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2-1




教室のガラス張りの窓の外から、正午の日差しがさんさんと差し込み、室内に舞う微粒の埃をきらきらと反射させている。

若い学生にとって最も辛い時間であり、昼時を前に集中力が途切れる者もいれば、盛大に腹の音を鳴らす者も出てくる。

そんな中、最後の最後で教科書の音読を当てられた生徒は立ち上がり、教師に指定された文面を緊張の面持ちで読み上げた――ユアだ。


「このように、黒曜カラスから取れる黒曜石や石英アリなどの魔物由来の鉱石には、魔力を宿しやすい特性があります」

「はい、結構です。それではこのまま、ユア・ルクタスに問題です。魔物由来の鉱石のことを通称『魔鉱石』と呼びますが、教科書に載っている黒曜カラスや石英アリの他にどんな種類の魔物がいますか?」

「身近なものですと、緑目トカゲや琥珀バチ、郊外には瑠璃爪ネズミなどがいます」

「よく勉強してきていますね。席についてよろしい」


教師の指示からようやく解放されたユアはホッと胸を撫で下ろすと、教科書の下に埋もれたノートに手を伸ばす。

いつかの放課後に書き写した、魔鉱石のページが目に飛び込んだ。


(エイベルト様のノートのおかげだ)


綺麗に整えられた彼の字はとても読みやすく、魔鉱石の種類と採取できる魔物、それぞれに付属しやすい効果など、教科書では理解しきれない内容まで詳細に書き記されており、更にノートの右端に補足で描かれた表や図形は、見ただけで頭に入るように分かりやすくアレンジされていたため、参考用に書き写させてもらったのだ。


「今ルクタスが挙げたこれらの魔物からは魔鉱石が採取できます。ご存知の通り魔鉱石は魔力を宿す性質の他、種類により固有の効果を持つものも存在します。

そして、それらは魔法使用時の補助として活用されるだけでなく、『魔術』の動力源として術式に組み込まれることもあります」


魔術、と聞いてユアの脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。

あれは、クラルと出会って一年と少し経った頃だろうか。

いつものように墓地裏の大きな木の下でクラルと遊んでいる時、バラバラに分解された照明灯のパーツを見せてもらったことがあった。

パーツの内側に刻まれた点灯の魔術式を嬉しそうに解説するクラルの顔を思い出し、思わずクスッと笑みが溢れた。


(魔術の話題が出ると、どうしてもエイベルト様のことを思い出してしまうなぁ)


クラルの旺盛な知識欲は昔からだが、中でも魔術には強い関心を示していた。

以前、魔術のどこが好きなのかを尋ねたことがあったが、彼曰く


『書かれた術式の中を魔力が流れると文字が光るでしょ? この光を辿るのがなかなか面白いんだ。今、どこに魔力が流れていて、どう作用して変化していくのかが光の強さや色、点灯の長さで視覚化されるから、魔法と違って”何故そうなったのか”とか、”どうしたらこうなるのか”が解って楽しいんだよ』


とのことだった。

残念なことに、説明を聞いてもユアはいまいちピンと来なかったのだが。


教師のはつらつとした声が響く。


「魔物が落とす鉱石や体の一部などは第二の収入源となるので、皆も魔導師になり魔物討伐の依頼を受ける際は、ただやみくもに倒すだけでなく、しっかりと回収しておきましょう」


ちょうど鐘の音が午前の部の終わりを告げ、ピンと張られた糸が緩むように、生徒達のガヤで教室内が騒然とする。

見慣れた光景だが、この日はいつもと少し違った。


「それではそろそろ授業終了の時間ですが、最後に伝達事項です」


教師の一声により、騒がしかった教室内が再び静けさを取り戻す。


「明日から三日間、『校内メンテナンス』により学園は休業となりますが、あまり羽目を外し過ぎないように。学園の外に出る際は外出届けを、帰省する生徒は外泊届けを事務室まで提出すること。いいですね?」


