第1話 ライトの欲望
響く爆音。
劈く悲鳴。
ライトの目に映る自称革命者は白昼堂々奇妙に笑う。
焼け焦げた広場。
倒れた警備隊。
助けを求める人質。
この国の王子として、ライトは────
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ついに…ついにこの日がやってきたぞ。
この国の貴族で王子、ライト=アーストンは喜びに満ち溢れていた。
ここ貴族の支配する国、ベルニアでは、16歳を迎える年に、あることが解禁されるのだ。
「それではただいまより入学セレモニーを開催致します。まず学園長のお言葉です。」
王立ベルンスト学園、将来この国を担う有力な貴族の子息が集まる国内最高峰。
その敷地内にある巨大で豪華な講堂、ライトは新入生として着席している。
豪勢な服を纏う学園長は咳払いをしてから話し出す。
「えー皆さん。ご入学おめでとうございます。この学園は…」
貴族や王族と言えば、舞踏会や狩猟など悠々自適に生活しているイメージを持たれるが、この国においてはそうではない。貴族は幼少より、帝王学、考古学、歴史学、語学などの学問や剣術、武術などの訓練を毎日行っている。当然その厳しい環境に、ついていけない子供達も数多くいる。しかしこの体制がこの国の貴族の支配を絶対的にしていた。
ライトもそんなこの貴族教育について行けなかった子供の1人。だがそんな彼を成長させたのは──
「…えー皆さん、今年度は【デザイア】の創造を行う歳でもありますのでね、…」
そう、【デザイア】である。
デザイアとはこの国において貴族が1人ひとつ使用出来る超能力。その最大の特徴は、その能力を自分で形作ることができる点である。様々な制約はあれど、早い話が、自分の考えた最強の能力が創れるのだ。
炎を自由自在に操る魔導士。
天から戦場を見渡す軍師。
どんな傷も癒す賢者。
まさに欲望。ライトはその欲望の魅力に惹かれていった。自分はどんな能力を創造しようか、と。
「学園長ありがとうございました。続いては…」
デザイアのことで頭がいっぱいのライトの耳に、学園長の長い話など聞こえるはずもなかった。
よっしゃ……! ついにこの日がやってきた!
長かった…俺はこの日のために勉強も訓練も頑張ってきた。
全ては最高のデザイアを創るために。
精神的成長だの、能力無しの経験を積ませるだので、この年までお預けされてたんだ。
早く能力を創らせてくれ…!
「続いては、ライアン国王による祝辞でございます。」
威圧感を放つ屈強な大男が壇上に上がる。
この人が俺の父でこの国の王、ライアン=アーストン。
王立学園ということなので、毎年挨拶に来ているようだ。
…できれば、話は短めでお願いしたい。
「えー入学生の皆さん。ご入学おめでとうございます。今から、皆さんが素晴らしい成長をしてくれることを期待しております。そして、デザイアを創造する年にもなりましたが、デザイアは大衆のためにあるということを忘れず、素敵な能力を創っていただきたい。えーそして保護者の皆様…」
貴族、平民問わず誰からも支持される最高の国王。
…を演じていることを俺は知っていた。
以前酒に酔って、俺に話したことがある。
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「ライト。俺の野望の話をしよう。」
「はい。父様。」
「この窓からはいろんなものが見える。貴族が住む高町、無能力者が住む平民街、そしてその奥に広がる地平線。大昔アーストン家はさらにその奥の世界まで支配していたそうだ。
だが今では、こんな小国に成り下がってしまった。この程度、王としての俺の矜持が許さない。俺達のデザイアはこの無能共を養うためにあるわけではない。だから世界を征服し必ずもう一度その栄光の時代を復活させるのだ。
何を犠牲にしてでもな。それが俺の〝欲望〟。
俺についてこい。そしてお前も最強のデザイアを身につけろ。お前には期待している。」
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「続きまして、新入生代表挨拶 ライト=アーストン。」
はい、と返事し席を立つ。そして壇上に上がり会場全体を見回し、深く一礼をする。
少し深呼吸してから口を開いた。
「このような場で挨拶できることを光栄に思います。これから仲間たちとともに切磋琢磨し、助け合い成長していけるのがとても楽しみです。そして…」
俺は子供の頃から父の背中を見て、誰からも尊敬されるような王になりたいと思っていた。デザイアは大衆のためにある、デザイアを皆のために使えば民は付いてくると父は説いていた。
しかし、父はそれと正反対の野望を持っているとわかったあの日、その矛盾に父の考えが正しいのか間違いなのか俺はわからなくなっていった。
でも最近はこう考える。信じられるのは自分自身と自分の欲望だけ、自分が正しいと思う道を選ぶ。
だから俺はいつも決まってこう言う。
「俺は父よりも偉大な王になって見せる。」
会場が拍手で包まれる。国民も父も、この俺だって、俺が王になることを信じて疑わない。
──しかしその道のりは厳しいものになることをライトはまだ知らなかった。
正直、俺は迷っていた。創りたい能力が…多すぎる!
