僕のオタク友達が実は有名ネットアイドルで、配信で僕のことを勝手に恋人認定していたのだが
暇つぶしにぜひ。
新作短編の『現代勇者はロリ魔王を社会的に抹殺したい』のほうもぜひ!
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放課後。
「霧島さん──、マルオTVの新刊やばくなかった?」
「ヤバかったね、ヤバヤバだよ」
此処は学校である──僕は隣の席に座る『霧島うさぎ』に話しかけていた。
彼女は僕の幼馴染であり、ライトノベルなどのオタク趣味を共有する……オタク友達というやつである。
白髪ボブの美少女。
「ヒロインがまず可愛すぎるし、なにより妹キャラが良かった」
「うん、分かる」
「霧島さん的オススメポイントとかある?」
「オススメポイントかあ」
えーとっね、と霧島さんは考えてから口を開く。
「私的には、主人公の男の子もカッコよかったなあ。東雲君みたいで」
「え、僕?」
東雲というのは、この僕の苗字だ。
──東雲春樹。
それが僕の名前だった。
にしても、僕みたいでってどういう……。
「き、聞き間違いじゃない──っ!?」
霧島さんは顔を赤らめる。そのまま、彼女は勢いで席を立った。
まるでウサギみたいに。
「うーん」
「取り敢えずもう暗くなってきたし、早く帰ろうよー……」
教室の窓かは見える光景は、1時間前に比べて確かに暗くなり始めている。
「それはそうだね。もう帰ろうか」
「うん」
暗くなると危ない人も出てくるし、寒くなって帰るのが怠くなってしまうから、早めに帰った方が賢明だ。
──僕は霧島さんと共に、教室を後にした。
◇
外は薄暗い。
春特有の穏やかな風が僕たちの道を吹き過ぎていく。人気の少ない帰り道の並木道を、彼女と共に歩く。
「もう4月だってのに、まだ寒いね」
「うん、早く暖かくなってほしいな」
……ここまでの会話で期待している人がいるかもしれないから、教えよう。
残念ながら僕のコミュニケーション能力は壊滅的だ。だからいくら幼馴染といえど、軽く話を振ったりすることなど出来ない!
「──」
「……」
両方が黙って、気まずい状況が続く。
どうしよう。
チラリと隣を歩く幼馴染を確認した。
よくよく見てみると、霧島ってウサギみたいな小動物っぽい見た目の美少女──なんだよなあ。
白い髪がそれを助長していて、
それに僕が好きな配信者に似ている。
「どうしたの、東雲君?」
「いやさ」
制服のポケットからスマホを取り出す。
「僕の好きな配信者が昨日配信してて、その切り抜きが上がっているはずだから、まず見ようかなって」
「は、配信者ですか」
なんだろう。
妙に食い気味な彼女……もしかして配信者のアンチだったりするのか?
──でもそれは、
───見当違いにも程があった。
「なんで名前ですか?」
「うさぽんぽん」
「うさぽんぽんっ……!?!?」
聞かれたから素直に答える。
大人気ネットアイドル『うさぽんぽん』──健気に様々なことに挑戦するその姿が、ネットに生きる民を魅了する。
そんな通称・激カワウサギだ。
「もしや霧島さんも知っているの?」
「い、一応ね? 人気でしょ」
「確かにそうだな」
うさぽんぽん、の登録者数は……230万人ぐらいいた気がする。
「あ、やっぱり切り抜き上がってる」
歩きスマホ厳禁だが、歩く先は霧島さんが見ているので……許してほしい。
僕は動画サイトで一つの動画を選択する。
うさぽんぽんの雑談配信の切り抜きで、
タイトルは『うさぽんぽん、好きなオスウサギがいる』だ。
なんだそりゃ。
「うさぽんぽんに好きな人……!? まじか!」
「えへへへ、好きな人なんかじゃありませんよ〜」
動画の再生ボタンを押すのと同時、
「え?」
霧島さんが僕のリアクションに反応した。その反応はまさに、"うさぽんぽん"であり酷似していた。
『ランデヴーへようこそ! ポンとゴル語でこんにちは! うさぽんぽんでーす!』
簡易的な切り抜きの冒頭部部を聞き流していく。
最初の決まり文句でもある『ランデヴー』には、男女の待ち合わせ、密会という意味がある。
この場合は密会という意味だろう。
可愛すぎる激カワウサギとの──視聴者の密会場へようこそ、というね。
「どうしたの霧島さん、様子おかしくないか?」
「そ、そんなわけないポンよ……」
「ぽん!?」
「き、聞き間違いじゃ──っ!?」
絶対に聞き間違いではなかったが、しかし問い詰めた所でなんだという話だ。
動画に集中することにした。
『あ、そうそう』
少し動画を飛ばして、山場らしき場面を見る。
『あのね、私はねぇ〜恋人ウサギちゃんがいるんだよ〜』
好きなウサギ。
タイトルにも書いてあったが、アイドル商売の人がそういうことを言うと炎上するのではないかと冷や冷やするな。
実に迷惑なファンだな、僕は。
『その人の名前はねぇ、シノノメウサギって言うんだけぽんね〜!』
「ンッッッッ!?!?」
『シノノメ君……っ、じゃなくて! シノノメウサギはねえ、私に優しくしてくれて、それに話が合うし、最高の恋人なんだよぽんね〜ぇ!』
思わず何も飲み物を飲んでいないのに、吹き出しそうになった。
またしても僕の名前が飛んできたのである。
待て待て、待ってくれよ。
シノノメウサギ──っ!?