伝達が終わると、各席から生徒達の「はーい」という返事がまばらに聞こえた。


校内メンテナンスとは、膨大な魔力と魔術を使って運営している学園ならではの点検期間であり、魔術が安全に作動しているか、必要な場所に必要なだけ魔力が行き渡っているかを確認するための大切な日である。

人が任意で発動させる魔法と違って、術式さえ完成すれば無人でも稼働し続けることのできる魔術は、放置しておくと魔力を詰まらせ暴走してしまう恐れがあり、そういった最悪な事態を引き起こさないためにも定期的に点検する必要があるのだ。

この期間中はあらゆる設備が使用できなくなるため、明日に備えられるようにメンテナンス前日の授業は午前の部で終わることが多い。


(明日からの三日間、なにをしようかしら)


帰る家がないユアにとって、連休の大半は学園内で過ごすことがほとんどだ。

更にこの期間中は食堂や売店も閉めきるため、食料調達は各自で行うしかない。となれば、一度学園外に買い出しに出かける必要がある。


さて、どうしたものか、と正午の光を受けながら思考をゆっくりと巡らせていると、忘却の彼方に忘れさられていた一冊の本が頭を過った。


「……あっ!」


思わず大きな声を上げてしまい、教室に残っている生徒から遠巻きに睨まれる。しかし、今はそんなことを気にしていられない。

鞄から図書室で借りた本を取り出すとバネ人形のようにぴょんと勢いよく席を立ち、急いで教室を後にする。

抱えた本の端から利用カードの一部がはみ出ており、そこには今日の日付が打たれていた。






「はぁ、はぁっ……」


広い学園の廊下をひたすら一直線に走り、徐々に息が上がる。

それでもユアは、今ここで止まるわけにはいかなかった。

しかし、東校舎を抜けて本校舎に差し掛かる頃、疲労が溜まった足首に突然なにかが巻き付き、ぐっと後ろに引き寄せられた。


「きゃっ!?」

「……おっと」


バランスを崩し前のめりに倒れそうになった瞬間、対向から腕が伸びたかと思うと体をスッと引き寄せられ、勢いに押されたまま誰かの胸にぶつかった。


「ご、ごめんなさ――」

「大丈夫?」


謝ろうとして顔を上げると、そこにはよく見知った顔があった――クラルだ。


「すみません、エイベルト様。ぶつかってしまって」

「……いや、怪我がなくて"本当に"良かったよ」


クラルはゆっくりとユアの体を引き剥がしながら、彼女が走ってきた方向をギロリと睨む。

すると少し離れた掲示板の物陰から小さく『ひぃっ!』と悲鳴があがり、数人の影がこそこそとその場を離れた。


(あいつら、魔法でわざと転ばせようとしたな……)


ふつふつと怒りが沸き起こったが、ユアがいる手前、制裁を加えに行くわけにもいかず、仕方なく何事もなかった風を装った。


「こんなに急いでどうしたの」

「あのっ……本をっ! 図書室から本を借りていて、今日までだったからすぐ返しに行かなきゃ……!」


滅多に見られないユアの切羽詰まった表情に、クラルは考えを巡らす。


(本? ああ、そうか。明日から校内メンテナンスで図書室も閉鎖されるのか。そして今日は確か開館時間短縮……)


