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「はぁ……」


 自家用車を飛ばし、目的地の八王子ダンジョンに到着した時には、救助要請から40分ほどが経過していた。状況によっては、もう命を落としていてもおかしくはない。


 後輩から奪い取ったままだったタブレットを操作し、最新情報を取得する。ダンジョンに入ってしまえば通信機器はほとんど機能しなくなるので、救助要請が取り消されてないことを確認し、溜息を吐いた。

 ちなみに救助要請システムを機能させるため、日本のダンジョン内には一部の周波数を利用した無線通信システムが設置されている。深部まで入ってしまえば機能しなくなるが、そこが異世界であろうと電波そのものは存在するからだ。

 あとはダンジョンの入り口、異世界との境界線ど真ん中に受信機を設置すれば、それは異世界にありながらこちらの世界にも存在する状態になるらしい。

 その回線でスマホを使ったインターネットや電話は使えないが、周波数に対応させたスマホを使えば非常用の救助要請が行える。とはいえ送信機能のみでスマホ側に受信機能はないので、一方的に送るだけだが。


 切原はスーツのジャケットを脱ぎ捨て車に放り投げ、探索者であることを示すIDカードを胸ポケットから取り出し、腕を捲り駐車場を走っていると、バスでダンジョンまでやってきた高校生グループに不審な目で見られた。

 当然だ。稀に30代の探索者も居るが、とある事情から探索者の年齢層は10代と20代がほとんどを占めており、30から40代の探索者は全体の1%以下だ。

 銀行員にも見える切原が走ってダンジョンに向かっている光景は、高校生たちの目にはさぞ珍しいものに映ったろう。


 IDカードをかざしゲートを潜ると、そこはもう異世界――ダンジョン内だ。


「つ……!」


 境界線を潜った瞬間、一気に寒気を感じた。

 ――だが、気温が低いわけではない。むしろ、外より暑いくらいだ。蛇の飼育適温は28℃だったかとつまらない雑学を頭に浮かべながら、久方ぶりの寒気を武者震いで振り払った。


「ひっさしぶりだなぁ、異世界……ッ!」


 17年ぶりとなるダンジョンに向かって、切原は叫ぶ。まるで、恐怖を殺すかのように。

 だが、17年ぶりだろうが身体は覚えている。ダンジョンという空間を、命懸けで戦う異世界の舞台を。


 切原はスマホで地図を見ながら、逃げる者が辿り着きそうな場所にアタリを付け向かう。

 ダンジョンは再構築されるたび地形が作り変えられる。だが4か月もすればマップデータがポータルサイト『Dan・Co』に上がるものだ。そのデータをローカルに落としておけば、ネットの通じないダンジョン内であってもマップデータを参照することが出来る。

 とはいえ、現在地を調べるGPSなんてものはないので、方位磁石無しで地図を読み解き自分の居場所を把握する力が必要にはなるのだが。


「通常個体のラミア、3体か……!」


 数分間走っていると、最初のモンスターと遭遇した。蛇を模したモンスター、ラミアだ。通路が狭く、通り抜けることは出来そうにない。

 耐久ステータスが極端に低い切原は、たとえ低階層のモンスター相手でも致命傷を受けることがある。攻撃を受けながら無理矢理突き進むことなど出来ないのだ。

 蛇の下半身に女性の上半身を持つラミアが、切原目掛け勢いよく飛び出してきた。


「ッフ!!」


 最も接近したラミアに対し、腹に力を込めて前蹴りを叩き込む。

 革靴が地を踏む感触に若干の違和感を覚えながらも突き出された爪先は、ラミアの腹部に突き刺さると、人ほどに大きなラミアを大きく吹き飛ばした。


「チェァッ!!」


 無意識で発する掛け声と共に、再び蹴技が繰り出される。前蹴りに出した足を下ろしきらず一瞬脱力させた後、そのままの蹴り足を使い、身体を捻っての横蹴りだ。

 2体目のラミアを横蹴りで止めたが、タイミングドンピシャで出せた前蹴りほど威力が乗らなかったからか、腹部に直撃を受けたラミアはまだ動こうとする。


 ――だが、それは切原も予想していた。横蹴りの足を一気に引きおろし、軸足としていた左足で後ろ回し蹴りを繰り出した。連撃を受けたラミアを3メートルほど後方に蹴り飛ばしたところで、少し遅れて3体目のラミアが襲い掛かる。

