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「というわけで、15年ほど前までは、ダンジョンでの死亡率は今と比べものにならないほど高かったんです。ここまで死亡率が高い職業は、戦争中の軍人を含め、今に至るまで探索者を除いて他にありません」

「えー、でも今は安全なんでしょー?」


 町田市役所ダンジョン課の窓口で、向かい合う二人の男。

 片方は、つまらなそうに肘をついて話を聞く、高校に入学したばかりであろう綺麗な学生服を着た若者だ。

 もう片方は、いかにもお役所勤めであろう七三分けの男性だ。

 彼は男子高校生に何十枚ものパンフレットを一枚一枚丁寧に見せながら説明している。


「安全というわけではありませんよ。確かに『帰還(エスケープ)』というスキルの発見により、探索中の死亡率は著しく減少しました。ですが先程説明した通り、15年前までそんなスキルの発見報告はありませんでした。つまり、明日には『帰還』がドロップ――出土しなくなる可能性だってあるんです。篠崎さん、あなたはまだ『帰還』を購入されていませんね?」

「え、分かんの?」

「はい、国交省ポータルサイト『Dan・Co』に紐づいた情報は役所から閲覧が可能です。それによると篠崎さんは『魔装術(エンチャント)』と『瞬脚(ダッシュ)』を購入されているようですね」

「……いくらで買ったかまで分かったりする?」


 周囲に聞かれたくなかったのか、男子高校生は小さな声で職員に問い掛けた。


「えぇ、……高かったでしょう」

「爺ちゃんに買ってもらった。前動画で見た殴り魔法師(キャスター)がカッコよくてさ。オジサン知ってる? エクサムって配信者」

「……確か、新宿ダンジョンの探索者でしたか。最近は配信されてないと聞きましたが」

「引退したらしいよ。100の壁がどうこうって。まぁ俺は先人の教えをそのまま鵜呑みにするつもりもないし、方向転換は出来るようにステ振る予定。まずは敏捷メインで低威力の魔法撃つヒットアンドアウェイスタイルで、耐久にステ振れる余裕出来たら近接にチェンジして殴り魔法師やってみて、合わなそうだったら砲台型魔法師に切り替えるよ。敏捷とか耐久は遠距離でも無駄にならないだろうし」


 篠崎という名の男子高校生は、いかにもお堅いお役所勤めのオジサンが――男子高校生からしたら30より上は全部オジサンだが――ダンジョン動画配信サイトの有名配信者を知っていることが意外だったのか、明らかに先程までより饒舌に語っている。

 職員、切原は苦笑しつつ、口を挟まず話を聞いていた。


「なるほど、予定は立てているんですね」

「まぁね、俺みたいなニーナナ世代は事前準備を完璧にしてからダンジョン入るもんなんだよ。もう小学校ではじめてダンジョンを知った時からずっと夢でさ、審査通ったのほんっと嬉しい」

「ニーナナ、ですか?」


 切原が首を傾げる。配信者のことは知っていても、その呼称は知らなかったようだ。


「そ。ディーバのVer(バージョン)27になってからデビューするの、ニーナナ世代っていうの」

「……なるほど。ちなみに、審査に落ちる方は30人に1人くらいなので、そこまで多くはありませんよ。ダンジョンに入りたい若者は皆通せ、というのが国の方針ですから」


 ディーバというのは配信サイトの名だ。バージョンで世代を区切る風習は最近の若者によって作られたので、今年で35を迎えた切原は知らなかったのであろう。


「でもそれ、落ちた人はなんで落ちたか分からないって聞くじゃん? 運動得意な奴でも落ちることあれば、10m走っただけで息切れするようなヒョロガリが通ったりさ」


 即答出来なかったのか、切原は口元に手を当てしばらく悩んだ後、口を開く。


「審査結果は役所に降りてきますが、どのような理由で落ちたかまでは明記されません。一説によると、ダンジョンに向かない体質の人を弾くと言われています」

「向かないって?」

「ご存知と思いますが、ダンジョンとは、この世界とは異なる法則を持つ異世界です。なので、空気中の成分や微粒子が体質的に合わないことがある――と噂されていますが、真偽までは分かりませんね」

「はー。え、ってことはあの採取キットの中身を異世界に持ってったりしてんの?」

「さぁ、どうなんでしょう?」


 切原は曖昧に微笑んだ。

 日本国ダンジョンの探索者に登録するには、事前審査が必要だ。大抵数日で返答が来るが、稀に一週間以上返答が来ないこともある。

 義務教育を終えてからしか探索者登録が出来ない法律上、3月4月など新学期シーズンには審査に時間を要す傾向があるのは分かるが、夏休みなどの長期休暇でなくとも一週間以上待たされるケースがある。

