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広大な敷地面積を誇るラース学園は、本校舎を中心に西側に大きな図書室、北と東に分校舎、南側には校庭を構え、これらを一括りに『校舎地区』と呼ぶ。

そして、校舎地区を北上すると木々が生い茂る小さな森の小道が続き、更にその先へ進むと、レンガ調の建物が左右に建ち並ぶ『居住地区』に入る。


居住地区の建物はほとんどが学生寮であり、道を挟んで右側が男子寮エリア、左側が女子寮エリアとなっている。

三階建ての各階四部屋ずつ居住部屋があり、一階は柵付き庭、二階より上はベランダが備わっている。


自室に入るやいなや、えいっ、とベッドに倒れ込むと、ボスッ、という音と共に体が重みで沈んでいく。


「……エイベルト様と外出するの、久しぶりだ」


先ほどのクラルとの約束を思い出し、不意に口をついて出た。

最後に外出したのは一年以上前だろうか。当時、中等部三学年だったユアは、高等部へ進学するためのテストに向けて猛勉強と猛特訓をしていたため、クラルと遊びに行く機会がなかなか取れなかった。

結果、実技に不安が残るものの辛うじてギリギリの及第点を取ることができ、無事に進学することができたのだが。


「あの時は大変だったな。ずっとエイベルト様に手助けしてもらってばかりで」


ぽつりと呟きながら、おもむろに右腕を持ち上げ、人体の中で魔力回路が最も多く通っていると言われている手のひらを目の前にかざした。

神童と呼ばれていた頃は、特に苦労することもなく、この手から自由に魔力を練り上げることができたというのに。

今となっては簡単な魔法を生成するのでさえ一苦労だ。


「……んっ」


試しに力を振り絞り、手のひらに魔力を集中させてみる。

程なくして手のひらがじんわりと光を帯び、蓄積したエネルギーが薄らと膜を張った。けれど


「くぅっ……!」


魔法を具現化させようとした途端、手のひらに集まった魔力が点滅を繰り返したかと思えば急にぷつりと途切れてしまい、程なくして疲労感が一気に襲いかかった。

部屋中にユアの乱れた呼吸の音が響く。


「……やっぱり、上手く、いかないなぁ」


額に汗の玉を浮かべ、歯を食いしばりながら息を整える。

今みたいに魔法が不発に終わると、反動で体力がごっそり持っていかれる。

それほど魔法形成は負荷が強くかかるため、体力を温存するためにも練り上げた魔力の制御が重要になってくるのだが、ユアの場合、ギリギリの魔力生成量で運用しているせいか、少しでも油断するとあっという間に魔力不足を起こしていた。


そんなユアが無事進学できたのは、ひとえにクラルのおかげと言える。

彼には、墓守の仕事を通して長年培われてきた魔力制御の心得があった。

その技術を対面で直接教わりながら学べたのは幸運だった。

更に面倒見の良い彼は、ユアが苦手とする魔力生成や制御の特訓だけでなく、実技以外の座学や広範囲に渡る筆記試験の勉強にまで付き合ってくれたのだ。

彼の手助けがなければ、卒業すら危うかったかもしれない。


昔のように……と、枕に顔を埋めながら考える。


(昔のように、私に魔力が沢山あったら、迷惑をかけずに済んでいたのかな)

「もう、昔みたいに、沢山の魔法を使うことはできないのかな」


頭で考えるだけのはずが、ぽろりと口をついて出てしまい、心細さに拍車をかける。

堪らず瞼をギュッと閉じると、昔の断片的な記憶が不規則に流れ込んだ――。


『魔力回路の大部分が途切れています。訓練次第である程度までは取り戻せるかとは思いますが、以前のような魔力量は、もう――』

『魔物を操って国を乗っ取ろうとした報いね。良い気味だわ』

『近付かないで! うちの子になにかしたらただじゃおかないんだから』

『お前のせいで、大勢の国民の命が危険に晒されたんだぞ』


もう済んだはずの過去が、声の刃となって降り注ぐ。

囚われたまま動けない、前に踏み出せない、そんな辛くて苦しい過去の中に、馴染みのある少年の声を聞いた。


『誰かのために、なにかのために使う魔法は、例えどんな形であろうと、属性であろうと、関係なく美しいんだよ』


(クラル)