もちろん、創りたいデザイアは予め考えていた。だが頭で念じるだけなのに、いざ創ろうとすると、別の能力も魅力的に見えてくる。
黄金の翼を生やして空を駆け回る?
訓練してきた剣術を活かした大剣豪になる?
瞬間移動でどこへでも駆けつける王子になる?
今まで何人もの貴族のデザイアを見てきた俺はもはやデザイアオタクと言えるだろう。しかし、参考にすればする程選択肢が増え、より一層俺を悩ませる。
一回能力を確定させたら変更できないなんて…お試し期間みたいなのがあればいいのに。なんで能力は1人ひとつまでなんだよ。いや、正確にはもうひとつデザイアを持つことはできるのだが…
入学式を終え、帰宅中の馬車の中で俺はこういった思考回路を脳内に無限に巡らせていた。
その時。
突然、巨大な爆発音と甲高い悲鳴が聞こえてきた。
一瞬頭が真っ白になったが、驚いた馬の鳴き声で我に帰る。
止まった馬車を降り、急いでその方向へと向かうと、広場に男が立っていた。
猫背でふらふらと不気味な立ち姿。どこか虚ろな眼。
辺りには瓦礫が散乱し、広場の木は倒れ、黒く焦げている。
「ゲヒャッヒャッ 俺はこの国に革命を起こす者ぉ!」
男の叫ぶ声と同時にまた爆発が起きた。
轟く爆音に思わず耳を塞ぐ。
「ライアン=アーストンを呼んでこい! 俺がぶっ潰す!」
あいつは…見たことある。確か反国王の過激派。過激派といってもごく少数のやつらが騒いでいただけだが、ついにテロ行為か…今日が入学式で国王が来ると知っていたからに違いない。
「いいかぁ! こいつらの首に俺の【爆弾】をつけた。わかったらさっさとライアンを呼べ!」
よく見ると炎上した木の近くに幼い娘と恐らくその母がいた。2人の首には何か黒い泥のようなものが巻き付いている。あれが男のデザイアだろうか。
警備隊が到着し、爆弾男を離れた距離から取り囲む。だが、殺気立っている男は過剰に反応する。
「俺に近づいてんじゃねぇ!」
黒い泥を撒き散らし周りを爆発させた。
辺りは黒煙が上がり、警備隊員が何人も吹っ飛ばされたのが見えた。
「俺を舐めやがって…人質は2人いるんだ、見せしめに爆破してやるよ!」
俺は無意識に走り出していた。
───2人を助けなきゃ。
どうやって?
決まっている。デザイアだ。
俺は脳を働かせ、能力のイメージを固めた。
恐らく男の能力は【爆弾】。発言から、人質の2人の首輪をいつ爆発させるかは任意。かつ時限爆弾なら、男を気絶させても発動し続けるかもしれない。
いや、なんでもいい、とにかく2人の爆弾を───
【解除】する!