その場で立ち止まり、携帯で検索をかける。もちろん"シノノメウサギ"ってね。
検索決済は出なかった。
てことはつまり、造語か?
どうしてだろう。
分からなかったけれど、
僕は反射的に隣の幼馴染を一瞥する。
「どどど、どうしたぽん──じゃなくて! どうしたの、東雲君……!」
明らかに様子がおかしく、動揺している霧島うさぎ。待てよ、よくよく考えれば彼女の下の名前は『うさぎ』、うさぽんぽんと実に似ている。
それにこの口調、
声のトーン、
配信での発言。
「おかしなこと言うけど」
「う、うん」
「もしかして霧島さんって、うさぽんぽん?」
僕の発言を聞いて、一気に顔が真っ青になる彼女。額から静かに一滴の汗が流れた。
疑惑が確信に変わっていく。
もはや取り繕うのは不可能と判断したのか、遂に彼女が口をひらく。
白状する。
「か、勝手に恋人とか言っててごめんなさいでしたああぁぁあ!!!」
──実に可愛らしい叫び声が、帰り道に響き渡る。
今にも土下座するようだ。
いや待て待て待て、色々と情報の整理がつかないけど、僕と彼女──幼馴染でオタク友達の仲だ。
土下座なんかさせたら、その友情は崩れるに決まっている!
「土下座するから許して」
「土下座なんかしなくても許すし、そもそも許すも何も、僕は怒ってなんかいないよ」
「本当……?」
その場で崩れ落ち、地面に女の子座りする"うさぽんぽん"は今にも泣きそうだ。
いやいや、落ち着いてくれ!
「でも、霧島さんが『うさぽんぽん』だったなんてな。それは超驚いたけど」
「失望とかしたりしてない? 友達辞めるとか」
「ないない。……そんな事ないさ。友達がゆきぽんぽん、だなんて滅茶苦茶嬉しいよ」
「そ、そう?」
「ま、驚いたというより──僕の名前が使われていたのが、少し恥ずかしかったけれど」
「う、うう。ごめんなさい」
しかも、恋人役だ。
大人気ネットアイドルの……。なんで大役を僕は知らぬうちに担わされたのか、それは確かに少し気がかりではある。
だが、そんなことはどうでも良いぐらい。
嬉しかった。
「んー」
だかまあ、やはり……そこに関しては正直な話、どう言えば良いか分からなかった。
すると、霧島さんが先制攻撃をかましてくる!
「あの東雲くん!」
「ど、どした」
彼女は僕の目を見て、告げる。
「……ずっと前から君のことが好きで、配信では恋人関係を妄想してました! ──そんな気持ち悪い私でも良ければ、付き合って下さいぃ!」
……まじか。まさかの告白だった。
必死な叫び、である。
僕の心にはグサりと刺さる。
生まれて初めての告白──だったが、クサイラブコメを読み漁ってきた僕となれば……ああ、告白を返すぐらい一人前であった。
少しぐらいは趣のある返事で返したい──最もそれは側から見れば、実につまらないかもしれないが。
「あー……、そうだな。うん」
「──ようこそ、僕と君とのランデヴーへ」
だけれども。こと東雲春樹と霧島うさぎにしてみれば、それは似合った返事だった。
彼女がネット上で決まり文句として使う『ランデヴーへようこそ!』という言葉に便乗した、
──ちょっと、
───いやかなり?
痛い返答。
でも、それで十分だったようである。
霧島さんは、いいや、霧島は満面の笑みを浮かべ、目尻からは水滴をこぼす。
「……ありがと、東雲君!」
「シノノメで良いよ、こっちも霧島って呼ぶからさ」
「分かった、東雲!」
──こうして、ああ、ウサギの恋人に僕は成った。幼馴染が恋人になるってのは、とても不思議なことで、とても嬉しいことだ。
うさぽんぽんと、ピョンピョンする楽しいこれからの学校生活が目に浮かぶ。
非常に楽しみである。
「ぴょんぴょんしようね!」
「ごめん、そう言われるとさ。うさぽんぽんのエッチな同人誌を思いかべてしまって──ッッ!」
そういうタイトルのえっちな同人誌を思いだす。
それが友達、今や恋人がモデルとなった本だと考えると気が引けるが。
つーか、これは失言だった。
「バカ!」
頬を引っ叩かれてしまった。当然である。
そんな訳でこのように、僕たちのランデヴーは続いていく。そんなふうに、このように、この短い始まりは終わりを告げる。
そしてソレは、
──ウサギが跳ねて地面に降りる一瞬ぐらいに、短い始まりであった。