 後ろ回し蹴りは威力が高い分隙が大きい。相手に背を見せることになり、死角が広がってしまうからだ。

 しかし、切原はダンジョンに潜るのをやめてからも、祖父の経営する道場に通うのはやめなかった。技を出して終わりなんていう素人のような真似はしない。


「舐め、んな……ッ!」


 回し蹴りを放った左足が地面に着いた瞬間、捩じっていた上半身を解き放つ。


 回転エネルギーを使って放たれるのは、3連続で繰り出した蹴り技ではなく、拳でもない。肘だ。目の前まで接近した3体目のラミアの頭部に、渾身の肘打ちを繰りだした。

 ダンジョン内でステータス補正がかかっている切原の攻撃をもし生身の人間が受ければ、命を落としていてもおかしくないほどの威力となる。


 ――が、攻撃を受け吹き飛ばされたラミアは立ち上がり、ダメージなど受けていないかのように再び切原に突っ込んできた。


「しつけぇ……!」


 切原のレベルは55。現役時代から17年が経過したとはいえ、今でも中堅で通用するレベルだ。そんな切原の攻撃を受けても平気な顔で突っ込んでくる八王子ダンジョン1階層のラミアが物凄く強いかと言えば、否である。


「物理耐性、こんな時くらいなくなれよ……ッ!」


 『物理耐性(アンチ・アタック)』。それは、切原世代の探索者がほとんど引退し、若者にバトンを託すことになった最大の要因である。


 今から17年ほど前、切原が高校3年生の冬、日本に繋がるダンジョンに生息するほとんどのモンスターが『物理耐性』というスキルを獲得した。

 それは、あちらの予想より遥かに速く攻略を進める日本人を最大の危険分子と判断した異世界人――ダンジョン管理者『編纂者』の手によるもので、それ以後全てのモンスターは物理攻撃を無効化した個体が生まれることになる。


 それにより、切原世代の探索者はダンジョン攻略を強制的に中断させられた。

 当時ほとんどの探索者は物理攻撃に特化したステータス振りを行っており、ステータスの振り直しは存在せず、かつレベルアップで得られるステータスポイントはレベル1から50が圧倒的に多い仕様が災いした。

 後に『物理耐性』と『魔法耐性(アンチ・マジック)』の両方を持つモンスターは生まれないことが判明し、以後の探索者は魔法攻撃を主軸に戦うことになる。こうして探索者の世代交代が行われ、現役探索者のほとんどが10代から20代となったのである。


「うっし……!」


 物理攻撃によるダメージが通らないからといって、攻撃による衝撃そのものが消滅するわけではないのは、先程蹴りでラミアを吹き飛ばしたことからも分かるだろう。

 特に、ここで出現するモンスターは1階層、低レベルのラミアだ。

 『物理耐性』さえければ一撃で数十体のラミアを葬れるほど威力のある攻撃を繰り出していた切原は、なるべくラミアを大きく吹き飛ばせる攻撃をしていた。

 その理由は、先へ進むためだ。耐性によって倒せなくとも、ラミアの移動速度は切原より遅い。道を塞がれなければ、避けることは出来るのだ。

 そして、大抵のモンスターは、戦闘中であろうと一定の距離を離れれば追走してこなくなる。曲がり角に3体のラミアを追い込んで無理矢理道をこじあけた切原は、反転し一目散に駆け出した。

 後ろを振り返る必要などない。追いつけないことを知っているからだ。

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