エネルギーが渦を巻くように身体中を流れる感覚があった。
デザイアの存在を感じた俺は、黒煙に紛れながら、爆弾男を睨みつける。すると2人の首輪が光の塵となって消えていくのが見えた。
「早く逃げろ! もう大丈夫だから!」
そう2人に叫ぶ。が、その声で爆弾男に気づかれた。
「おい誰だ! 何してやがる!」
よし、これで俺が囮になれば…
あれ?……待って…俺…デザイア創っちゃった…
一瞬よぎったその考えは俺の足の歩みを止めた。
爆弾男が迫ってくる。
その時、上から男が降ってきた。俺と爆弾男の間に着地する。
地面の舗装が割れるも、意に介していない。その音と衝撃の中に屈強な背中を見た。
この背中を俺は知っている。
ライアン国王だ。
彼が拳を振りかぶると、この場に異常なほどの圧力が掛かるのを感じた。
これが父のデザイア…!【鋼の獅子王】‼︎
「貴様ごときが俺の名を呼ぶな。くたばれ。」
骨が砕ける音と共に爆弾男は殴り飛ばされる。
これが、国王。その威厳と力を見せつけられた。
城に帰った俺は、ライアン国王の玉座の前に呼び出されていた。
「警備隊のやつらから全て話を聞いた。人質にかけられていた爆弾男の能力がいきなり消えた、とな。」
突き刺さるような鋭い目で俺を睨む。
「…デザイアを創ったのだな。対象の能力を封じる能力、大方そういった所だろう…。…なんと卑しい能力だ、そういう能力はな、弱者が創るものだ。強きに抗うことのできない負け犬の思考回路。お前も後悔しているんだろう。だが人を助けるために自分を犠牲にしていては三流だ。」
後悔していないと言ったら嘘になる。でも俺はとっさに反論した。
「だからってあのまま見捨てるなんて俺にはできない!」
「理解していないようだな。お前は王家の血筋、その辺のヘボ貴族とはわけが違う。国を治める義務がある、強力なデザイアを操る矜持がある! …もういい…ライト、今すぐこの国を出ていけ。貴様に王になる資格はない。そんな雑魚能力では、王になろうと誰も付いてこない。」
突然の宣告。だが俺は逆に落ち着いていた。やることならもう決めた。いつかはやろうと決めていたことなんだ、それが早くなっただけ。
「…だったら認めさせてやる。デザイアなら取りに行けばいい。」
国王の眉がピクリと動いた。
「俺は知ってる…この世界にはデザイアをもう一つ手に入れることができる場所があるんだろ。そこで俺は誰もが認める最強の能力を創って帰ってくる。」
「アナザーデザイアを取りに行くつもりか…!
…やめておけ、遺跡の奥底に眠る秘宝、あれはまさに悪魔だ。デザイアを2個保持できる、誰もがその魅力に取りつかれ、欲をかく。それを巡る争奪戦や、行く手を阻む罠や怪物に、お前のその雑魚能力で敵うはずもない。志半ばで死ぬのがオチだ。」
「やってみなきゃわかんないだろそんなもん。それに俺の道を証明するにはこれしかない。だからその時は、あんたを倒して俺が王になってやる。それが俺の欲望だ!」
自分に発破を掛けるように言い捨て、俺は部屋を出た。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
どんどん更新していきますので、少しでも面白いと思ってくれたら、いいね、ブックマークよろしくお願いします。感想、アドバイスもお待ちしております。
(…個人的に5話あたりがハッタリが効いてて結構好きな回なのでそこまでだけでも呼んでくれたら嬉しいな)
※第1話、投稿時のものより所々少し手を加え編集しました。 具体的には冒頭部分、ライトの回想部分、終盤のライトと国王の会話です。
ここではこの先物語上で明かされそうにない設定を開示していこうかと思います。
ベルニアの貴族の子供がデザイアを創る年齢が決められているというのは、ちょうど私たちの世界での進路のような扱いとなっています。というのも創る能力で、就職先が変わってくるためです。
今回、登場した警備隊の人たちは攻撃系や拘束系のデザイアを一応使用します。