瞬時に理解したクラルは、すぐさま頭を切り替えるとユアの左手首を掴んだ。


「こっち」

「わっ! エ、エイベルト様?」


手首を伝わる体温に目を白黒させていると、間髪入れずにクラルが口を開く。


「このまままっすぐ向かうよりも、こっちの階段使った方が近道だから」

「は、はい!」


引っ張られながらユアは頷き、小走りでクラルに続いた。






「はいはい、確かに受けとりましたよ。君、セーフね。今日は短縮開館だから、あと少し遅れていたら扉を閉めるところだったよ」

「ギリギリに、なってしまい、すみませんでした」


息を継ぎながら初老の男性職員に頭を下げ、邪魔にならないよう速やかに出入口へと向かう。

普段の図書室は自然光を再現した照明が吹き抜けから差し込むのだが、利用時間終了間近の室内は不気味なほどに薄暗くがらんとしている。

他に利用者の影はなく、どうやらユア達が最後の生徒だったようで、二人が出たのを見計らったかのように後ろから扉の鍵がかかる音が重く響いた。


「なんとか間に合って良かった」

「エイベルト様の、おかげです。本当に、ありがとうございます」


分校舎からずっと走ってきたせいか、まだ息が上がっており、額には汗がじわりと滲む。心なしか、その顔には疲労の色が浮かんでいた。


「ユアが本を返却し忘れそうになるなんて珍しいね」

「最近弛んできているのかもしれません。気を付けないと……」


手のひらで顔をぱたぱたと仰ぎながら眉を下げ笑うユアに、いや逆だ……、とクラルは内心で思う。


(ユアの場合、周りに追い付こうと、休み無しで常に気を張っているから能率が下がってきているんだ)


ユアは、自分の魔力が人よりも極端に少ないことにコンプレックスを感じている。

昔は当たり前のように持っていた膨大な魔力量が、今では一般以下の量になってしまったこと、かつて神童や聖女などと呼ばれていた頃のような魔力はもちろん、普通なら難なく発動できるような簡単な魔法さえもうまく使えないこと。

そして、自身の能力の低さで周りの人間に迷惑をかけてしまうことをなによりも恐れている。

それは神童時代に、『魔力は人のために役立てるのが当たり前』だと教育を受けてきたからなのだろう、とユアの幼少期を知るクラルは思う。

恐らくこの過激なストイックさも、幼少期に国家魔導師養成所で受けた"特殊訓練"の名残りであろう。


「ところで、この三日間はなにして過ごすの?」


ユアのことだから、休暇を全て勉強や魔力増強に費やすに違いないだろうが、あまりにも詰め込み過ぎるようなら、一度叱ってでも休ませる必要がある。

それくらいしないと、きっと、倒れるまで走り続けるだろう。

そう思い、予め先手を打つために、さりげない世間話のていを装ってユアに話題を振ってみた。

それを知らないユアは、のんきに人差し指を顎の下で立てながら、うーん、と唸った。


「せっかくの休暇なので、実技訓練でもしようと思っています。魔法実技が特に苦手なので……どうされました?」


突然額に拳を当て俯くクラルの様子に、ユアはギョッと肩を震わせた。なにかまずいことでも言ってしまったのだろうか、と不安そうに見つめるユアに、クラルは静かに口を開く。


「いや、びっくりするほど想像通りだったものだから」


口の端から漏れ出る声に抑揚はなく、怒っているのか、笑っているのか、一切の感情が読み取れない。

ただ、なにかを言いたそうにしていることだけは確かで、黒い癖毛の前髪から覗く赤い瞳が言葉を探すように時折揺れていた。


(本当に、いつ見ても綺麗な赤)


まるで、夕日に染まった空の赤をそのまま瞳に閉じ込めたような瞳に思わずユアは釘付けになる。

クラルに見つめられると、どこか懐かしく切ない気分になるのは、きっと、一日の終わりを告げる夕焼けを連想させるからなのだろう。


(もしかしたらエイベルト様の瞳は、純度の高い魔鉱石のガーネットでできているのかもしれない)