ユアの代わりに、幼い頃のユアの声が、彼の名前を呼ぶ。


『って、うちのお父さんの受け売り。僕ら墓守は不気味な闇魔法を使うけど、それは誰かを陥れるためではなくて、誰かを思いやるためだから』

『ユアの魔法も、とても美しかった』


いつのやり取りだったか、もうあまり思い出せない。

けれど、確かにこの時、絶望の色に染まった世界から救われたのだ。


『守ってあげられなくて……ごめん』


あの時の私は、彼になんて言ったのだろう。

他人事のはずなのに、まるで自分のことのように涙を流してくれた彼に、なにか一つでも返すことができたのだろうか。


「……」


気付けば体は動くようになっており、ただ時間だけが経過した部屋の中は薄暗く、外からの街灯がカーテン越しにぼんやりと光っていた。







◇◆◇◆◇◆◇◆





次の日の朝、事務室へ外出届を提出したユアは、外出許可証を片手に南門へと急いだ。

普段なら許可証さえあれば、門前の管理室が無人でも通行許可管理の魔術が自動で通してくれるのだが。


(やっぱり混んでいるな)


校内メンテナンスが始まった今日、魔術で稼働するシステムは全て停止するため、通行許可の承諾は管理人が一つ一つ行わなければならないのだ。

その上、帰省する人と外出する人とで溢れ返り、門前はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

ようやくユアの番が回ってくる頃には、約束の時間の数分前に迫っていた。


「――はいはい、お待たせ。今日は日帰りだね。門限までには帰っておいで」


外出許可証の空欄に承諾の判子が押されるとインクから赤い炎が広がり、あっという間に許可証を燃やし尽くした。

これが契約魔法を応用した『外出許可魔法』であり、門限の夜12時を過ぎると学園側に位置情報が送られ、直ちに捜索が行われるのだ。

大抵は、時間にだらしがない者や、門限に気付かず森や鉱山で採取を続けていた者などが誤って警報を鳴らしてしまうことがほとんどだが、ごく稀に、命の危険にさらされるなどして帰るに帰れない状況に陥る生徒も出るため、生徒の安全を考えるとなくてはならない代物だ。


門の外に出たユアは、急ぎ足で約束の場所へと向かう。

噴水広場まではそう遠くないが、それでも走らないと間に合わないことだけは確かだ。

長い焦げ茶色の髪が、向かい風にたなびきパタパタと後ろへ流される。


(最近走ってばかりだ)


走りながらユアは自分を責める。

つい昨日も、うっかり図書室に本を返却し損ねそうになり、校舎の端から端まで駆け回ったばかりだというのに。

角を曲がり、テラコッタ調の道へと出たユアは、道なりに真っ直ぐ走り抜けた。その先はまもなく噴水広場前だ。

そして、ようやく約束の場所に到着したユアは――唖然とした。

噴水広場は多くの道行く人達で賑わい、溢れ返っていたのだ。必死にクラルの姿を探すものの、人が多すぎてなかなか見つけられない。


「ユア、こっち」


人混みの多さに右往左往していると、後ろから声をかけられた。

振り向くと、噴水前に設置された、大理石でできた有翼獣の像の前で手を振るクラルの姿があった。

ローブを着て来なかったのか、アイボリーの長袖シャツに学園指定のサスペンダー付きスラックスといったシンプルな出で立ちだ。


「すみません遅くなって」


慌てて駆け寄ると、クラルの表情がふわりと和らいだ。昔から、安心した時によく見せる顔だ。


「そんなに待っていないから大丈夫。それよりも、朝ごはん食べた? もしまだなら、近くのパン屋でなにか買おう」


クラルに言われて、ユアもお腹が空いていることに気付いた。走っている時は、間に合いたい一心で空腹を全く感じなかったのだ。


「……ここはちょっと人が多いから、路地裏の道を行きながら探そうか」

「はい」


ユア同様、クラルもあまり人通りの多いところは得意でないようだ。

意見が合致すると、二人はその場から逃げるように人気の少ない道へと入っていった。




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