の騎士数人を相手に大立ち回りを出来るほどの力はない。抵抗する気も失せ大人しく拘束されていると、プラチナブロンドの女が「んべー」と、アシュリーに舌を出していた。


 ――そういえば、あの女は誰なのだろう。アシュリーは牢まで運ばれる間、そればかりを考えていた。

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