掌編①
【薄明光線】
「天使の梯子だ!」
サイドガラスのむこうを指差しながらちいさく叫んだ。
平地にひらけた田んぼや民家にむかって、雲の切間からいくつもの光が差し込んでる。けれど山間のカーブで道がうねるたびに消えたり現れたりする。もっと見ていたいのに。
「え、なにそれ」
「もー、あなたが中学生のときに教えてくれたんでしょ。おぼえてないの?」
「そうだっけー」
このひとは物知りなのに忘れっぽい。
わたしは知らないことが多くてなんでも覚えてる。
このひとと知り合ったのは今から一五年前の中学一年のときだった。放課後、ほおづえをつきながら窓の外をぼやっと見ていたら、とつぜんこのひとが話しかけてきた。
「天使の梯子だー! きれいだね」
ふりかえると左のほほにえくぼをうかべて、無邪気に笑いながらいきなり話しかけてきた。また窓の外に目をやる。
空から降りそそぐ金色の光をみながら、同い年なのに、わたしのしらないことをしってるこのひとに、一瞬で心を奪われた。
このひとは社交的で、わたしは内向的。
このひとの好きな色は緑、わたしは赤。ザ・クリスマスカラー。
このひとの得意科目は物理と数学で、わたしは古典と英語。
このひとの好きな音楽は洋楽のロック、わたしは日本の女の子のアイドル。
……あげだしたらもうきりがない。よくもまあ十五年も一緒にいられたよね。
それからファッションの好みも違う。ここがいちばん惜しいところ。
このひとはスカートが好きで、ハイブランドのバチバチにきまったのが好きで、わたしはパンツが好きで、ナチュラルなのが好き。だから服の貸し借りができないの。
わたしたちの共通点ってもはやひとつ、ふたつ……くらいしかないんじゃない?
「……さいごくらいはおんなじがいいよ」
「なんかいった?」
「なんでもない。ああ、あと五分くらいでつくって、お母さんに連絡しとく」
「はーい、よろしくー」ハンドルをこまめに切りながらそういうこのひとの、長い髪の毛の間から大粒のエメラルドのロングピアスが揺れた。えくぼもうっすらとうかんでる。
トートバッグからクリーム地に大輪のガーベラのイラストが描かれたスマホケースを取り出し、メッセージを打った。そして顔をあげてもういちど窓の外を眺める。もうあれは見えなくなってしまった。
そのかわり、窓ガラスに映るショートヘアのわたし越しのこのひとに向けて心の中でつぶやく。
人生の最期くらいは一緒に天使の梯子を登って、一緒に天国にいこうよ、ね。