 そういう時は大体探索者不適合として審査に弾かれるので、役所から報告をする際、ダンジョン課の担当職員は若者を宥めるのに一苦労である。


「で、話戻すけどやっぱ『帰還』って必須?」

「最初は必要ないかもしれません。ですが、欲しくなった時に買えなくなっている可能性を思うと、早めに買っておいて損はないかと思います」

「んー、だって、Wikiによると『帰還』ってTier3なんだよね。パーティに一人『送還(デポート)』持ちが居れば充分らしいけど、そこんとこどうなの?」


 少年がスマホを操作し、攻略サイトの情報を切原に見せた。切原一押しのスキル、『帰還』の評価は、そのサイトではそこまで高くないらしい。


「では、私個人の意見を言わせて貰いますが、戦闘中に使えず、範囲指定かつリキャストタイムの長い『送還』は緊急避難スキルとして適していません。その点『帰還』には一日の回数制限はありますが戦闘中でも使えますので、いざという時の緊急避難に最適です」

「……えっとごめん、どういうこと?」

「そうですね。例えば、戦闘が長引いて『送還』を持ってるメンバーと離れてしまったとしましょう。普段ならば合流するだけで済みますが、合流するには戦闘中でないモンスターを倒す必要があります。しかし、あちらには重傷者がおり今すぐ帰還しなければならない。――そんな時、仲間が『送還』を使ったらあなたはどうなると思いますか?」

「あー……そうなると俺だけ置いてかれるってことか」


 15歳の少年、高校1年生になったばかりの篠崎達也は、頭に手を当て溜息を吐いた。

 どんな状況でも仲間を信用する、と言えるほどの信頼関係を築けていないのだろう。

 大方、中学や高校の仲良しメンバーとパーティを組む約束をしているとかだろうか。そのくらいの関係性でしかない彼らに自分の命を預けられるか、といえば話は別である。


 帰還スキルなどなかった時代は違った。丸一日一緒にダンジョンに潜るだけで、死線を搔い潜った盟友になったりしたものだ。

 だが、今の若者にとってダンジョン探索は、命を賭けた成り上がりの場所ではない。若者の遊び場、身体を使ったゲームのようなものなのだ。


「はい。それに、『送還』では千切れた四肢を自動回収することは出来ません」

「…………千切れる前提?」


 若干引いた顔になった少年は、自分の両手を見ながらそう聞く。


「そういうこともある、という話です。勿論、『帰還』は即決して買えるほど安いスキルではありませんから、必要になってから買う、というのでも問題ないかもしれません。ですが、明日には買えなくなる可能性があることだけ念頭に入れて頂ければ、こちらとしてはそれ以上言えることはありません」

「んー、その、明日には買えなくなる可能性ってのはどのくらいあるの?」


 多少は緊張感を持てたのかそう質問した少年に、切原は1枚の紙を見せ説明する。


「では、こちらをご覧下さい。まず、今現在『帰還』のスキルオーブが出土するのは新宿ダンジョン、調布ダンジョンの二か所だけです。他、日本国内37のダンジョンでは出土が確認されていません。それはつまり、日本中全ての新規探索者は、潜在的にたった二つのダンジョンに依存しているということになります」

「うんうん」


 頷きを理解と見、切原は説明を続ける。


「ダンジョンが完全攻略されると、数日の猶予の後再構築されます。ですが、再構築されず二度と入れなくなることもあり、ここ20年の記録ではご覧の通り、五分五分ですね。再構築の場合は出土するスキルオーブに大きな変動はないとされていますが、新宿ダンジョンと調布ダンジョンの両方が再構築されない確率は、単純計算で25%あります」


 実際、この数字はそれなりに盛っている。再構築されるかどうかはその時にならないと分からないが、切原はそれなりに規則性を把握しているからだ。


「前回の構築から新宿は9年、調布は8年経過していますので、平均攻略年数である11年まではまだ時間があるように見えますが、平均値を底上げしているダンジョンがあります」


 数字ばかりが羅列する書類を、男子高校生に隅から隅まで読ませるのは少々難しい。切原は出来る限り掻い摘んで難しくならないよう心掛けているが、反応を見るになんとなく伝わった、くらいだろうか。


「赤羽と宇都宮のダンジョンでしょ? 30年近く一度も攻略されてないとかいう」

「はい。その二つのダンジョンが存在することによって平均値が底上げされてしまいますので、中央値で完全攻略年数を見ると、9年と8か月になります。これで明日には攻略されて『帰還』が買えなくなってもおかしくないのが冗談でないことが分かりますか?」

「…………うん、分かった。ちょっと爺ちゃんに相談してみる。やっぱ詳しいね役所の人。そういうの、Wikiには書いてなかったよ」

「それが、私の仕事ですから」


 切原は、笑顔で返した。

 出来る限りの誠意を込め、新しい探索者を異世界に送り出す。

 それが、市役所ダンジョン課の仕事だ。

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