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「ここか……ッ!」
ダンジョンに入ってからおよそ30分。50体を超すラミアとの戦闘を無傷で切り抜けた切原の耳が悲鳴を拾う。それは若い女の声だ。
段々と近くなる悲鳴が止まった瞬間、心臓の鼓動が大きくなるのを感じる。
無事でいてくれと願いながら声の元へ辿り着いた切原が見たのは、非情な光景であった。
恐らく学校指定のジャージであったろう。ラミアの持つ溶解液によって溶かされ、僅かに身体を覆う赤褐色の布。女子生徒の足から胸までをラミアの下半身である蛇の部分が巻き付き、大口を開けたラミアが、頭から女子生徒を丸呑みをしている真っ最中だ。
「そいつを、離せ……ッ!」
女子生徒を囲むラミアは7体。うち4体が切原に気付き向かってくるが、切原の視界に映っていたのは、女子生徒を肩まで飲み込んでいる個体だけだ。
モンスターの名は伊達ではない。万力のような力で締めあげられた女子生徒は抜け出すことも暴れることも声も上げることも出来ず、静かに暗闇で命を落とす瞬間を待つ。
「――動くなよ」
その言葉は、女子高生に向けたものか、それともラミアに向けたのか、切原自身分かっていなかった。
「『度重なる幸運』――『人生一度の大博打』ッ!!」
能動的に発動するパッシブスキルを使用する場合、口頭でスキル名を発声し、異世界に認識させる必要がある。
一部の探索者は脳内発声だけでスキルを使えるようになるが、切原は口頭入力を愛用していた。
瞬間的な強化を齎すスキルの二重使用により加速した肉体は、切原に襲い掛かったラミア達の数センチしかなかった隙間を強引に潜り抜け、女子生徒を丸呑みしたラミアの目の前に辿り着く。
――一瞬、ラミアと目が合った。
これまでに放ったような蹴り技では、女子生徒ごと攻撃してしまう。ラミアに身体が触れ合うほど接近した切原が繰り出したのは、肘だった。
アッパーの要領で振り上げられた肘は、ラミアの下半身から上半身を――縦に割断した。
「ぷふぁっ!」
丸呑みから解放された女子生徒を受け止める。
解放されてようやく見えた顔は、後輩に送ってもらっていた写真と同一人物だ。要救助者をなんとか助けられたことに安堵し、ほっとしたのも束の間、残る6体のラミアが切原達に襲い掛かる。
だが、もう要救助者を庇って超接近してからの肘打ちなどする必要はない。
切原は女子生徒を壁際に放り投げると、全力の水平回し蹴りを繰り出した。
「――ッ!」
ここに辿り着くまでは、吹き飛ばすだけでダメージを全く与えられなかった切原の攻撃だが、しかしこの場においては違った。それは先程戦闘前に使用したスキルの影響だ。
切原の水平回し蹴りが、まるで豆腐に包丁を入れたかのごとくラミアの上半身と下半身を両断した。
ひと蹴りで3体まとめて葬った切原は、回し蹴りの勢いそのままに軸足を浮かし、身体を1回転させると、後ろ回し蹴りに繋げる。
たった2度の攻撃で6体のラミアを葬った切原は、「ふぅ」と小さく息を吐いて、そして大きく吸い込んだ。
「残り時間コンマ7秒。ギリ間に合ったか」
編纂者から与えられた『物理耐性』というスキルによって物理攻撃を完全に無効化しているモンスター達だが、それでも物理攻撃を与えるための例外がいくつも存在する。
そのうち一つが、切原が先程使ったスキル、『度重なる幸運』だ。
このスキルの効果は、連続してクリティカルヒットを発生させた時、その回数によって特定の効果を齎すというもの。一定回数を超えたこのスキルは、相手の防御系スキル及び耐久ステータスを完全に無効化することが出来る。
それによりラミアの『物理耐性』を無効化し、ダメージを与えることが出来たのだ。
「あ、あの……」
『度重なる幸運』の再使用時間――7000秒という途方もない秒数を見て溜息を吐いた切原に、後ろから声を掛ける者が居る。つい先程救助した女子高生だ。
後ろを振り返った切原の目に飛び込んできたのは、これがまた、見るに堪えない姿をした女子高生の姿で――
「……見ました?」
「すまない、見ないようにしたつもりだったが、見えるものは見えた」
目を隠し顔を逸らした切原の脳裏には、一瞬だけ視界に映った女子高生の姿が焼き付いていた。助けた瞬間はそれどころではなかったので顔しか見ていなかったが、今は違う。
まぁ、溶解液を全身に受けたら化学繊維の服くらい溶けるよなと、どうでもいいことを考えて記憶を消そうとしても、しかし脳裏に焼き付いて離れない。
「す、すみません。こんな姿で……」
「い、いや、悪かった」
「……あ、あの、組合の人……じゃないですよね?」
「あ、あぁ。町田市役所の職員、切原だ」
「で、ですよね! なんか隣ですっごい熱心に説明してた人に似てた気がして……。あ、私は杼木遥って言います。真福寺高校1年生です」
「……知ってる」
状況が状況とはいえ、女子高生の裸を生で見てしまった。逮捕モノだ。その、大事なところは隠れていた……ような気がするが、見えてしまったような気もする。脳が勝手に情報を補完してるのか、本当に見えていたのか定かではないが。
「えっと、予備の服……とかないですよね」
スーツのジャケットを車に放り投げてきたことを思い出し、大きく溜息を吐いた。
ラミアが溶解液を持っていることを知っていたのだから、そのくらい気を回しておくべきだった。慌ててワイシャツを脱いで、「こんなので悪いが」と押し付ける。
「……ありがとうございます」
少しだけ困惑した様子の女子高生――遥が頭を下げた。