などと考え事をしている内に、ふと今日の授業のことを思い出した。


「そういえばエイベルト様、この間は魔鉱石学のノートを貸していただき、ありがとうございました」


にこやかに話題を変えるユアにクラルは唖然とした。

今まさに、ユアに休むことの重要性をどうやって伝えるかを考えていたのに、言い出す前にバッサリと切り捨てられたような複雑な心境になる。

しかし、ユアからの感謝は満更でもないようで、すぐさま気を取り直した。


「……役に立った?」

「おかげさまで、先生に当てられてもちゃんと答えられました」

「そう、それは良かった」


よく頑張ったね、と頭を撫でられ嬉しさが込み上げるユアだったが、一つ気がかりなことがあった。


「本当はなにかお礼がしたかったのですが、今日で売店も食堂も閉まってしまいましたし、校内メンテナンスが終わるまで待ってもらえないでしょうか」


ユアの申し出を聞いてクラルは慌てた。

当然クラルはお礼目当てで親切にしたつもりは全くなく、ごく普通に友達間の緩い貸し借りとして対応したはずが、一体どこでそんなに恩義を感じさせてしまったのだろうか。

まさか、影でユアに害をなす人間を片っ端から成敗していることがバレてしまったのではないか、と冷や汗が頬を伝う。


「いいよ、お礼なんて。僕ら幼馴染みでしょ。困った時はお互い様」

「でも、肩こりに効くクッキーまでもらったのに」


それか、とクラルは頭を抱えた。

先日、ユアに纏わりつく呪いを解くために呪い返しの効果を付与して渡したステンドグラスクッキー。

建前では差し入れと謳い渡したつもりだったが、やはりそれだけではかえって気を使わせてしまったようだ。


「あ、あれは、別に肩こり用では……まぁ、忘れなさい」

「そういうわけにはいきませんよ。エイベルト様になにかお返ししないと、私の気が済みません」


苦し紛れに辞退するも頑として譲らないユアとの攻防戦が続く。

そんな中、クラルにある名案が浮かんだ。


「えっと、なんでもいいの?」

「なんなりと」


これ以上の後退は許さないとばかりに、ずいずいと顔を近付けるユアに、クラルはたじろぎながらも口を開く。


「じゃあ……明日、一日付き合ってよ」


ぶっきらぼうに、そう言ってのけると、ユアは「えっ」とだけ呟いて固まってしまった。

この連休中のどこかで息抜きになれば、と思い提案してみたはずが……ユアの予想外の反応にクラルの不安が加速する。


(え、まさか、僕と一緒に居たくない? ……いやいや、幼馴染みとして今まで当たり前に二人で外出とかしてたでしょ。だから多分この沈黙はそこじゃない。いや待て、そもそも『付き合ってよ』ってそういう意味じゃないからね。ないけれど、もしかして、変な意味で捉えられたりとか……して……?)


急に羞恥心が込み上げてきたクラルは、堪えられず顔を赤く染めながら早口で捲し立てる。


「ほら、学園の外へはこういうタイミングでしか出る機会ないし、食堂も売店も閉まるわけだから食料調達とか、買い出しとか……色々あるでしょ。……嫌?」


最後の言葉はほとんど掠れて消えてしまったが、ユアにはしっかり届いたようだ。我に返ると「いえ、そんな!」と首を横に振った。


「でも、本当にそれだけで良いんですか? それに、せっかくの連休なのですから、もっとご自身のために有意義に過ごされても」


それを君が言うかね……と項垂れるクラルであったが、これ以上話を反らすとなにも進展しないことを悟ると、再びユアに向き合い、光に反射する青い瞳を捉えた。


「僕は気兼ねない方が好きだから――ユアと一緒なら」

「エイベルト様」


クラルとユアの視線が交差したまま、再び沈黙が訪れる。

先に静寂を破ったのはクラルだった。

ユアの肩に手を置くと、半ば強引に話を進める。


「"了承"と見なすよ。待ち合わせ時間は朝の十時頃、にしようか。場所は――」

「が、学園外の、噴水広場前、はどうでしょうか」


はたと我に返ったユアが慌てて場所を提案すると、一瞬クラルは驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかく微笑んだ。


「いいね。楽しみにしている」

「私も」


クラルにつられてユアの口角も解れる。

二人の間を纏う空気がどことなく和らぎをみせる頃、本校舎から午後の時間を告げる鐘が鳴り響いた。


「それじゃ、また明日。さっきみたいに転ばないよう、足元に気を付けて」


手を軽く振りながら背を向けるクラルに、ユアも「はい、また明日」と手を振り返した。



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