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(きり)さん、よくやりますねー」


 切原が休憩時間にコーヒーを片手にスマホでダンジョン関係のニュース記事を読んでいると、休憩室に入ってきた後輩に声を掛けられる。

 市役所で最も忙しいとされているダンジョン課だが、人員が豊富に居るとは言い難い。部署移動で嫌々業務に当たっている者も多く、時間を掛けて説明する者は少ないのだ。


「ん? どういうことだ?」

「高校生に一々全部説明するのがですよ。7年前の法改正で、たとえ探索デビュー日に担当した未成年が死んだとしても、市役所職員に責任はないことになったじゃないですか。そっからは皆色々端折るようになったのに、切さんだけは端折らず説明してるんですよね」

「……いや深見さんもしてたと思うが」

「深見係長も、切さんほど積極的ではないですよ。確かに夢見が悪くなるんで『帰還』ゴリ押しするのは正しいですけど、明日には買えなくなるは流石に脅しが過ぎますって」

「……『帰還』ありゃ死ななかったケースをどんだけでも見てきたからな」

「いやいや、見たってログだけでしょ」


 後輩には笑って返されたが、切原の表情は冗談を言った風ではなかった。

 ――そう、切原は実際に『帰還』があれば救えた命を見ていたのだ。


「んー、そいや切さんが元探索者って噂、マジなんですか?」


 その表情を見て思い出したか、後輩がパンを齧りながら疑問を口にする。


「ん? それどっからの噂だ?」

「なんか深見係長が前飲み会の席で話してたらしいですよ。あいつは昔凄かったんだぞー、みたいな。まぁ酔っぱらいの妄言ってスルーされてましたけど」

「あー…………まぁ、そうだな。昔は昔だ」

「へぇ、意外ですねー。切さんそんなキャラじゃなさそうなのに」


 後輩に言われる通り、今の切原は探索者とは最も縁遠そうに見える。

 七三分けで、背筋のピンとした30代。制服のない役所で真夏でもスーツを着て、誰もがしない説明をきちんとするお堅い男――それが同僚や後輩から見た切原の姿である。


 深見係長は、異動で来た名ばかりの課長とは違い、市役所のダンジョン課で20年勤め上げるベテランである。彼は、切原の現役探索者時代を知る数少ない職員だ。

 切原が探索者として活動していたのは、今から20年ほど前、15歳からの3年間だけ。

 当時は動画サイトやSNSがなく、インターネットでの交流や探索記録が今ほど当たり前ではなかった時代だ。


「深見さんには、昔お世話になったんだよ」

「そういえば、深見係長はダンジョン課立ち上げから居たんでしたっけ?」

「あぁ。あの頃はまだダンジョンの情報が揃ってなかったからな。ダンジョン課の職員だって何すれば良いのか全然分からなくて、探索者も命がけで情報集めて、仲間が死んで落ち込んでようが、死んだ時の細かい状況聞くために職員が業務時間外にパーティメンバーの家まで尋ねに行ったりな。もう相当大変だったんだよ」

「……俺、その時公務員じゃなくてホント良かったです。当時は警察とか自衛隊もダンジョン入ってたんですよね?」

「あぁ。今だったら笑えるが、法改正されるまではダンジョン内すら近隣警察署の所轄だったんだぞ? 未成年が夜中になっても帰らないって通報受けたら警察がダンジョン入ってまで捜索してたんだよ。そんで最悪のパターンは自衛隊派遣だ」

「うへぇ、絶対関わりたくねー」


 べぇと舌を出してそう言った後輩を見て、切原は小さく笑った。

 他人事のように語ったが、切原は警察に捜索()()()()だったのだ。

 そして、町田市役所に新設されたダンジョン課の中でもっとも熱心に業務に当たっていた職員、深見とは、探索者として交流していたのである。


「つーか自衛隊なんて入って役に立ったんですかね?」

「あー、どうだろうなぁ」

「だって銃とか効かないんですよね? まぁ訓練してれば戦えた……のかな……?」


 切原は現役時代にダンジョン内で自衛隊や警察に会ったことはなかったので、そのあたりはよく知らない。ただ、訓練された大人の集団は、時として順応性の高い若者よりも効率よくダンジョンを攻略することがある。

 切原の現役時代は、ダンジョンの完全攻略を行う者で、未成年と成人の割合は半々であった。

 ステータスに影響されない銃火器は、こちらの世界でいくら威力が高かろうが異世界においては豆鉄砲程度の威力しかない。だがこちらの世界で培った技術が失われるわけではない。自衛隊がダンジョン攻略のため特殊部隊を作っているなんて噂もあったくらいだ。


「まぁ、昔と今はだいぶ違うからな」

「『帰還』もありますしね」

「あぁ。それに編纂者――異世界人との交流によって、色々分かってきてることもある。モンスターとスキルオーブの関係とか、ダンジョンごとの規模に難易度とかな」

「規模と言えば、赤羽とか一体いつになったら攻略されるんですかねー」

「今が79階層で、100階層以上あるらしいからな。まぁ、ざっと10年くらいか。ただの地方公務員でしかない俺達に出来るのは、情報集めて若者を送り出すことくらいだよ」

