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7-3



「――さて、ここならゆっくりと話ができる」


アーバンに連れて来られた先は、本校舎一階にある多目的室だった。

普段は教師達の会議や委員会の機材置き場として使われることが多い多目的室だが、今日みたいな休日は利用者が殆どいないため、誰かに出くわすといった危険性は低いだろう。

ようやく外の寒さと緊張感から解き放たれて、ふぅ、と一息吐くユアにアーバンは微笑を浮かべると、少し複雑そうに表情を固くする。

そして、長椅子に座るユアの正面に立つと、静かに頭を下げた。


「まずは改めて昨日のことについて謝りたい。事情があったとは言え、君には手荒なことをしたと思っている」


突然の教頭の行動にユアは面食らった。まさか彼から直接謝罪されるとは思っても見なかったのだ。

しかし、すぐさま気を取り直すと教頭に問いかける。


「事情……話していただけるのですか」

「そのためにここへ連れてきたんだ。……君には誠実でありたいからね」


ゆっくりと頭を上げると、アーバンはおもむろに胸元から金色の懐中時計を取り出す。

握りしめた瞬間、彼の体が眩い光に包み込まれた。


「わっ——」


眩しさのあまり、思わずユアは腕で顔を覆った。

防ぎ切れなかった光線が瞳に焼き付き、瞼を閉じた後も白くて黒い残像がチカチカとちらつく。

やがて光が収まり、眩しさから解放され瞳が少しずつ癒えてきた。

恐る恐る瞼を開き——呆気に取られた。

そこにアーバンの姿はなく、代わりに袖の長い空色の衣を身に纏った、切れ長の目をした美しい女の人が佇んでいたのだ。


「……っ!? 女性……?」

「これが私の本当の正体。ラース学園の教頭『アーバン・ドルー』は仮の姿だ」


低く落ち着いた艶のある声の中に、どこかアーバンの声と同じ響きを覚える。

いよいよ混乱したユアは動揺を隠せないまま口を開いた。


「何故、性別を隠して……」

「この方が色々と都合が良いものでね。因みに、このことを知っているのは学園内でもごく一部の人間だけだ」


唖然とするユアに彼女は苦笑すると、懐中時計を胸ポケットにしまいながら口を開く。

どうやらあの懐中時計は姿性別を変える魔導具のようだ。

けれど、そんな高度な術式を用いた魔導具など、一般の人間が手にできる物ではないはず。

それこそ王族や、それに近い身分の人間でなければ——。

ユアの心を読んだのか、女性は、ふっと笑うと、人差し指を口に当てて優雅に微笑んだ。


「私の名前はアビィ・ドーラン。ルシア教団の宣教師をしている。……ああ、これも秘密だがね」


ルシア教団——思わずユアは呟いた。

女神ルシアを崇拝し、その教えを国中に広める宗教団体。

古くは権力を持った王族の独裁政権を防ぐため、国と対等の力を持つ機関として発足されたのが始まりだと聞く。


教団員の大半は庶民や貧困層からの出生で、身分制に囚われない実力主義を掲げるルシア教団は日陰の存在でありながら、王家や貴族との対等な関係性を築き上げて行き、次第に国民から絶大な支持を得ることになった。

商業に医術、魔導学などあらゆる分野に精通する彼らは、国を裏から支える影の支配者として今もなお絶大な権力を誇る組織である。

教団の宣教師に抜擢されるには高いカリスマ性と教養、そして魔導適正が求められると聞く……が、まさか教頭がそうだとは思いもよらなかった。


「私達にとって女神ルシアは唯一神。そして、主が愛した子の幸せを願うのもまた、我々の本望なのだよ」


息を飲むユアとは裏腹に、アビィは「けれど」と呟き、一度その切れ長の目を伏せると、今度は苦しそうに眉を顰めた。


「けれど、国は君を軽んじた。都合良く物事を運ばせるために、まだ幼かった君を利用した。そして今も、君から搾取しようと機会をうかがっている。時空の狭間で君も見ただろう」



『それはすなわち――"女神ルシアの愛し子"としての力を再び取り戻すことと同義です』



不意に時空の狭間で見た光景が脳裏を過り、ユアはゾッと背筋を震わせた。

アビィは続ける。


「だから私は動かねばならなかった。先手を打つために、国よりも先に君の魔力回路の開通を確かめる必要があった。君がなにも知らないまま、この国に再び囚われることがないように、この先のことを君自身が選択していけるようにね」

「選択?」

「全てを知った上で国にその力を還元するのも一つの手だろう。けれどもし、君がこの国を出て行きたいと願うなら——私を含めて各地のルシア信徒は協力を惜しまないよ」


にこりと微笑むアビィに、ユアは違和感を覚えた。


彼女はルシア教団の宣教師として、ユアの後ろ盾になると言っている。

けれどそれは、仮にも王族が運営する学園の教頭を務める者の口から出る言葉ではないように思えて……。


「先生は……国の味方ではないのですか」


ユアの疑問にアビィは、口角を上げた。

その仕草も、いつか見たアーバンのものと重なる。


「ふふ、何故私がそんなことを言うのか理解が追い付いていない顔だね。言っただろう、教頭は仮の姿だと。私の忠誠は全て女神ルシアにある。主の御心に背くようなことがあれば、例え国でも容赦しないよ」


ぶわりと威圧感が室内に満ち——アビィの纏う空気が一変した。

細められた瞳の奥からは猟奇的な眼光が放たれ、隠そうともしない狂気が鋭く光る。

思わず肩をすくめるユアに、アビィはくすりと笑った。


「君がこの学園に入学することを知った時は心底驚いたよ。魔力回路が開通するまでは城の独房に幽閉されるものだとばかり思っていたからね。きっとエイベルト君の進言のおかげだろう」

「……エイベルト様の?」


目を瞬かせるユアに、そう、とアビィは相槌を打った。


「でなければ、あの国王がわざわざ君を学園に通わせる、なんてリスクのある決断を取るはずがないよ。彼らをおおっぴらに民衆の前で持ち上げた手前、願いを聞き入れないわけにはいかなかったのだろう」


——アビィの言葉を聞いた瞬間、過去の記憶が鮮明に呼び覚まされた。

あれは、魔物襲来事件の首謀者として城の独房に捕えられ厳重に監視されていた頃のことだった。

突然クラルが面会に訪れたのだ——手に魔導師養成学校の入学許可書を握りしめて。



『——ユア、よく聞いて。王都に魔導師養成学校があるでしょ。そこの入学許可がようやく降りたんだ。僕とユア、二人分のね。……遅くなってしまったけれど、君を迎えに来たんだ』



——鼓動がドクン、と脈を打つ。

クラルが国から栄誉を与えられたことは有名な話だ。けれど、彼が褒賞に何を望んだのかまでは知らなかった。

アビィはユアに向き直ると、その両肩に手を置いた。


「私が知っていることでよければ話してあげよう。彼が国王になにを望んだのか、君のためを思ってどんな行動を起こしたのかを、ね」



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