「はーい。自分も頑張らない程度に頑張りますよ」


 後輩がそう言って笑いながらタブレット端末を操作していると、突然「あれ」と呟く。


「ん? どうした?」

「あ、いえ、自分が一昨日受付した女の子ですけど、今ダンジョン入ってるみたいで」

「どこのだ?」

「八王子です。川崎の高校に通ってる子だったから川崎に入ると思ってたんですけど、なんで八王子だろ? あそこ、あんまり初心者向けじゃないんだけどな」

「実家の場所は?」

「あー、……えっと、中学までは相模原に住んでたみたいですね」

「……ちょっとナンバー寄越せ。自分で見た方が早い」


 後輩が「はい」と言ってタブレットを操作すると、切原のスマホに通知が飛ぶ。

 切原は畳んでいたノートパソコンを開きその番号を打ち込み、ポータルサイト『Dan・Co』の市役所職員専用ページから必要な情報を取得する。


「おい待て、この子の取得スキル、『隠密(アンダーカバー)』だけだぞ」

「あ、なんか親戚に貰ったらしいですよ。それでデビューするとか言ってました」

「馬鹿そうじゃない! 八王子ダンジョンは4か月前の再構築で1階層からラミア系になってんだよ知らないのか!?」

「……へ? ラミアですか?」

「ラミアには稀に『邪視(イビルアイ)』持ちが居てスキル無効化されることがある――『隠密』前提の採取家(ギャザラー)はリスクが高すぎんだよ!」

「…………マジすか」

「だからちゃんと最新情報見とけっつってんのに……ッ! 最悪探索初日から死ぬぞ!?」

「い、いや、でもたかが1階層のラミアですよ? 普通に走って逃げれますよね?」

「普通ならな! だが『隠密』が通用するラミアが多いから奥まで進んじまって、『邪視』持ちに会って慌てて引き返そうとしたら帰り道にも『邪視』持ちが待ち構えてるなんて状況は想像出来る。『隠密』依存の採取家志望が来たら、通用しないモンスターリストと出現ダンジョン情報説明しないとこういうことになるんだよ!」


 後輩は冷や汗を流しながら、「あ、あぁー……」と小さく呟いた。ようやく自分の過ちに気付いたのだろう。切原が普段これでもかというくらい説明し、それだけでなく相手の話を聞こうとするのは、こういう状況になるのを避けるためなのだ。


「…………あ、救助要請」


 個人情報保護の名目もあり、担当職員以外はダンジョン探索中のリアルタイム情報の取得が出来ないので、通知が飛ぶのは後輩のタブレットだけだ。

 切原は後輩からタブレットを奪い取ると、そこの文字を読み上げる。


「『ラミアに襲われて逃げているうちに帰り道が分からなくなりました』……すぐに命の心配はないか。石塚、とりあえず緊急回線で組合に繋げ」


 後輩――石塚は慌てて休憩室にあった電話を操作し、探索者組合に緊急電話をする。

 17時で勤務を終えるダンジョン課の職員は、24時間救助要請を見ているわけではない。そのため、探索者を管理し救援を行う組合にも通知が行くようになっている。

 だが、救助要請の緊急性が分かるのは、担当した市役所の職員であることが多いのだ。今回のような説明不足からの緊急事態であれば、尚更である。

 電話に出た組合員に状況を説明していた石塚が、顔を顰めながら切原を見て言った。


「き、切さん、断られました」

「はぁ!? 代われ!」


 切原は石塚から受話器を奪い取ると、「お電話代わりました主任の切原です!」と叫ぶ。


『あのですね、組合は慈善団体ではないんですよ』

「それは存じております。ですが状況は一刻の猶予もありません。彼女が無事に生還出来るとはとても思えません。救助を要請します」

『そう言われても、八王子ダンジョン1階層の危険度は3、最奥でも6です。これはレベル1から10程度の探索者が安全に探索出来る範囲であり――』

「お前は『隠密』しか持ってない女子高生に戦えってのか!?」


 役所以上のお役所対応(・・・・・)に、思わず口調が崩れる切原。

 なお、探索者組合は組合と名がついているが労働組合のような社外組織でなく、国交省の部局の一つ、『異世界探索局』の下部組織だ。彼らも切原と同じ、公務員なのである。

 組合に所属している者は公務として探索をすることも多いらしい。あくまで地方公務員が働く窓口の一つでしかない市役所のダンジョン課とは、随分と性質が異なる組織だ。


『たとえ所持スキルが『隠密』一つだけだとしても、本件の救助要請の緊急度はDランク、――自力で帰れる範囲と判断されます。転んで膝を擦りむいたからと救急車を呼ばれるようなものですよ。分かりますか?』

「…………話にならん」


 会話を続ける気にもなれず、切原は受話器を叩きつけるように置いた。感情的になってしまったのを落ち着けるため、数度深く呼吸をし、石塚を睨む。


「あ、あの、じぶ、自分が行きましょうか」

「素人が入っても、ミイラ取りがミイラになるだけだ。つーか、探索者登録してんのか?」

「は、はい、一応。ただ研修から一度も入ったことは――」

「なら良い、俺が行く。深見さんには俺から言っとくから、お前は監視カメラのログからこの子の顔写真撮って俺の端末に送れ。1時間以内な」

「き、切さんが入るんですか!?」

「他に今すぐ入れる奴居ねぇだろ。有休は消えるほどあるから、半休にして行く。引継ぎとかは全部任せた」


 石塚が「は、はい!」と返事をした頃には、切原はノートパソコンを畳んで小脇に抱え、石塚のタブレットを手にしたまま休憩室を出て走っていくところだった。


 いつも落ち着いた様子の切原が慌てた様子を見て唖然としていた石塚だが、1分ほど硬直すると、思い出したかのように監視室に走っていった。

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